「う…………ッ、みんな、大丈夫?!」
「リオーネか?私は大丈夫だ」
少し離れた場所からお父様の声が聞こえてくる。
良かった……どこか打ち付けていないかが心配だったから。
「こっちも大丈夫だ!」「こちらも」「ワシも大丈夫」
あちこちから無事の声が聞こえてきて、皆、日頃から鍛えられているのか、特に怪我をしたという声は上がらなかった。
上を見上げると私たちがいた謁見の間はかなり上にあり、そこからほんの少し隙間の光りが入ってくる程度……地下から這い上がっていくのは不可能ね。
正直、こんな仕掛けがあるとは思っていなかった。
私が生きていた時には、このような床はなかったはず。
叔父上が皇帝になってから作られたものだと思うけど、随分悪趣味なものを作ったのね。
それほど外部からの敵に怯えているという事か。
民が懸命に納税したものの一部を隠し持っているのだもの、それらもいつバレるかビクビクしているのかもしれない。
私が皇帝だった時も常に暗殺の危険が付き纏っていた……それを全てレイノルドが排除してくれていたのだから、やはり彼には感謝の気持ちしか湧いてこない。
とにかくこの地下から脱出しなくては……!
だんだんと目が慣れてきて、暗闇だけれど少し周りが見えてくる。
皆もそうなのか、お父様が私のところへやってきた。
「リオーネ、怪我はしていないか?」
「大丈夫、そこまでやわじゃないわ」
「そうか……良かった」
そしてやっぱりここには、ヴェッポさんやドッゴールさんらはいない。
彼らはやはりこうなる事を知っていて、私たちと行動を共にしていたんだわ……邪魔な親方衆を消す為に。
「でも、ここからどうやって出ればいいんだ?」
他ギルドの親方が声をあげると、皆が口ごもってしまう。
帝国城の地下なんてどういう仕組みか分からないわよね……私の時にはなかった仕掛けとは言え、私にはなんとなくどの地下通路と繋がっているかが分かってしまう。
右と左に通路があり、おそらく城の外に出るのなら左に行くべきね。
「みんな。こんな状況で混乱していると思うけど、時間がないから考えてほしいんです。ここから出たいのか、城に残って皇帝を退位させる機会を待ちたいのか」
「「城に?!」」
私の提案に、驚きを隠せない声があがる。
こんな小娘が何を言っているのかって思うわよね……でもいつまでもここにいるわけにはいかない。
ここから出さない為に追手がやって来る可能性も否定出来ないから。
私はアレクと話した内容を皆に話す事にした。
ドッゴールさんやヴェッポさんの事、皇帝陛下の勅令の真相、陛下は民が納めた税の一部を隠し部屋に溜め込んでいる事など……案の定、親方衆から怒号が飛び交う。
「絶対ゆるせねぇ……俺らの血税を溜め込んでいるだと?!」
「通りでドッゴールとヴェッポは落ちてないわけだ!」
「あいつら、ワシらが落ちる時、笑っていやがったんだ……そんな事を裏でやっているなんて許せねぇ!!」
口々に不満が噴出していく。きっと心は1つよね。
「みんな、城から出る?それとも留まって一泡吹かせる?」
「「留まる!!」」
「じゃあ、夜が明けるまで居させてもらいましょう」
「「オォォォオオ!!!」」
本当なら静かにしないといけないけれど、どうせ聞こえたとしてもただの悲鳴に聞こえるでしょうし、士気を上げるのは大切だものね。
「追手に見つからないように移動しなくちゃね。みんな、私についてきてください」
私の言葉に親方衆がザワザワし始めた。
なぜ私が道を知っているのかが疑問に思うはず……前世の話を明かす事は出来ないから、お父様を利用させてもらおう。
「私のお父様は帝国騎士団の隊長だった人だから、帝国城の地図が我が家にはあるの。全部頭に入っているから大丈夫」
「そうなのか」「そりゃいいや」「良かった――」
皆信じてくれたようで、ホッと胸を撫でおろす。ただ一人を除いて――――
「リオーネ」
「……お父様」
暗闇の中だけれど、すっかり目が慣れてお父様の表情がしっかりと分かってしまう。
その表情は驚いているのではなく、冷静に、何かを察しようとしているように見えた。
我が家に帝国城の地図などない。
あれは皆の疑いを逸らす為の嘘だ。
お父様には全て終わってから話さなくてはならないわね……覚悟を決めないと。
てっきり怒りや疑いの目を向けられるかと思っていたのに、お父様から出てきた言葉は全く違うものだった。
「よくやったな。では皆を案内してもらうとしよう」
「はい!」
全ての状況を察して話を合わせてくれているのだろうか。
そう思うとお父様の気持ちが嬉しくて、つい返事が大きくなってしまう。
ありがとう、お父様。
色んな事が落ち着いたら全て話をするから……胸に決意し、地下通路の案内をし始めたのだった。
「左に行くと外へ繋がる通路へと出るはずなので、右に行きましょう。隠し通路は何本もあり、帝国城の外へ繋がるものや各部屋へと繋がるものがあります。城の裏庭、食料貯蔵庫、先ほど居た玉座の後ろ、あとは……」
「皇帝執務室、だな」
私の言葉の後にお父様が付け足してくれた。
やはり帝国に仕えていた人……秘密通路の事も知っているわよね。
「そう、皇帝しか使う事が許されない通路なのよね」
「かつて陛下の執務室でその話を聞かされた事があってね。大事な事なのに明け透けと話されるから冗談かと思っていたが、やはり本当にあるのか」
私はお父様の言葉に静かに頷いた。
お父様は懐かしむようにかつてを思い出しているように見える。
昔、その話をした時の事は覚えている……ダグマニノフ王国との交渉が難航している時、もし敵が攻めてきたらどうなさるおつもりかと聞かれ、執務室から地下通路に入り逃げる、と笑って話した記憶があるわ。
そんな事も覚えていてくれているなんて。
こんな風にアストリーシャに真摯に仕えてくれていた者もいたというのに、私は自ら全てを手放し、自決してしまったのだから……本来ならお父様にもあわす顔がないくらいなのだ。
「大丈夫だ、進もう」
「うん」
お父様は私の頭にポンッと手を乗せ、安心させるように大丈夫と言ってくれた。
きっと叔父上は私たちを秘密裏に消してしまいたいでしょうから、絶対に生きてお母様のもとへ戻るわ。
それに、必ずまたアレクに会う。
沢山伝えたい事があるし、まだ聞いていない事も沢山あるのだから。
壁伝いにゆっくりと進みながら皆を誘導し、8人の親方衆を城の裏庭と食料貯蔵庫の二手に分けて出口へと導く事に成功した。
彼らには城の者になりきり、私からの指示を待ってほしいと伝えておく。
そして私はどうしても行きたい場所があり、そこへ向かう事にしたけれど、お父様は一緒に向かうと言って譲らない。
「私はリオーネと一緒に行動するよ」
「え?!でも、危険よ……!」
「娘が危険な橋を渡ろうとしているのに、私だけ生き残ろうだなんて、あり得ない」
「でも……」
「お前を守らなくては、お母様に家を追い出されてしまう」
そう言っておどけて見せるお父様……私が深く考え過ぎないように気を使ってくれているのね。
それに確かに私を一人にしたら、お母様にドヤされてしまうお父様が目に浮かぶ。
「ふふっ、そうね。お母様は怒ったら怖い人だものね」
「そうだ。分かるだろう?だから一緒に行くよ」
「ありがとう」
そうしてまた私たちは暗い地下通路を壁伝いに歩きながら皇帝執務室へと向かい、なんとか出口へとたどり着いたのだった。