「では行って参ります、父上、母上。兄上たちも元気で」
「おいおい、今生の別れじゃないんだ」
王太子であるバルデリオス兄上が苦笑しながら言葉を返した。
でももしかしたら今生の別れになるかもしれない、という想いがありつつも、「すみません、つい」と言いながら得意の笑顔で誤魔化す。
レイノルドの時は表情筋が死んでいると言われていたくらいに笑わなかったのに、今世では笑顔で誤魔化せるようになっている……生まれ変わるとは不思議なものだな。
「いつでも帰ってきていいんだからな」
ライエル兄上が肩にポンッと手を置き、優しい眼差しでそう言ってくれるので、胸が温かくなり少し目に涙が滲んでくる。
こんな感情はレイノルドの時、アストリーシャ様に出会った時以来だ。
あの時も嬉しくて泣きたい気持ちになったな……今世では家族が私の孤独を癒してくれる。
「アレク……気を付けて行くのですよ。絶対に手紙を書くように」
「分かりました、母上。ひとまず他国に着いたら、手紙を書きますね」
「絶対ですよ……!」
母上は涙で前が見えないといった感じで、もうハンカチに埋めた顔を上げられずにいた。
ここまでの愛情を注いでもらい、国を出てしまう事に罪悪感を抱きつつ、後ろ髪を引かれる想いを振り切るように手を振る。
「行ってきます!!」
馬に跨り、ゆっくりと出発すると、皆が私が見えなくなるまで手を振ってくれる姿に寂しさを覚えつつ、私の中で消える事のないあの方の姿を思い出す――――
瞼の裏には今も彼女が息絶える姿が浮かぶけれど、私の決意は揺るがない。
「よし、スピードをあげようか」
「はい!」
ラムゼンに声をかけると彼も応じ、二人でカナハーン帝国へと駆けていったのだった。
~・~・~・~・~
母国を出てからすぐにカナハーン帝国へと入国した私は、まずは長年貯めてきた財産を存分に使い、今はもう廃れてしまったティンバール伯爵家を買収する為に動いた。
私の姿では交渉に不利なのでラムゼンに交渉してもらい、隣国の王子の身分を存分に使わせてもらう。
もちろん口外しないように釘を刺してたんまり財を与えると、ティンバール伯爵は喜んで身分を明け渡し、他国へと亡命していったのだった。
「このような手をいつ考えていたのです?」
「……ラムゼンには話しておかないとな」
「? 何の話です?」
私は一緒に運命を共にしてくれるラムゼンには、私自身の事を全て話す事にした。
その日は伯爵邸で、夜が明けるまで語り尽くしたのを覚えている。
ラムゼンは最初こそ信じられない様子だったけれど、私の様子を見ながら少しずつ真実だと実感していったようで、アストリーシャ様の最期を語る時はずっと背中をさすって聞いてくれていたのだった。
私は彼女を救いたかった。
己惚れでなければ、皇帝とただの護衛騎士、以上の関係であったと思っていたのに。
「私は彼女がなぜあのような最期を選んだのかを知りたい」
「………………それだけですか?」
ラムゼンは真っすぐに私を見つめて問いかけてくる。
やはりラムゼンは全てお見通しなんだな。
「お前の言う通り、それだけではない……でもこんな浅ましい気持ちを何と言えばいいのか分からないんだ」
家族への気持ちとも違う、恋とも違う。
でも誰にも渡したくなくて、手に入れたい。傍にいてほしい。
単純に執着なのだろうか。
「素直に愛していると言えばいいじゃないですか~~難しく考え過ぎなんですよ、殿下は」
「愛……」
「生まれ変わり、王家に生まれて素晴らしい家族が出来てもなお、全てを捨ててでも探し出して会いたいだなんて、愛じゃなければ何だって言うんです?」
あのお方を死に至らしめてしまった自分が、この気持ちを愛と呼んでいいのだろうか。
どうしても躊躇う私に、ラムゼンは突拍子もない事を言ってくる。
「そんなに躊躇われるなら、もしアストリーシャ様の生まれ変わりに出会う事が出来て、お話する機会があれば許しを請えば良いのでは?あなたを愛しても良いですかって」
「そんな事……っ!」
「出来ないわけはないですよね。国を飛び出してまで行方を追いかけておいて、いまさら」
ラムゼンは不敵な笑みを浮かべてこちらを覗き込む。
「………………っ」
そして私は言葉に詰まりながらも、胸には小さな炎が灯っていく。
「出来るに決まっている!愛を請えばいいのだろう……!」
「殿下、それでは自分を愛してほしいという意味になります。気を付けてくださいね」
「………………」
よほど動揺していたのか、自分の言葉が間違っていた事を指摘され、途端に冷静になっていく。
彼女が許してくれるまで、愛する資格を得る為に許しを請い続けるしかないな。
「まだ彼女の魂が生まれ変わっている気配は感じないんだ。私の聖人としての力を使っても感じる事が出来ない」
千里眼の力をもってしても、あの眩いほどの魂を見つけ出す事は出来ていなかった。
もし生まれ変わっていたらすぐに分かると思っていたのに。
「まぁ、焦らず参りましょう。時間はたっぷりあるのですから。いつ出会ってもいいように地盤を固めておいた方が良さそうです」
「そうだな。年老いるまでには生まれ変わっていてほしいものだ」
私の言葉にラムゼンは吹き出し、散々笑われてしまう。
失礼だな、私は本気で危惧しているというのに……私はラムゼンと話した事で新たな目標を持ち、それからも精力的にカナハーン帝国で動き、他国へと渡って人脈を広げて財を築く事に注力していったのだった。
――――四年後――――
あの日、カナハーン帝国から懐かしい魂の輝きを突然感知し、他国にいたにも関わらずティンバール伯爵邸へと飛んで帰る事にした。
その道すがら、アストリーシャ様の魂はティンバール伯爵領の隣りに舞い降りた事を私の千里眼が教えてくれて、邸で歓喜する。
それも相手は赤子ではなく、私と同い年の女性だったのだ。
初めて挨拶をした時は息が止まるかと思った。
見た目はまったく違うのに、懐かしさと美しさ、あの頃と変わらない魂の輝きと瞳の強さ。
その全てに見惚れ、生まれ変わってもあっという間に虜になってしまったのだ。
何とか身分を隠し、伯爵の侍従として近づき、彼女に警戒をされずに仲を深めていく事に成功する。
リオーネ……リオーネ…………畑仕事をしている時も私に色々と教えてくれる時も、太陽のような笑顔を向けてくれる。
こんな風に普通の男女として話せる日が来るとは思わなかった。
表情がくるくる変わるのをずっと見ていたい。
話すたびに邸に帰りたくなくて、あまりに私が子爵家に入り浸っているものだから、さすがのラムゼンも心配してティンバール伯爵になりきり、子爵家を訪ねて来た。
そして現在に至る、というわけだ。
「殿下の千里眼って本当に便利ですよねぇ」
「視たくないものも視えてしまうけどな」
「それでも、最愛の生まれ変わりをすぐに見つける事が出来るなんて、素敵ですよ」
珍しく褒めてくるラムゼンの言葉に照れながら、やはり考えるのはリオーネの事ばかり。
まだ正体を明かしたくはない。
彼女にアストリーシャ様の魂の輝きが戻ったという事は記憶が戻ったという事だろうから、私がレイノルドだったと知ったら――――拒絶される事を想像して、震えがやってくる。
前世で酷い裏切り者だったのだ、当然拒否してくるだろう。
どうする。
いや、でももう離れる事は出来ないのだから、愛する許しを請うしかない。
命があればこそ……今世こそそばにいて、必ず守ると胸に固く誓い、伯爵邸に戻って行ったのだった。