「なんだこれは…………こんな事がまかり通っちまったら、ここで暮らしていけない者も出てきてしまう」
ドッゴールさんは皇帝陛下の勅令の紙を握り締めながら、手が震えている。
順番に読ませてもらうと、そこには驚くべき事が書かれていた。
・ギルドにて決められていた就業時間、扱う商品数、販売価格など、今後全て帝国の定めるところとする
・帝国の許可なく販売数、商品価格等を変更した場合、ギルドでの活動の制限、及び帝国法に則って厳しい処分が下されるものとする
・他国との取引は原則として禁止とする。
・従わない場合、各ギルドの責任として帝国法に則り刑が執行される事とする
「何これ…………ギルド制を取り入れたのは帝国の方なのに、私達の動きが気に入らなくなったら、こんな事をするの?」
「……逆らう者は皆処刑するという事なのだろう。我々に選択肢はないという事か」
「そんな……!」
お父様が悔しそうに言葉を絞り出した。
今の現皇帝はアストリーシャの叔父であるイデオン皇帝陛下……あの優しかった叔父上が、こんな横暴な勅令を出すなんて信じられない。
民を使い捨ての駒にしか思っていないような、そんな人ではなかった。
私に帝王学を説いていたのは叔父上だったのに……!
「帝国城に行かなくては」
私は口から気持ちが漏れ出てしまう。
叔父上を何とか止めないと……。
「リオーネ!それはさせられない!!」
「でもアレク、こんな事……!死刑宣告と同じじゃない!」
ただでさえ帝国が廃れてきて、次々と同盟国には同盟を解消され、商業も衰退していく中で何とかギルド制のおかげで皆細々とやり繰りしていたというのに。
帝国によって売り上げも価格も何もかも管理されてしまったら、生活どころか食べていく事すらも厳しい者が出てきてしまう。
「リオーネ、落ち着きなさい。皆も……帝国城に行くのなら、事前に申請しなくてはならない」
「そうだな。突然訪れても門前払いだ」
ドッゴールさんがお父様の言葉に同意する。
二人の言葉にその場にいた親方衆は静まり返った。
そうよね、私も前世で現皇帝陛下の姪だったとは言えないし、リオーネとして突然城に行っても入れてもらえるわけがない。
冷静にならなくては。
そこへ静寂を破るようにアレクが話し始めた。
「私が謁見を取り付けましょう」
「どういう事?」
アレクの言葉にヴェッポさんが反応する。
アレクはギルド組合長でもあるけれど、本来は隣国アルサーシスの第三王子だ。まさか――――
「あなた、王子として謁見を申し入れるの?」
「うん。もともと皇帝陛下とは話してみたかったし、向こうもアルサーシス王国と話が出来るのは嬉しいだろうからね」
「なんだ?王子って言ったか?」
一人のギルドの親方が、アレクが王子であるという言葉を聞き逃さなかった。
そして皆がその言葉に反応し、親方衆がザワザワし始める。
アレクは皆に自身の身分を明かし、自分に任せてほしいと告げた。
「だいたいあんたがその国の王子様だっていう証はあんのかい?!」
「「そうだ、そうだ!」」
皆の気持ちは痛いほど分かるけれど、こんな事をしても何もならない。
私は仲裁に入る為に動こうとすると、お父様に肩を掴まれて止められてしまう。
お父様、どうして……?私が視線で訴えると、お父様は首を振ったのだった。
私の心配をよそにアレクは冷静に、慎重に言葉を発する。
「証拠ならここに」
自身の腰から短剣を手に取り、柄に刻まれた紋章と指輪の紋章を皆に見せる。
「これは我が国の大紋章。この指輪は王家の者だけが持つ事を許される大紋章が刻まれた指輪……内側に我が名が刻まれています」
さすがに親方衆でも大紋章は見た事がある者もいて、驚きで言葉が出てこない様子だった。
王族として堂々と振舞うアレクが眩しい。
あれほど権力や社会的な地位などいらないと思っていたのに、今この時はそれに頼るしかないなんて、自分が情けなくなる。
「ともかく、父である国王にも話を通す時間がほしいので、もう少し待ってもらってもいいですか?」
「そういう事なら……でももし謁見の申請が通ったら俺たちも行くぞ」
ギルドの親方の一人がそう言うと、皆がそれに呼応するように俺も俺もと声を上げた。
「分かりました。皆で直談判いたしましょう」
アレクがニッコリ笑ってそう言うと、会合では親方衆の雄たけびのような大きな声が響き渡ったのだった。
~・~・~・~・~
そうして話し合いが無事に終わり、決起集会という名目で皆が昼間からお酒を飲み始め、アレクはいつの間にか親方衆に気に入られたのか皆の輪の中に溶け込んでいる。
私はというと――――
「リオーネちゃ~~ん、飲んでる?」
「飲んでません」
ヴェッポさんはすっかり出来上がってしまったらしく、酔っぱらって絡まれていたのだった。
お父様も皆と飲んでいるし、馬車が使えないから帰るに帰れなくて残ったけど……お酒があまり飲めない私は早く帰りたくて仕方なかった。
アストリーシャの時はお酒が強かったから、飲み比べなんかは負ける気がしなかったけれど、今の私はあまりお酒が強くない。
そしていつの間にかお酒を給仕してくれる女性まで来て、宴会さながらな様子になっている。
皆、きっと今日の事でとても鬱憤が溜まったのよね。
アレクの方をチラリと見ると、やはり女性に囲まれてしまっている。
良き隣人、良き友人関係と言ったのは私だけど……あんなのを見せつけられるハメになるなんて、良い気分でいられるわけがない。
「ヴェッポさん、私、ちょっと外に出てます」
とてもじゃないけど、こんなところで楽しくワイワイする気にはなれない。
「え、リオーネちゃん、危ないから僕も行くよ」
大丈夫って言ったけれど、近頃の帝都は女性が一人でいると危ないからと言って、一緒に外についてきてくれたのだった。
「はぁ…………やっと解放された。もう帰りたい」
「ははっ、あの中じゃリオーネちゃんは退屈だよね」
「本当に。帰りたくても馬車なので勝手に帰れないし……早く終わらないかなぁ」
「ふふっ」
ヴェッポさん相手だとつい本音が漏れてしまい、笑われてしまう。
子供っぽいって思われたかな……私の心を見透かしたかのように大きな手で頭をぽんぽんされてしまうのだった。
「もう私18歳なんですけど」
「うん?そうだねぇ……それは僕に大人の女性として扱ってほしいと受け取っていいの?」
「え……いやいや、そういう意味ではなく……」
思ってもいない返しに、顔に熱が集まってくるのが分かる。
いつもはふざけた雰囲気のヴェッポさんが、突然大人な雰囲気を出してくるので焦って言葉が出てこない。
少し影のある表情にも見えて、不覚にもドキッとしてしまった。
「照れてる?」
「ヴェッポさんが突然そんな事言うから……!」
顔を近付けてニヤニヤしながらからかってくるので、その顔を押しのける押収が繰り広げられていた。
「はははっ、可愛い可愛い」
「ちょっとヴェッポさん!悪ふざけが過ぎますよ!」
そこへ扉がバンッと開かれ、中からアレクが飛び出してきた。
「リオーネ!ごめん、外に行ってるのに気付くのがおく、れ、て…………っ」
「アレク?」
ヴェッポさんとじゃれ合っている状況を見られて目が点になっていると、アレクに腕を引かれて彼の腕の中におさまってしまったのだった。
「ちょっ……アレク、何をして……!」
「ヴェッポさん、リオーネは私の婚約者になる人なんです。気安く触らないでください」
「それはそれは。殿下の想い人だったとは……でもまだ婚約者じゃない、ですよね?」
私はアレクの言葉に絶句して口をパクパクしているだけの状況だった。
婚約者になるって、何の話?
凄く恥ずかしい宣言をされているのに、私抜きで話は続いていく。
「今はまだ、というだけです」
「じゃあリオーネちゃん、殿下が君の手を離したらすぐに僕のところに来るんだよ。いつでも空けて待っているから」
私の頭に手を乗せ、髪をわしゃわしゃしながらそう告げてくるヴェッポさんの表情は、いつもと違い、男の人の目だった。
でもそれにしたって――――
「2人とも、私の意思そっちのけで話を進めないでください」
アレクの腕をすり抜け、2人に意見をすると、2人が顔を見合わせて苦笑いする。
最終的にヴェッポさんが「参ったな~」なんて言うので皆で笑い合い、その場は和気あいあいと3人で会話する事になったのだった。
こんな平和な時間がずっと続けばいいのに――――
ううん、こんな平和が続くように、私自身も動いていかなくてはならないと自分でも薄々気付いていた。
数日後、アレクがいつものように邸に来た時に、私も皆と一緒に帝国城に行く事を告げる。
そして私は、叔父上……今の皇帝陛下と対峙する決意を固めたのだった。