「ではそろそろ隠し部屋へと案内しようか」
アイゼン公とハルファウス卿が落ち着きを取り戻したので立ち上がり、本棚の方へ誘導した。
先ほどレバーを見つけたので、仕掛けはあの頃と変わってはいないようだ。
アレクは透視でどのくらい財が隠されているかを知っているだろうけど、私は初めて見るので少し緊張してくる。
多額であればあるほど皇帝の罪は大きい。
私がレバーを180度回転させると本棚が動くようになり、右にゆっくりと動かす。本が棚に入っている状態なので女性が動かすには少し重い……本棚をどんどん右端へ動かしていくと、先ほどまで本棚があった壁には人一人が通れるくらいの通路が現れたのだった。
「本棚の奥に通路が……すぐ先に扉まで」
「ここから先は皇帝しか知らないため、鍵などはかけられていない。簡単に入る事が出来るだろう」
皆が顔を見合わせて頷いたのを見て、私が先頭となり、通路を歩いていく。
とは言っても10mほどしかないので、すぐに扉の前へとたどり着いた。
「開けるぞ」
ひと声かけて扉をゆっくり開いていく……私の代ではほとんど開く事のなかった扉。
私はこの中に国の機密情報くらいしか入れていなかったので、ほとんど使い道などなかった。
おそらく暗殺や戦が多かったので、避難場所のような目的で作られたと思われる隠し部屋なのに……執務室の二倍はある隠し部屋には沢山の金塊や銀貨、宝石、鉱夫たちが納めたと思われる鉱物資源などが山積みに、かつ無造作に置かれていたのだった。
「こ、これは…………」「なんてことだ……これほどまでの財が隠し持たれていたとは」
アイゼン公とハルファウス卿が口々に驚嘆の声を上げる。
これほど貯め込んでいたのなら、いくら民から徴収しても足りなかったでしょうね。
その中には今年に納められたと見られる穀物類も置いてあった。
「穀物類は傷んでしまうからため込んでいても仕方ないのに……やはり今年中には国を捨てようと考えていたのか」
穀物類の上には丁寧に日付まで書かれていた。
馬鹿な事を……これでもう言い逃れは出来ない。
「これを白日のもとに晒せば、帝位から引きずり下ろす事が出来るぞ」
私がそう言っても、2人の顔色は優れず、悔しそうな表情で俯いたままだった。
「このような事がいつからなされていたのか……全く気付けなかった自分に腹が立ちます」
「我々も民から見れば同罪です」
アイゼン公とハルファウス卿が力なく言葉をこぼす。
励ましの言葉すら浮かばない……彼らは私がいない18年の時をずっと帝国の諸侯として皇帝を支えてきたのだから。
でも一番罪深いのは私だ。
全てを手放して生まれ変わり、のうのうと生きていたのだ。
「そなた達が同罪というのなら、私も同罪、いやそれ以上になるだろう。自らこの世を去ったのだから」
「陛下!」「決してそのような……!!」
「いいのだ、本当の事だ。だからこそこのままでいいはずがない。皆の力を貸してほしい」
私が頭を下げると、お父様も含め皆が頷いてくれたのだった。
前世の私では頭を下げるなど出来なかった。
生まれ変わった事で色々な事が変わっているんだ。
まだこの国をどうしていくとか、そんな事は考えていないけれど、とにかく叔父上には帝位を退いてもらうべく事を進めていかなくてはならない。
「ではそろそろここから出て、作戦を練らなくては」
お父様がそう言ってくれたので皆が同意し、隠し部屋から出て通路を歩いていると、何やら執務室の扉の辺りで声がしてくる。
なんだろう、嫌な予感しかしない。
「もしかして皇帝が戻ってきたのでは?」
私の言葉に皆の顔色が青くなっていく。
「それはマズい……!我々がここにいる事が知られるわけにはいかない!」
お父様と私は地下に落ち、こんなところにいるはずがない人間……執務室にいる事すら許されない。
「ひとまず本棚を戻し、この通路で様子を見よう……!」
アイゼン公が咄嗟に提案し、急いで内側から本棚を戻して様子を見る事にしたのだった。
本棚を元の位置に戻した瞬間、執務室の扉が開かれて2人の人物が入ってきたようだった。
本棚の裏とは言え、声は普通に聞こえてくるもので、誰の声かはすぐに理解する。
(アレクと叔父上……)
(アレク?)
アレクというのが誰か分からなかったアイゼン公が聞き返してきたので、アレクがアレクサンダー殿下であり、私と彼は領地が隣同士の知人である事を小声で説明する。
2人は酷く驚き、お父様は苦笑し、私もレイノルドの事を伏せながらも彼の気持ちはアイゼン公やハルファウス卿たちと同じで、皇帝を退位させたいと思っていると話した。
(しかし他国の者をどうやって信じれば良いのでしょうか)
(もしそれが彼らの手だったとしたら……今度こそ我が国は滅亡どころか乗っ取られてしまうのでは?)
2人はアレクがレイノルドだと知らないので、隣国の王子が都合のいい事を言って私たちを利用しようとしているのではと思っている。
当然の事だわ……それについてはお父様も無言なので、そういう思いがあるのかもしれない。
これはレイノルドの事を明かさなくてはいけない、と思った瞬間、執務室から叔父上の大きな声が聞こえてくる。
「アレクサンダー殿下、あなたの父上が仰っていた”誠意”というのがこの部屋にある。この本棚の裏にね」
え……まさか隠し部屋に来ようとしている?
(マズいぞ、早く隠れなくては!)
(でも隠れる場所など……)
アイゼン公とハルファウス卿は小声で慌て始める。
早くしないと本棚が動かされてしまうわね……仕方ないわ。
(こっちへ!)
皆を隠し部屋に誘導して扉を閉め、山積みになっている財法のたちの裏に隠れるしかなかったのだった。
もう運に身を任せるしかない……アレクが先に見つけてくれて、叔父上を早く連れて行ってくれればいいのだけど。
そんな都合のいい事を考えている内に、アレクと叔父上が隠し部屋に入ってきたのだった。
「凄い量ですね!これは驚きました……これの半分を我がアルサーシス王国に献上するというのですか?」
「ええ、悪い話ではないかと。貴国は帝国とこの財の半分を受け取る代わりに、私は安住の地を得る。お互いに利のある取引だと思うが」
「確かに。悪い話ではありませんね。しかし私一人で決定する事は出来兼ねますので、すぐにでも本国の父に親書を出しましょう」
私はアレクの言葉を聞いて、心臓がドクドクしてしまう。
これは作戦よね?
まさか本当に叔父上をアルサーシス王国に亡命させるなんて事はないと思うけれど……私以外の3人の方へ視線を移すと、皆顔色が真っ青になってしまっていた。
今にも叔父上に食ってかかりそうな感じがする……なんでもいいから早く出ていってほしい。
そんな我々の思いなどお構いなしに、叔父上がさらに話を続けていく。
「感謝する、王子殿下。今日はこちらに滞在なされるか?」
「ええ、そうさせていただこうかと。素晴らしいものを見せていただいたので、今夜は眠れそうもありませんが。ふふっ」
「王子殿下に喜んでいただけて、こちらとしても嬉しい限りだ」
もう、そんな話はいいから、早く連れて行ってよアレク――――私が心の中で愚痴をこぼしていると、突然アイゼン公が立ち上がろうとしたのだった。
(もう我慢ならぬ)
(待て!今はダメだ……!)
お父様が寸でのところで腕をつかみ、思い止まらせたけれど、動いた拍子に銀貨にぶつかったのか、少し銀貨が転がってきてしまう。
――――カツーンッ……――――
たった銀貨一枚だけれど、音は室内に響き渡り、誰かの存在を知らせるには十分だった。
「誰だ?!誰かおるのか?!!」
「陛下、危のうございます。ここは私が調べますゆえ、扉の外で待機していてください」
「しかし…………」
「私は剣術、武術の心得がございますのでご心配はいりません」
アレクの言葉に叔父上が「そ、そうか」と返事をすると、大人しく扉の外へと出ていったのだった。
叔父上は剣術武術に関してはからっきしだったので、逃げるように去って行ったわね。助かった――――
ツカツカと足音が近づいてくる気配がして顔を上げると、アレクがこちらを覗き込んでいる。
「やっぱり……」
「アレク、ありがとう」
「もう…………びっくりさせないで!無事で良かったよ、リオーネ。それにジョーンズ殿も」
「へへッ」と笑って誤魔化し、アレクはお父様にも軽く挨拶をして用件だけを述べていく。
「ひとまず誰もいなかった事にして執務室から出ますので、皆さんは少し待機してから出てください。アイゼン公爵とハルファウス侯爵は明日、国中の諸侯を謁見の間に集めていただきたい」
「え、あ、いや、どうして名を……っ」
自分の名前を呼ばれて二人とも酷く動揺してしまう……そりゃそうよね、隣国とは言え他国の王子が自分たちの名前を知っているなんておかしいもの。
でもアレクは時間がないのか構う事なく話を続けていく。
「リオーネとジョーンズ殿は執務室の地下通路で待機していて。後で必ず迎えに行くから」
「分かったわ」
お父様も隣りで頷いている。
アレクは私の頭にポンッと手を置くと、優しい微笑みを残して颯爽と去っていってしまったのだった。