アレクが王子様の姿で邸に来てから7日間ほど、私は自室に引きこもりがちになり、畑仕事の手伝いも休んでしまっていた。
畑に出るとアレクがやってきて声をかけてきそうな気がして、外へ出るのも嫌になってしまったのだ。
唯一、馬の世話だけは欠かさず続けていたけれど、その時間にアレクが来る事はなく、落ち着いて外に出る事が出来た。
今日も今日とてベッドに寝転がりながら、天を仰ぐ。
「私は何をやっているんだろう」
こんな事をしていても物事の解決にならない事くらい分かっているのに。
私が自室にこもっている間、何度かアレクが来ていたというのは両親から聞いていたけれど、絶対に取り次がないでと頼んでいるので私を呼びにくる事はなかった。
きっと2人とも心配しているわよね……結局ラムゼンと呼ばれていたアレクの部下は、私の両親に前世の事は話していないらしい。
アレクがティンバール伯爵領を手に入れた経緯と、領地に来ていた時に私を見かけ、一目惚れしてしまったという設定になっていた。
一目惚れ、か……幼い時にレイノルドを見た時、こんなに美しい子がいるのかと感動したのを思い出す。
どうしてもそばにいてほしくて、父上にお願いしたな。
レイノルドも私のそばにいたいと言ってくれて、専属護衛騎士になるまで頑張ってくれて……いつの間にかボタンの掛け違いに気付かず、彼を酷く傷つけていたのだろうか。
いや、私は彼が自分に従順だったのをいい事に、汚れ仕事を全て任せていた。
それが当たり前の事のように……そのおかげで領土を拡大していき、巨大な帝国を築き上げ、しかしその功績を称えられるのはいつでも私。
不満の1つや2つ出てもおかしくはない。
そうやってずっとそばにいてくれると思っていたのだから、そんな傲慢な人間のそばにいたくないと思うのは自然な事かもしれない。
それにレイノルドは聖人で未来視が出来る。
私のもとを去ったのはともかく、両親をも裏切るような事を平気でするような人間とは思えなかった。
それゆえに他国へ渡った時は信じられない気持ちでいっぱいだったけれど……私はレイノルドが帝国を去った後、彼の実家であるリバーメルト家の者を助ける事が出来なかった。
何の罪もない人達だったのに。
「やっぱり、レイノルドと話をしなくてはいけないか……」
あの時、彼が何を思っていたのか。
ダグマニノフ王国へ行ったのには何か理由があったのか……それにレイノルドは感情的に動く人間ではない。
私に近付いたのも正体を明かしたのも、何か思惑があるのだとしたら――――
再会するはずのない人物の登場にあまりにも自分の動揺具合が酷くて、逃げるように引きこもってしまったとは、情けない。
特にレイノルドに裏切られてからは、彼の事になると感情的になり思考回路が停止してしまうのを何とかしなくては。
――――バチィィンッ!!――――
私は自分の両頬を両手で思い切り叩いた。
「よし、準備をしよう」
腑抜けた自分に気合いを入れ、ベッドから下りて、身支度を済ませる。
そして足早に自室を出て階段を下りていくと、ちょうど両親がいたので行先を告げた。
「お父様、お母様。少しアレクのところに行ってくるわね」
「リオーネ!大丈夫なのか……?」
お父様が心配そうに尋ねてくるので、ニッコリと笑い返して答える。
「全然大丈夫!行ってきます!」
颯爽と扉を開け、外へ飛び出して行ったのだった。
~・~・~・~・~
道を歩きながらティンバール伯爵邸へと向かっていると、何やら前から馬の蹄の音が聴こえてきて、馬に乗った人物がこちらへ向かってくるのが見える。
そのシルエットはだんだんと近づいてきて、やがてはっきり見えてくると、それがアレクなのだとすぐに気付いた。
私に身分をカミングアウトしたからか、髪がぼさぼさしている事もなく、王子の身なりで現れたのだった。
「リオーネ、来てくれたんだね……!嬉しいよ」
「話を聞きにきたのよ」
「うん、それでも嬉しいんだ」
アレクの笑顔が眩しい……レイノルドは全く表情が動かない人間だったのに、アレクサンダーとして生まれ変わった途端、表情豊かとはどう対応していいかわからないわ。
私は彼の馬に一緒に跨り、伯爵邸へと向かう事になった。
事前に連絡をしていなかったのに迎えに来たということは、千里眼でも使ったのかしら。
「聖人の力は今世でも健在なの?」
「うん。この力のおかげでこの国で君を見つける事が出来たから、今では感謝したいくらいだよ」
後ろからアレクの笑い声が聞こえてくる。
どうして私を見つけられて嬉しそうなの……私から離れていったのはレイノルドの方なのに。
喉から出そうになった言葉をひとまず飲み込む。
馬だとあっという間にティンバール伯爵邸に着き、入口でラムゼンが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。随分とお早い帰邸で」
「途中で会えたんだ」
「それはそれは……今お茶のご用意をいたします」
アレクが私を下ろしながらラムゼンに嬉しそうに話す姿を見ていると、本当に前世の出来事が嘘のように感じてしまう。
まずはその話をしなくては、リオーネとしても前に進む事が出来ない。
疑問はしっかりと解消し、アレクの考えを聞いて、リオーネとしての人生を歩む。
その為だけに来たのだから。
私は伯爵邸の応接間に通され、久々に見る貴族の邸宅の見事な造りに、溜息混じりで感嘆の声を上げた。
「素晴らしい邸に応接間ね。あなたに私の邸に来られるのが恥かしくなるくらい」
「そんな事……!リオーネのお家はとても優しい空気に包まれていて、凄く癒されるよ」
私はアレクの言葉に引きつった笑顔を見せた。
そんなわけないわよ…………田舎の貧乏貴族の邸に癒されるなんて、あり得ない。
こんな素晴らしい邸を他国に持てる財力がある豊かな国に育った王子様が、田舎の令嬢を好きになるなどあり得ないと、現実を突きつけられたような気分だった。
だからこそ疑問だった事がある。
「アレクサンダー王子殿下、あなたがこの国にいる目的は何なのですか?」
これほどまでにアルサーシス王国は豊かで財もあるのだから、私のような田舎の令嬢に身分を隠して近づく必要などない。
ましてやすっかり廃れてしまったこの国に居を構えるなんて馬鹿げている。
まさか――――
「あなたの目的は”この国”なの?」
だから元皇帝だった私に声をかけたの?
私の言葉にアレクは動揺する素振りもなく、ラムゼンが淹れてくれたお茶を優雅に飲んでいた。
そんなところも王子様っぽくてだんだんと腹立たしくなってきてしまう……しかも応接間に入って向い合せのソファがあるにも関わらず、なぜかアレクは私の隣りに座っていた。
「向かいに座ればいいのに」
「私の居場所は常に君の隣りだから」
もう開き直っているのか、レイノルドとしての自分もアレクサンダーとしての自分も隠す気はなく、私の隣りでニコニコ笑っている。
私は彼の考えている事がさっぱり分からず、とにかく彼の言葉に居たたまれず、居心地の悪いソファから早く移動したくてたまらなかったのだった。