アレクの邸で色々な事を話した日から10日後――――私はお父様とアレクと共に王都にあるギルドの会合に来ていた。
「こんにちは、ヴェッポさん!」
「おお、リオーネちゃんじゃないか!前回の会合以来か?またべっぴんさんになって……ジョーンズ殿も気が気じゃないだろうな」
はははっ、と大きな口を開けて笑うのは、会合の受付係のヴェッポさん。
商人ギルドに所属し、スラリと背が高く、赤い長めの髪を横に長し、お父様よりは年下だけれど、いわゆるイケオジという部類に入る男性だ。
私は昔から娘のように可愛がってもらっていて、べっぴんさんと言われてもドキッとする事はなく、ただの挨拶なのだと思っている。
「そちらの兄ちゃんはどちらさん?」
「……………………」
「アレク!」
なぜだか不機嫌なアレクはヴェッポさんの呼びかけにニコニコしているだけで、全く無反応なので、私が声をかけた。
どうしちゃったの?
「……………………私はティンバール伯爵家の侍従でアレクと申します。以後お見知りおきを。それとリオーネはべっぴんさんになったのではなく、元々美しいです。間違えないでください」
「ちょっとアレク!!」
「あっはっはっ、兄ちゃん面白いな!」
物凄い恥ずかしい事をお父様とヴェッポさんの前で言われてしまった……穴があったら入りたい。
でもなぜかアレクはヴェッポさんに気に入られたらしくて、お父様と3人で話し込んでしまっている。
男同士ってよく分からないな。
今日はギルド親方衆の会合で、今回は2年に一度、ギルド組合長を決める事になっている。
カナハーン帝国でギルド制が取り入れられたのは10年ほど前からだった。
帝国は絶対的な存在だったアストリーシャ皇帝陛下が亡くなってから、忠誠を誓っていた諸侯らが国政から次々と離れてしまい、国の流通も乱れ、商品の価格が暴落してしまう。
農民も自家栽培したものを売りには出さず自分たちの食料にし始め、ご近所同士で分け与えたりが当たり前に行われ、国から与えられた土地を利用していたにも関わらず納税義務を無視している状態だった。
帝国は国に納める税を管理する為にギルド制を取り入れ、民同士の勝手なやり取りなどを禁止した。
ギルドではギルド組合長のもと、収穫量や売買価格なども適正価格が維持され、それを常に帝国に報告し、監視を受けながら細々とやり繰りしていた。
親方衆はたびたび会合を開き、様々な決まり事を定めている。
お父様は親方衆の一人で、私はいつもその親方衆の会合に小さな頃から飛び入り参加していた。
将来的には私も親方衆に入る事を見込んで、お父様も進んで連れて来てくれていたのだ。
今回はその会合をアレクも見学したいという事で一緒にやってきたのだけれど……最初から恥ずかしい事を平気で言うし、やっぱり一緒に来るのは失敗だったかな。
ふと集まっているメンバーを見渡すと、今回も親方衆は全員集まっているけれど、ギルド組合長はやはりまだ来てはいなかった。
「お父様、アレクも。会合が始まる時間だから椅子に座りましょう」
皆に声をかけて、用意されている椅子に座っていったのだった。
~・~・~・~・~
「それでは今回も前任の組合長であるサーシス殿を再任する、という事で異議のある者はおりますかな?」
議長を務めるドッゴールさんの呼びかけに、異議を唱える者は誰一人としていなかった。
というのも前任のギルド組合長であるサーシスさんは謎の人物とされ、ここにいる者で彼の素顔を知る者はいない。
にも関わらず全会一致で承認されたのは、サーシスさんは各ギルドの財政を影から支援している”あしながおじさん”的な存在だったからだ。
二年前に承認された時からずっと支援し続けてくれていて、どんなお金持ちの方なのだろうと思ってしまう。
貴族なのは間違いないわよね……もしかして大国の王族とか?
もはや帝国ではなく、サーシスさんがギルドを支えていると言っても過言ではない状況に、反対する者などいなかった。
「いつか組合長さんに会ってお礼をいいたいなぁ」
「そうだな、我々農業ギルドも支えてもらっているし、会って直接お礼を言えたらいいんだが」
お父様も同じ気持ちなのね……そうよね。彼が各ギルドを支援してくれているおかげで、我々は細々と生活していく事が出来ていると言っても過言ではないもの。
だんだんと税も重くなっていくし、この国に期待して商売をしにくる商人も激減しているから、正直このまま頼ってしまっていいのかと思ってしまう。
そんな私たちの会話に、アレクがポツリと呟いた。
「多分すぐに会えると思うよ」
「え、どうして?」
私の問いに、アレクはニッコリと笑うだけで、それ以上は何も言わない。
そしてなぜだか議長を務めるドッゴールさんが落ち着かない様子で、若干怯えているようにも見える。
「お父様、ドッゴールさんの様子、おかしくないですか?」
「ああ、汗だくだな……ソワソワしているようだし、体調でも悪いのだろうか」
私達がそんな会話をしていると、ドッゴールさんが突然サーシスさんを呼び出したのだった。
「ではギルド組合長の新たな勲章を授けたいと思います。サーシス殿は前へ!」
え?ギルド組合長がここに来ているの?!
会合に来ていた親方衆がザワザワと騒ぎ始め、皆が辺りをキョロキョロと見まわす。
私もどこにサーシスさんがいるのか、周りを見回したけれど、議長の元へ歩いている人物は見当たらない。
「どういう事?どこにもいないようだけど」
私の言葉に隣に座るアレクが私を見てクスッと笑い、頬を優しく撫でてくる。
「ちょっと待っててね」
「?」
スッと立ち上がったアレクは、ゆっくりとドッゴールさんのもとへ歩いていった。
皆がアレクに釘付けで、彼が何をし始めるのか、固唾を飲んで見守っている。
「お久しぶりです、ドッゴールさん。今回の再任の承認、嬉しく思っていますよ」
「あ……いつもお世話になっております。今日は会合にいらっしゃると聞いておりましたので、このような形を取らせていただきました。こちらが新しい勲章になります、お受け取りくださいませ」
「ありがとう」
アレクは感謝を述べながら勲章を受け取り、胸に取り付けて皆の方へと向き直る。
「皆の者、彼がサーシス殿である。本来はこのような場にくるような身分のお方ではないが、今回は特別にいらっしゃってくださった」
「皆さんが帝国で暮らしやすくなるように少しでもお力添え出来ればと、ギルド組合長を務めさせていただいてました」
ドッゴールさんの紹介に笑顔で応えるアレク……私とお父様は驚きのあまり顔を見合わせる事しか出来なかった。
そしてやはり親方衆からは、こんな若者に支援されていたのかという拒否反応を示す者も出始める。
「俺ぁこんな若造が支援していたなんて信じねぇぞ!!」
「私もだ。我々をバカにしているのか?!」
「そもそも前任者だった証拠を見せろ!」
様々なギルドから怒号が飛び交う。
でもその全ての声に笑顔を見せるだけのアレク。そして突然会合の扉が開かれ、ラムゼンが入ってきたのだった。
「殿下、これを」
「悪いな」
アレクがラムゼンから受け取った物は、前任者しか持つ事の許されない、ギルド組合長の勲章だった。
それを逆の胸に着けると、アレクはまたしてもニッコリと笑う。
「これは前任者しか持ち得ないギルド組合長の勲章です。親方衆も見た事があるはず……この時の私は16歳で、顔を見せる事は出来なかった。あまりに若かった為、今のように会合が紛糾する事は目に見えていましたから」
アレクの言葉に親方衆はシン……と静まり返る。
16歳で?そんな若い頃から動いていたの?
そこまでカナハーン帝国を手に入れようとしていたのは、アストリーシャの為?
アレクの顔を見ていると胸が苦しくて、一瞬目が合ったのに思わず逸らしてしまう。
そこへ突然扉がバンッ!!と開かれ、受付をしていたヴェッポさんが血相をかかえて入ってきた。
「大変だ!皇帝陛下の勅令がギルドに出た!!これを――――」
ヴェッポさんが持ってきた勅令が書かれた紙には、ギルドの動きを規制する事が端的に書かれていたのだった。