以前に木刀で素振りをしに来ていた丘にアレクと一緒に来ていた私は、彼に私も帝国城に連れて行ってほしいという事を頼んでいた。
「危険な事は分かっている。でもどうしても私も一緒に行きたい」
「分かっているのなら、なおさら連れては行けない。皇帝陛下にとっては親方衆なんて目の上のたんこぶにしか思っていないんだし、その中に女性が一人入っていたらどんな風に扱われるか……」
「じゃあ、アレクサンダー殿下の付き人、侍女って形で行くのはどう?地味な恰好で……それなら目を付けられにくいんじゃないかしら」
「う――ん……」
「私なら剣術、武術も出来るし、よほどの手練れが相手じゃなければ大丈夫よ。それに、帝国城の中は知り尽くしているから」
私の言葉にアレクが目を見開いた。
あそこは私の庭のようなもの……城の構造から隠し部屋、地下通路まで全て頭に入っている。
どこに抜け穴があるかも知っているので、そう簡単にはヘマはしないと自負していた。
「私が一緒に行って、損はないかと存じますが。アレクサンダー殿下」
ニヤリと笑ってそう告げると、アレクは降参といったポーズで苦笑した。
「君には敵わないな。分かった。でも絶対に無茶はしないように」
「うん、分かったわ!」
「絶対だよ」
「アレクったら過保護……」
私が呆れたように笑っていると、彼の両腕によって体ごと包み込まれてしまう。
「リオーネはまるで分かっていないから心配なんだ。私がどれほど君を大切に想っているか」
「…………」
「もし命の危険を感じたら、誰を差し置いても逃げて。絶対に」
「うん」
「約束だよ」
「分かってる」
ごめん、アレク。
それは出来ないと思う。
私はきっとその時がきたら、お父様やあなたを助けるべく動いてしまうと思う。
でもあなたは私が約束しないと絶対に連れて行ってくれないから。ごめんね。
それくらい、私にとってもあなたの事が大切なの。
私は彼の腕の中におさまり温もりを感じながら、心の中で何度もアレクに謝っていたのだった。
「じゃあ、そろそろ戻しましょうか!」
「うん、そうだね。今日はリオーネたちと一緒に食事したいな」
「ギルドの会合の後は綺麗なお姉さんと一緒に食事だったものね。そっちの方が良かったんじゃない?」
私がニヤリと笑ってそう言うと、アレクは青くなり、物凄い勢いで否定してきたのだった。
「そんなわけないよ!!気付いたら勝手に囲まれていただけで、私はすぐにでもリオーネのそばに行きたかったのに」
アレクは酷く慌てて、親方衆が離してくれなくて~とか一生懸命言い訳を並べていた。
そのムキになる様子が面白くて、つい笑ってしまうのだった。
昨日は女性に囲まれている姿を見ているだけで胸が苦しくなっていたのに、今は笑い話に出来て良かった。
こんな風に女性絡みで心が乱されたのは前世のあの時以来……レイノルドがダグマニノフ王国の王女と婚約して以来だわ。
彼は社交界にも出ないし、常に私のそばに控えていた護衛騎士という事もあり、女性に囲まれるという事自体がなかったので、突然婚約した時は息をするのも苦しくて……あの時の気が狂いそうなほど苦しい気持ちを思い出して動揺してしまったのかもしれない。
時々前世の記憶に引っ張られてしまうけれど、出来る限りアレク自身を見てあげられるように頑張ろう。
「アレク、冗談だから。ほら、早く邸に帰るわよ」
あたふたするアレクの手を握り、2人で馬に乗って邸へと戻った。
そして私はお母様のお手伝いをして食事を沢山作り、アレクと両親と4人で、楽しい食事の時間を過ごしたのだった。
~・~・~・~・~
皆で食事をしてから2日後、私はアレクと一緒に王都に買い物へ来ていた。
というのも今日は母の誕生日で、私がプレゼントを買いに行きたいと思っている話をしたら、彼もぜひ一緒に行きたいと言ってくれたのだった。
「リオーネの母上には本当に良くしてもらっているから……私からもプレゼントを贈りたいんだ」
「そっか。ありがとう、アレク。じゃあ一緒に選びに行きましょう」
「うん」
私は彼の気持ちがとても嬉しかったので、すぐに一緒に馬車に乗り、王都へと出発した。
両親はアレクが第三王子だと知っているけれど、彼が今まで通りにしてほしいとお願いし、ずっと変わらず仲良くしてくれている。
きっとそれが嬉しいのかもしれない。
アレクにも家族はいるのよね……第三王子だという事以外は彼の口からは聞いていないし、隣国アルサーシスには国王夫妻に三人の王子がいるという情報しか知らないので、いつかアレクの口から話してくれるかしら。
詮索するのも気が引けるし、いつか自分の口から話してくれるのを待とう。
そんな事を考えていると、隣りに座っているアレクが私の顔を覗き込んでくる。
「何か考え事?」
「ひゃっ!びっくりした……お母様のプレゼント、何にしようかなって思ってただけよ」
アレクは自身の過去を話した日から、とても距離が近くて困る。
馬車に乗る時も隣りだし、気付いたら手を握ってきたり、抱きしめてきたり……前世ではあり得ないほどのスキンシップに毎日戸惑ってしまう。
本当はこんなに触りたがりだったのかしら。
もし前世でレイノルドとこんな風に触れ合っていたら――――きっと一線を越えてしまっていたに違いない。
それはそれで危険だ。
私は咄嗟に想像するのを止め、お母様へのプレゼントを考える事にシフトしたのだった。
アレクはまだ私の隣りで「何にしようかな」とブツブツ言っている。
「ふふっ、きっと王都でいいものが見つかるわよね」
「そうだね」
2人で笑い合いながら、和やかな空気のまま、馬車は王都に到着したのだった。
馬車から降りる時もアレクのエスコートは素晴らしく、さすがに王子様といった感じがする。
私もアストリーシャの記憶があるので、その辺の所作はお互いに完璧だった。
こういう時は前世の記憶に感謝ね。
昔ほどの賑わいはないけれど、露店で色々な物が売っているのを遠くから見て、ワクワクしてくる。
「あそこの店から見てみようか」
「そうね」
さり気なく手を繋いでくるのにも慣れて……はこないけれど、だいぶ照れはなくなってはきたかもしれない。
でも恋人同士のようで、王都で繋ぐのは恥ずかしい……!
アレクは全く照れている様子を見せないので、私だけ振り回されているような気がする。
そんな事を悶々と考えていると、ブリキの置物が視界に入ってきた。
私がアストリーシャだった時、帝国では錫がよく採れていたので、錫を使って加工するブリキのおもちゃがよく露店に並んでいた。
現皇帝になってからは鉱員の待遇が悪く、あまり上手く産出出来なくなり、鉱脈も次々と廃坑になってしまっている。
同盟国からも取引がなくなり、もうブリキの物など露店に並んでいないだろうなと思っていたのに。
私は懐かしく思い、一つの置物の前で足を止めた。
「この置物……フクロウだわ」
「幸福を呼ぶ鳥だよね」
「可愛い。それに縁起も良さそう。プレゼントはこれにしようかしら」
「いいね」
私はプレゼントも決まり、ルンルン気分で店主の元へと向かっていった。
すると視界の端にふと見覚えのある髪色で、背が高い男性が目に入ってくる。
あれは…………ヴェッポさん?
フードを被ってはいるけれど、間違いなくヴェッポさんだわ。
どうして姿を隠すような服装をしているのだろう……長身だし髪も赤いから彼が歩いていたらとても目立つ。
いくらフードを被っていても隠しきれない存在感があるわ。
でも今の帝都は治安が良くないから、誰も気に留める人はいない様子で、ヴェッポさんらしき人物はひたすら露店から遠ざかるように歩いて行ってしまう。
私の視線にアレクが気付き、彼もヴェッポさんだと気付いた様子だった。
「なんだか、あの時と雰囲気が違うな……」
同じ事を考えていたようで、ザワザワと良くない予感がしてきて急いでお会計を済ませる。
「アレク」
私が呼びかけると彼が無言で頷き、二人でヴェッポさんの行方を追ってみる事にしたのだった。