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第21話 今世でも最愛の人は美しく逞しい ~アレクサンダーSide~


 リオーネに過去の話をしてから10日後、彼女の父上であるジョーンズ殿とリオーネと一緒にギルドの会合に来ていた。

 彼女の両親は私が王子だと知り、最初は恐縮していたけれど、普通にしてほしいと願い出たら今まで通りに接してくれるようになったのだった。

 そして今日もジョーンズ殿は会合に来る事を許してくれたので、3人で参加する事が出来ている。

 受付の男は真っ赤な髪にスラリと背が高く、リオーネが何やら親し気で、私は胸がモヤモヤしていた。


 リオーネちゃん?


 べっぴんさん?


 彼女の魂の美しさが分からない人間が、気安く話しかけていい女性ではないのに。

 私は憮然とした表情を崩さず、名前を聞かれても答えないでいると、さすがにリオーネから強く名前を呼ばれたので渋々自己紹介をする事にしたのだった。


 「………………私はティンバール伯爵家の侍従でアレクと申します。以後お見知りおきを。それとリオーネはべっぴんさんになったのではなく、元々美しいです。間違えないでください」


 一語一句間違いのない正論だと自負している。

 彼女はこの世に誕生した時から眩い輝きを放っていたに違いない。

 しかしなぜかヴェッポさんと言う男に気に入られた私は、ジョーンズ殿と3人で会話する事になってしまう。


 ヴェッポさん……よく分からない人だな。


 でもこの人の魂からは良くない気配が出ている。

 私の聖力がそれを可視化していて、黒い霧のようなものが彼の背後に付き纏っているのが視えていた。

 こういったものは魂が黒く染まりかけている時に出るもので、悪い事に手を染めている人間に多い。

 そういう意味でもリオーネに近付けたくないなと思った私は、彼の動向を注視しなくてはならないと思ったのだった。


 やがて始まった会合は、ギルド組合長を決めるという議題で始まる。


 最初から今日の議題も分かった上でリオーネ達と一緒にやってきた私は、「サーシス殿は前へ!」というドッゴールの言葉を受け、前へ進み出た。


 「お久しぶりです、ドッゴールさん。今回の再任の承認、嬉しく思っていますよ」

 「あ……いつもお世話になっております。今日は会合にいらっしゃると聞いておりましたので、このような形を取らせていただきました。こちらが新しい勲章になります、お受け取りくださいませ」

 「ありがとう」


 ドッゴールから新たなギルド組合長の勲章をもらい、それを胸に着ける。

 それにしても目の前の男、ドッゴールは相変わらず魂が真っ黒な人間だ……最初に会ったのは私が16歳の時。

 商人ギルドへの多額の支援を持ち寄り、私の地位と財産をチラつかせて、ギルド組合長に就任するべく協力を取り付けたのだった。

 その時から真っ黒に近かったけれど、今は完全に真っ黒だ。


 私が持ってきた支援金もどこへやったのやら…………千里眼も使わせてもらい、この男が皇帝に取り入り、ここにいるギルド親方衆を欺いている事も分かっている。

 皆が必死に生きて行く為に定めたギルドの決まりなども、皇帝に主権が行き渡るように動いているのだ。

 リオーネと知り合い、彼女たちが本当に細々と畑仕事に精を出しながら生活をしている事をそばで見て、この男のやろうとしている事がどれほど罪深いか――――もし自国だったなら、すぐに首をはねていただろう。


 でもまだ、今は早い――――皇帝もろとも葬らなければ。


 そろそろ皇帝も動いてくる頃かと思っていたところに、ヴェッポさんの声が室内に響き渡った。


 「大変だ!皇帝陛下の勅令がギルドに出た!!これを――――」


 そこには案の定、皇帝の直筆で書かれた勅令が書かれていて、ギルドの主権を明け渡すような内容が刻まれていたのだった。

 当然親方衆は憤慨し、皆が帝国城に押しかけようという話になる。

 リオーネまで…………君をあの城へ行かせたくない。

 もう二度と君を危険な目に遭わせたくはないのに、自ら危険な場所へと飛び込もうとする。


 何とか私が謁見を取り付けるという事で話はまとまったけれど、リオーネを止める事は出来ないだろうという事が私の頭をもたげていく。


 「殿下、いつからギルド組合長をやっておられたのです?」

 「16歳の時からです」


 私はなぜか酔っ払い(他ギルドの親方)に絡まれて、自分の生い立ちなどを話す羽目になっていた。

 皇帝の勅令が下され、皆腹立たしい気持ちを晴らす為にパアッと飲みたいという話になり、突然会合が行われていた部屋で決起集会が始まったのだった。

 私はリオーネと飲みたかったのに……彼女はヴェッポさんと話していて、私は親方衆につかまってしまい、身動きが取れない。

 いつの間にか給仕の女性にも囲まれていたけれど、ただただリオーネのもとへ行けないイライラが溜まるばかりで、とにかく早く会話を終わらせたい――――そう思っていたのに、ふと気付けば彼女が座っていた椅子にはもう誰も座っていない。


 私は背中が冷えたような気持ちになり、立ち上がった。


 「きゃっ!」

 「殿下、いかがしたんです?!」


 周りの女性や親方が驚いて声をかけてきたけれど、私の頭の中はリオーネの行方で頭がいっぱいだった。


 「失礼。リオーネが見当たらなくて」

 「リオーネならヴェッポと外へ行きましたよ」


 リオーネの父上であるジョーンズ殿が助け舟を出してくれる。

 ヴェッポさんと?


 魂が黒く染まってきているあの人をこれ以上リオーネに近付けるわけにはいかない……!

 急いで建物の外へ出てみると、2人の顔が限りなく近づいていて、ヴェッポさんは私のリオーネに触り放題だった。


 「ヴェッポさん、リオーネは私の婚約者になる人なんです。気安く触らないでください」

 「これはこれは。殿下の想い人だったとは……でもまだ婚約者じゃない、ですよね?」


 なんとかリオーネを私の腕におさめ、ヴェッポさんに釘をさす。

 でも私はその時に気付いてしまったのだ。


 ヴェッポさんからリオーネを引き離した瞬間、彼の魂がまた一段と黒く染まってしまった事を。


 まさかとは思っていたけれど、彼のターゲットがリオーネだったとは。

 これほどまでに黒く染まってしまうという事は、ただの嫉妬ではない。

 きっとこの事はリオーネに言っても信じないだろうから、伏せておこうと心に決めた。


 それなのに――――たまたま彼女の母上であるリグネット殿の誕生日プレゼントを購入する為に帝都へ行った時、怪しい動きをするヴェッポさんをリオーネが目撃してしまう。


 二人で跡をつけてみると、狭い路地裏へと姿を消していったのだった。


 「リオーネはここで待っていて。この狭さでは一緒に入っては逃げきれない」


 絶対に危険にさらしたくはない私は、一人で路地へと入っていった。

 そこで目にしたのはドッゴールやヴェッポさん、その他の商人ギルドの者たちが皇帝からの報酬を山分けしている場面……そうか、この者たちは同じ穴の狢だったというわけか。

 私からの支援に加え、皇帝からもこうして報酬をもらい、美味しい部分だけいただこうというわけだな。

 この事をリオーネが知ったらどれほど悲しむかと思っていた。


 しかし、私の意に反して彼女はどんどん悪の女帝と呼ばれていた頃の顔を見せてくる。


 「アレク、これはギルドの皆に対する裏切り、という事よね?」

 「…………そうなるね」

 「分かったわ。帰りましょう、作戦を立てないと」


 その時のリオーネの表情は、氷のように冷たく、まるでこれからの戦いを楽しむかのような悪者よりも悪い表情をしていたのだった。

 私は背筋が粟立ち、喜びが胸の底から湧き上がってくる。


 やはりあなたはアストリーシャ様だった。


 「商人ギルドはもともと大きくてギルドの中心ではあったけど、こんな事は許されないわ。もしかして、あの皇帝の勅令は……」

 「恐らくドッゴールさんやヴェッポさんは知っていたのだろう。むしろあの日を狙って勅令を出してもらったのかもしれない」

 「そうだとすれば、ドッゴールさんはアレクの事も皇帝に話しているわね。第三王子が帝国城に来るのも彼らのシナリオの内、か」

 「ええ、帝国としてもアルサーシス王国との繋がりがほしいところなので、この機会を待っていたはず」

 「アレク、突然で申し訳ないのだけど、千里眼を使ってほしいの」


 「御意」


 まるで前世に戻ったかのようなやり取り。


 嬉しい。


 こうやってまた、あなたの役に立てる日がくるとは。

 私は自身の聖人としての力を存分に使い、彼女の知りたかったものを探し当てる。 

 ついでに皇帝が、民から徴収した税を隠し部屋にたんまり貯め込んでいる事も伝えた。 

 するとリオーネは鋭い眼光で私を見据え、「あなたはそれを知っていたのよね?」と問い詰めてきたのだ。

 私はその姿に再度アストリーシャ様を重ねた。私の陛下――――


 「やっぱり、あなたには敵わないな」


 堪らなく幸せな気持ちになり、嬉しいような、泣きたくなるような……とにかくそんな顔を見られたくなくて、彼女の頭を抱きしめた。

 でも私の気持ちなど知らぬと言わんばかりに、楽しそうに笑うリオーネ。


 「第三王子と付き人として、他の親方衆も引き連れて堂々と乗り込みましょう。ふふっ、面白くなってきた」


 今も昔も君には勝てる気がしないな。

 私の最愛の人は、生まれ変わってもなお逞しく、清廉で、美しい……その事が堪らなく嬉しくて、幸せで、ずっとこの時間が続けばいいのにと願って止まなかった。


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