ゆっくり休みなさいと言われていたけれど、今の生活を満喫したくて早く起きてしまい、お父様と一緒にお野菜を荷馬車に積んで市場へ持って行った。
幸い頭の方の痛みはほとんどなくなり、特に眩暈とかもなく元気そのものだ。
畑仕事も手伝っているので体力もあり、頭痛さえなければ全く問題なかった。
「今日も沢山売れたし、自給自足生活もやりがいがあっていいものだな」
「私はこの生活がとても好きよ。自分で生活していると思えるし、体を動かすのも楽しいもの」
「そうか!リオーネに苦労をかけている事が気がかりだったが……」
アストリーシャが亡くなり、帝国軍騎士団の隊長を引退したお父様は自身の領地に引きこもってしまい、実質無職と同じなので、リオーネが幼少期から自給自足生活をするようになった。
引きこもっても帝国に払う納付金は待ってはくれない。
まだ帝国に愛想を尽かして出ていかないだけ良心的なのに、引退し、国に貢献しないとなれば納付額も増やされているのだろう。
今の両親の事は絶対に守りたい。
これからも畑仕事を頑張らなくては。
きっとお父様は私に貴族女性としての幸せを与えられていない事に心を痛めているのだろうけれど、そんな事は全く気にする事はないのだ。
前世の知識もあるし、何か商売でもやろうか……そんな事を考えている内に邸が見えて来て、荷馬車は邸の前でゆっくりと停まった。
「畑が気になるし、ちょっと行ってこようかな」
「これからかい?少し家でひと息ついてからでもいいんじゃないか?」
心配症のお父様に説得され、一旦家に入ろうとした時、立ち止まったお父様にぶつかってしまう。
「ぶっ…………、イタタ……お父様、どうしたの?」
「いや、珍しく我が邸に来客が」
「え?」
お父様の後ろから顔を覗かせると、そこにはこの辺では見た事のない人物がお母様とお話しているのが目に入ってくる。
頭はぼさぼさで目のあたりまで伸びているのであまり表情が分からず、その割には体は大きく、正直何の職業なのか見た目では全く想像出来ない。
私たちの姿に気付いたお母様が、笑顔でこちらに手招きをしてくるので、お父様と一緒に駆け寄るとお母様が紹介してくれる。
「こちらの方はお隣の領地の方なの。マナーハウスに領主様が戻ってくるらしくて、住み込みで勤める事になったので挨拶に来てくれたのよ」
「は、は、初めまして!ティンバール伯爵家のマナーハウスに勤める事になりました、侍従のアレクと申します!これからよろしくお願いいたします!!」
「ははっ、元気だな。こちらこそよろしく」
お父様とお母様は目の前の男性の元気な姿にニコニコしているけれど、私には元気過ぎて少し引いてしまっていた。
「よ、よろしくお願いいたします」
こんなしがない子爵家への挨拶に、そこまで気合を入れなくても……伯爵家の侍従の方が生活的には上なんじゃないの?って思ってしまうくらいなのに。
でもちょくちょく顔を合わせるかもしれないし、ここは印象を良くしておかなくては。
「アレクさん、何か分からない事があれば遠慮なく聞いてください」
「はい!ありがとうございます!!」
ぼさぼさの頭をさらに振り乱して頭を下げながら、大きな声でお礼を言ってくる……変な人。
下げていた頭を上げ、思い切りこちらを見るので視線が合ったような気がすると、ほんのり頬が赤くなっている?興奮し過ぎじゃない?
本当に変な人だ……でもちょっと憎めない人かもしれない。
こういう挨拶には慣れないので、その場を離れるべくお父様に声をかける。
「お父様、やっぱり畑に行ってくるね。時間が遅くなっても嫌だから」
「え?あ、ああ。気を付けて行ってくるんだよ」
「うん!」
「あ、待って!!」
皆に背を向けて邸を出ようとすると、後ろから大きな声が聞こえてくる。
「わ、……ぼ、僕も一緒に行って、いいですか?」
「え…………」
~・~・~・~・~
そうしてなぜか2人で畑仕事をする事になったという。
どうしてこうなったの?!
お父様もお母様もニコニコしながら送り出すし、これじゃあ断る事など出来ない……!
前世の私なら絶対に取り合わないし、むしろ脅して帰らせただろうけれど、あの優しい両親の前でそんな事は死んでも出来ないわ。
そんな事をしようものなら、リオーネが二重人格になってしまったと嘆き悲しむ姿が目に浮かぶ……仕方ない。
伯爵家の者だし、一緒に畑仕事をするしかないわね。
観念して溜息を吐くと、どうにも視線を感じて顔を上げる。
「ひっ!」
なんでこんなに間近で人の顔を見つめているの?!
あまりに距離が近くて恐怖心すら抱いてしまう……思わず変な声が出てしまったわ……!
いけない、この人と一緒にいるとどうにもペースが乱されてしまう。
私がそんな事を考えていると、アレクさんからとても意外な申し出をされるのだった。
「リ、リオーネさん!僕、畑仕事をした事がなくて……これからマナーハウスの庭でも野菜を育ててみたくて。色々と教えてほしいんです」
「マナーハウスで?」
「はい!旦那様は野菜がお好きなお方ですから、自家栽培した野菜ならとても喜びそうだなって思うんです」
そう言って頬を染めるアレクさんを見ると、家の主に誠実に向き合っているように見えて好感が持てた。
「そう。そういう事なら教えるわ!しっかり美味しい野菜を作れるようになりましょう」
「あ、ありがとうございます!!」
「ふふっ、あなたの旦那様も喜んでくれるといいわね」
「は、はいぃぃ」
随分な喜びようだけれど、なぜだか悪い気はしない。
主人に誠実であろうとする姿を見ていると、一瞬レイノルドを思い出す。
でも彼は違ったのだった……レイノルドとアレクさんを比べるのはアレクさんに失礼だから止めよう。
その日から連日アレクさんは私たちの畑に通い、色々な事を教え、時には畑仕事を手伝ってくれたりもしたので、私たちは必然的に仲良くなっていった。
お互いを名前呼びに出来るくらいには仲良くなった、と思う。
「アレク、今日も一緒に畑に行くでしょ?」
「うん!そのつもりで手袋も持ってきました」
「ほら、また敬語。同い年なんだし、敬語なんて使う必要ないんだから!」
私は貴族女性と呼べるような育ちもしていないし、アレクは本当にいい人なので敬語で話をされると、壁があるみたいでなんだか落ち着かない。
「でも……」と言ってまだ抵抗するアレクだったけれど、その後からだんだんと敬語を使わない回数が増えて、一カ月経つ頃にはすっかり家族のように仲良くなっていたのだった。
私にとっては貴重な同い年の友達……前世でも持つ事の出来なかった友達だ。
身分も関係なく親しくなって、お互いを知り、穏やかに友情を育む。
まさに”親友”というものになれるかもしれない……そう、私は親友というものに強い憧れを持っていた。
レイノルドと出会った時は私自身は友人になりたかったけれど、結局最後まで主従関係は変わらなかったし、皇帝である以上そのような人間関係を持つ事は永遠に叶うはずのないものだったのだ。
やがてレイノルドへの気持ちは愛に変わっていったわけだけど、やっぱり友人というものへの憧れは捨てきれない。
アレクとなら理想的な友人関係を築ける人かもしれない、という淡い期待を抱いてしまうほど、彼との時間は私にとって、とても居心地の良いものとなっていたのだった。