「リオーネの質問、半分合っているけど、半分間違っている。確かにこの国が欲しいとは思っているけど、それだけが目的でこの領地を手に入れたわけじゃないんだ……レイノルドの生前の話を先に聞いてもらいたいんだけど、いいかな?」
「分かったわ」
アレクは力なく微笑むと、一つずつ丁寧に説明していってくれた。
まずは前世の事から――――
「私がアストリーシャ皇帝陛下のもとを去ったのは……去るべきだと判断したのは、未来視を覆す為なんだ」
「どのような未来視だったの?」
レイノルドは顔を歪め、苦しそうに自身が視た未来視の内容を話してくれた。
それは私にとっても驚愕で、予想もしない内容――――
<私が敵国ダグマニノフの兵によって殺され、カナハーン帝国にダグマニノフの兵が押し寄せてくる未来>
「知っての通り、私の未来視が外れた事はない。私はこの未来視が視せる未来は、私がこのままあなたのもとへいたら訪れる未来だと思っていた。実際にダグマニノフ王国との関係が良くなる兆しはなく、親善大使として王女がやってきたけれど、話は平行線のまま」
「ダグマニノフは分かっていたのよ、カナハーン帝国が……というより私の求心力が落ちてきているのを知っていて、揺さぶりをかけてきていた」
今もだけど、ダグマニノフ王国は鉱物資源が豊かな国。
彼の国と貿易交渉を行いたい国は沢山あったし、同盟を持ち掛ける国も後を絶たないほどだった。
いくら帝国が強大だったとはいえ、ダグマニノフからすれば廃れ始めている国との同盟を急ぐ理由はない。
「そんな時、ダグマニノフの王女が私に接触してきたんだ」
「王女が?!いつの間に……」
「陛下の寝所を護衛している時だよ」
私はアレクの言葉に驚き目を見開く。
そんな大胆な行動で近づいてくるなんて思ってもみなかった。
私が夜は特にレイノルドしかそばに置いていないのを知っていて近づいたという事?
そしてアレクは話を続けていく……王女がレイノルドに、ダグマニノフ王国での権力が欲しくはないかと囁き、このままでは私が死ぬ未来視を避けられないと思ったレイノルドは、未来を変える為に王女についていく事にしたと話す。
淡々と話しているけれど、私には青天の霹靂の話で、王女とそんな取引が為されていたなんて夢にも思っていなかった。
「なぜその話を私に……」
そこまで言ってから言葉に詰まる。レイノルドがこんな話を私にするはずがないもの。
きっと未来視が覆ろうとそのままだろうと、墓まで持っていくくらいの気持ちだったに違いない。
実際にアレクは苦しい胸の内を吐露していく。
「あの未来視を君に言う事など出来やしないよ……ダグマニノフとの事で頭を悩ませていた君に、交渉が上手くいかなければ関係が悪化し、君が死ぬ事になるなんて。そんな事、死んでも言えない……どう頑張っても君を苦しめる選択肢しかなかった」
今聞けば、レイノルドが王女の話に乗ったのも頷ける。
あの時の私だったら、この話を聞いたらレイノルドを敵国へ行かせなかっただろう……自分は大丈夫だと言って手放せなかったに違いない。
でも待って、私から離れる選択肢を選んだけど、私は死んだ……という事は――――
「レイノルドが他国へ行く事も未来視の通りだったという事?」
私の問いにアレクは力なく頷く。
「私は未来視の解釈を間違えた。あの未来視で視た君の姿は”私の剣で死ぬアストリーシャ皇帝陛下”だったんだ。それに気付いたのはあなたが私の剣で亡くなった後だったけど」
アレクは私の隣りでガックリと項垂れ、肩を落とす。
私は何て声をかけていいのか分からず、息をするのを忘れて呆然としていた。
私たちはどこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。
レイノルドはずっと私の為に動いてくれていたし、私もレイノルドの事を想って彼の前から消える事を選んだというのに。
「私たち、バカみたいね。お互いの事を考え過ぎて大事な選択を誤るなんて」
「うん、本当に……」
一緒にいればいるほど良くない方向へと向かっていた前世の私たち……生まれ変わって立場も見た目も何もかも変わってしまったけれど、また昔の幼い頃のように何も知らなかった時のように出会って仲良くなれたのは奇跡に近いのかもしれない。
でもだからこそ前世のように拗れさせたくはないと思ってしまう。
特にレイノルドもアレクサンダーも聖人だから……私が独り占め出来る存在ではないのだ。
彼が求めているのは今も昔もアストリーシャなのだから、あくまで友人としての付き合いをしながら適度な距離を保っていかなくては。
私はリオーネとして生きたいから。
決してアストリーシャとしての記憶を消したいわけじゃなくて、この大好きな田舎で、誰かの思惑に振り回される事なく、のんびりとスローライフを楽しみながらリオーネとしての人生を全うしたい。
「アレク、私たちは今まで通り良き隣人、良き友人でいましょう。今度こそお互いの距離を間違えず、正しい関係を築くの」
「え……」
「出来るわ、私とあなたなら」
「出来ない。というより、したくない。私は昔も今も、君だけを愛しているから」
あなたの愛している皇帝陛下はもういない。
言葉が喉から出かけて、何とか飲み込んだ。
ずっと聞きたかった”君を愛している”という言葉が聞けたのに、心は寂しさでいっぱいになっていく。
レイノルドがアストリーシャを愛しているのは分かったけれど、アレクの口から聞きたくなかったな……私たちが築いてきた関係は、何だったんだろう。
少なくとも私は、彼をレイノルドだと思わずに惹かれていったから、2人で過ごした日々が幻のように消えていく感じがして胸が苦しくなる。
私は虚しさを紛らわす為に、最初に聞いた質問をまたアレクに振ってみる事にした。
「……じゃああなたがこの国にいる理由は何なの?そろそろ本当の目的を教えて」
「それはね……うーん。まだ教えてあげない」
「ええ?!」
アレクが滅茶苦茶な事を言うので、思わず驚きの声を上げてしまう。
そんな私を見てクスッと笑ったアレクは、私を抱き上げて自身の膝に乗せたのだった。
「な、な、なに……っ」
男性にこんな事をされた事がなくて、免疫のない私は言葉に詰まってしまう。
レイノルドは絶対にこんな事をしないわ……アレクサンダーとして生まれ変わったからって、人格が変わり過ぎでは?!
「ごめんね、リオーネは今まで通りにしていていいんだ。でも私が君を愛するのは許してほしい」
アレクの言う”君”って誰の事?
聞きたいけど聞けない……今の関係を崩すのが怖い。
私はこんなに弱虫だっただろうか。
でもこの張り付けたような笑顔は、私の答えなど待ってはいないという事だけは伝わってくる。
「許すも何も、止める気はないんじゃないの」
「バレたか」
「アレク!」
ははっ、と大きな声で笑うアレクを見ていると怒る気も失せて、呆れるしかなかった。
今は難しい事を考える事は止めよう。
何かを決断しなくてはならないような、差し迫った状況でもないんだから。
「ゴホンッ。とにかく私のリオーネとしての人生だけは邪魔しないでほしい。分かった?」
「分かってる。ありがとう、リオーネ」
アレクは私の肩に顔を埋め、ポツリとお礼を呟いた。
レイノルドの時と全然違い、甘えん坊といった感じのアレクに溜息を1つ吐き、彼のシトリンのような薄い黄色の髪をそっと撫でる。
前はボサボサしていたので艶もない髪だったけれど、今は柔らかくて触り心地も良い。
王子様、か。
私たち、今世での身分は前世と真逆になってしまったのね。
身分や権力はうんざりで解放されたかった私。
身分や権力が必要でどうしても欲しかった彼。
数奇な事もあるものだと思っていると、アレクがパッと顔を上げ、満面の笑顔で午餐のお誘いをしてくる。
「今日は私の邸で食事をしよう」
「えぇ?そこまでお世話になるわけには……」
「いつもお世話になっているのは私の方なんだから、それぐらいはさせてほしい」
捨てられた犬のような表情でお願いをしてくるので、断るに断れないじゃない。
いつからこんな手段を使えるようになったの?
そこには決して無表情を崩す事のなかったレイノルドの面影は全くない……これは相当女慣れしているわね。
王子様、恐るべし。
アレクのペースに巻き込まれないようにしないと。
「分かったから。友達だしね」
「そうそう」
お互いに軽口をききながら、その日はアレクの邸で午餐をいただく事にした。
食事では思いの外会話がはずみ、こんな時間も悪くないなと思いながら帰邸した――――けれどこの時の私は、ギルドで予想もしない出来事に遭遇するとは、夢にも思っていなかったのだった。