翌日、子爵家に行くと、リオーネは気分転換に邸から少し離れた丘に行っていると言われる。
男の足ならばそれほど時間もかからずに着くだろうと思い、鍛錬も兼ねて走りながら丘へと向かう事にしたのだった。
目の前に丘が見えてくると、一番小高いところにリオーネのシルエットが見えてくる。
途端に胸が高鳴り、早く彼女のいるところへ辿り着きたくて、走るスピードが速くなっていく。
たびたびリオーネの中にアストリーシャ様の面影が見えると、レイノルドの気持ちに引っ張られてしまう事もあるけれど、それ以外の時はとにかくリオーネが可愛くて、甘やかしたい気持ちに駆られてしまうのだった。
ようやくリオーネのいる場所に到達すると、彼女は無心で木刀で素振りをしている最中だった。
その姿がかつての陛下と重なってしまう。
煩悩を振り切るように大きな声でリオーネの名前を呼んでみる。
「リオーネ~~!!」
私に気付いたリオーネは、目を丸くして驚きを隠せない表情だ。
「リオーネ、ここにいたんだね!邸にいないから行先を聞いて、走ってきたんだ」
「バカね、邸からどれくらい距離があると思って……」
「このくらい、なんともないよ。リオーネのいるところにたどり着けるなら」
きっと世界の果てにいても君に会いに行く。
どうして前世の私は離れる事が出来たのだろう。
もし未来視が二人の最期を見せてきたとしても、今世は絶対にそばを離れたりはしない。
この命尽きるまでそばに――――そこまで考えて、ふと、このまま黙ったまま仲を深めてしまって、本当にいいのだろうか?という思いが湧き上がってくる。
自問自答する私……すると突然彼女が私の髪をふわっと触り、極上の笑みを見せてきた。
「アレクの髪、いつにも増してもっさりしちゃってる。ふふっ」
「え、本当だ。でもまぁいいや」
「どうして?」
「リオーネが笑ったから」
彼女が笑う、ただそれだけで世界がこんなにも輝いて見える。
やっぱりこのままではダメだ。
ラムゼンの言う通り、リオーネに許しを請わなくてはならない……君を愛し続ける事を許してほしいと。
きっとこの先、リオーネのそばを離れる事は出来ないだろうから。
そしてまた君の一番そばで守らせてほしいんだと、言いたい。
昨日のように危険な事でも自分の正義に従って動いてしまう君だから……一番に助けに行くのは自分でありたいから。
私の前世がレイノルドだと知った時、君はどんな顔をするだろうか。
どうか少しでも受け入れてもらえたら――――そんな私の期待は、木端微塵に打ち砕かれてしまうのだった。
~・~・~・~・~
リオーネに隣国アルサーシスの第三王子としての身分を明かし、レイノルドだった事も明かしてから数日経ったけれど、彼女はずっと邸にこもったまま姿を見せてはくれない。
まだ第三王子の身分を明かすまでは順調だった。
リオーネも驚いてはいたけれど、拒絶はされていなかったと思う。
でも私が「陛下」と呼んだ瞬間、彼女はとてつもない動揺を見せ、レイノルドだったと分かると激しい拒否反応を示した。
とにかく帰れと言われてしまったので、その日は大人しく引き下がったけれど……翌日からまったく会わせてもらえず、何度訪れても自室にこもったままだと彼女の両親に言われてしまう。
「はぁ…………」
「辛いですね~~最愛の人にここまで避けられてしまうなんて」
「ラムゼン、お前、面白がっているだろう」
「いえいえ、王子殿下の初恋ですから。もちろん私も今の状況に胸を痛めているに決まってるじゃないですか」
「白々しい…………はぁ……」
「仕方ありませんよ。まさかリオーネ様も前世自分を裏切った者が生まれ変わり、そばにいたなんて夢にも思わないでしょうし。ちょっとストーカー入っちゃって怖かったかもしれませんね」
「…………ぐっ……」
私はラムゼンの言葉にショックを隠せずに、肩を落とす。
とてつもない正論で言い返す気にもならない……あのような形で陛下を裏切り、悲惨な最期を迎えさせた張本人なのだから。
「まったく、この程度で落ち込んでどうするのです。もっとショックを受けているのはリオーネ様でしょう?あなたが落ち込んでいる暇はありませんよ。とにかく話を聞いてもらうべく、通い続けるしかないのですから」
ラムゼンはまたしても正論を述べてきたけれど、今回ばかりは私の心に火を着けてくれた。
その通りだ、私が落ち込んでいいはずがない。
「ラムゼン、ありがとう。お前の言う通りだ。子爵邸に行ってくる」
「それでこそ我が主です。行ってらっしゃいませ」
ラムゼンは快く送り出してくれ、私は馬に跨ると子爵邸へと駆けて行ったのだった。
あまりにも落ち込んでいたので千里眼を使うという選択肢を忘れていたけれど、今こそ使うべきだなと使ってみる。
すると邸ではなくこちらに向かっているではないか。
そしてすぐに今一番会いたかった人が目の前に現れたのだった。
「リオーネ、来てくれたんだね……!嬉しいよ」
嬉しそうにする私に対して、ぶっきらぼうに言葉を返してくるリオーネだったけれど、それでも嬉しかった。
このまま一生会えなかったらどうしようと思っていたから。
ラムゼンには茶化されたけれど、そんな事も全く気にならない。
少しでも彼女のそばにいたくて、ソファでは隣に座ってみた。
「向かいに座ればいいのに」
「私の居場所は常に君の隣りだから」
そこから私は、前世での事を懺悔する時間が始まったのだった。
正直この事をリオーネに話すのは、身が切られるように苦しい作業だった……彼女を傷つけるという事と、私自身にとっても辛い記憶だったから。
でもこのままでは私自身も、リオーネとの関係も、前に進む事が出来ない。
過去の事……アストリーシャ様の叔父であるイデオン皇帝陛下の裏切りだけは話さなかったけれど、それ以外は彼女に全て話した。
今はまだ、リオーネに受け止められるだけの余裕はないだろうから、イデオン皇帝陛下の事を話す事は出来ない。
そして私自身の目的も。
どうしてもこの国を手に入れる。それが私の望みであり目的だ。
アストリーシャ様の生まれ変わりを探している時にカナハーン帝国に根を下ろして気付いたのは、この国はそう遠くない未来に崩壊し、滅亡するか他国が侵略してくるか……いずれにしてもカナハーン帝国は消滅してしまうだろう。
悪政を続け、民の暮らしを圧迫し、今も国を離れる者が後を絶たない。
ギルドに所属し、細々と生活をしている者たちは頑張っているけれど、それも帝国の出方次第ではどうなるか……リオーネが健やかに暮らしていくためにも、イデオンには早々に消えてもらわなくては。
「私は昔も今も、君だけを愛しているから」
私の言葉に、彼女の大きな瞳が揺れ動く。
前世では絶対に口に出せない言葉。でも今世ではこんなにも正直に口に出す事が出来る喜びに胸が震える。
リオーネが許してくれるなら、何度でも言いたい……でもきっと今でも私が愛しているのはアストリーシャ様だけだと思っているのだろうな。
まだ時間はあるのだから、私がどれほどリオーネを愛しているかを伝えていけばいいと思う事にした。
咄嗟に話題を変えてくるリオーネを抱き上げ、私の膝に乗せ、彼女の肩に顔を埋める。
「な、な、なに……っ」
ああ、可愛い。照れて首まで真っ赤だ。
食べてしまいたくなる。
君の存在をこんなに近くで感じ、触れる事も出来る幸せを噛み締めながら、その日は何とかリオーネと仲直りし、午餐を一緒にいただいたのだった。