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第26話 リバーメルト家の者たち


 アレクが隠し部屋から去り、物音が全くしなくなってからアイゼン公が口を開く。


 「先ほどのお方がアルサーシス王国の第三王子ですか……とても聡明なお方に見えますな」

 「彼は信頼出来る人間だと、私は思っています」


 お父様が珍しく言葉を発したのでアイゼン公はお父様の顔を見ながら、「そうか……」とだけ呟いた。


 「しかしなぜ我々の名前を知っておられたのだ?殿下にお会いした事などないにも関わらず……まさか帝国の諸侯全て頭に入っておられるのだろうか。いや、でも顔までは分からないはず……」


 ハルファウス卿は疑問を口にしながら、ブツブツと自問自答している。

 でももし帝国の諸侯全て頭に入っているとしたら、その方が怖いわよね……自国の諸侯ならともかく。

 先ほどのアレクの様子を見て、きっと彼も私を信用してくれているに違いないと思い、私たちの事を全て話す事にしたのだった。


 「少し時間がかかるが、かつての私たちに何があったか、聞いてくれるか?」


 アイゼン公とハルファウス卿は動揺しながらも頷き、お父様は最初から心を決めていたのか、静かに頷く。


 私はレイノルドとの関係と、彼が未来視で何を視たのか、あの時の彼の行動や私が自決した理由、生まれ変わってからの事、そしてアルサーシス王国の第三王子アレクサンダー殿下はレイノルドである事を包み隠さず伝えた。

 そして私が推察した彼の目的も――――

 皆黙って聞きながら試案している様子に、隠し部屋には沈黙が流れていく。


 「恐らくアレクは、私の手に帝国を戻したいのだと思う。先ほどの叔父上との会話は本心ではないだろうから」

 「恐れながら、陛下はお人が好すぎるのではないですか?」


 私はアイゼン公の言葉に驚き、目を見開いたまま固まってしまう。

 ハルファウス侯爵も同じ気持ちのようで、2人はレイノルドへの敵意を隠そうとはしていなかった。


 「あの者が陛下の中でどれほど大きい存在だったかは、我々も存じております。しかし、彼が裏切ってから、我々がどれほどの辛酸を舐めさせられたか、忘れたわけではありますまい!」

 「それは……」

 「私は忘れませぬぞ……同盟国からは次々に同盟を解消され、国内の穀物はみるみる不作となり、貴重な鉱物資源である錫も採れなくなり、帝国は1年も経たずに悲惨な状況に陥りました。聖人の加護を失った国はこれほどまでに脆いのかと……そして何よりリバーメルト家の者たちが浮かばれませぬ!!」

 「………………ッ」


 アイゼン公はリバーメルト伯爵家と懇意にしていたので、彼らの家が取り潰しになった事で深くレイノルドを恨んでいた。

 レイノルドを養子として引き取り、愛情を持って育ててくれた伯爵家。

 何の罪もない帝国に尽くしてくれた家を救えなかった事は、私の心にも大きな傷を残していた。

 取り潰しになった後、帝国に留まっていては彼らを処刑せねばならないので、秘密裏に帝国から出国させ、今は他国で穏やかに暮らしている事は分かっている……それでも腹の虫がおさまらないアイゼン公に対して、お父様が重い口を開く。


 「リバーメルト家はみずから没落を選んだのです」

 「「?!」」

 「私は騎士団でしたので、彼らを護送する役目を担っておりました。他国へ連行されていく間、ずっとご一緒させていただきましたが、レイノルド様の事を恨んでいる様子は1つもなく、むしろ送り出したようです。愛する者を守る為に我が道を進めと……それはレイノルド様も知っておいでです」

 「そんな……」


 初めて聞く話に、各々ショックを隠せずにいた。

 命だけは恩赦する事が出来たけれど、きっと他国で苦労をさせてしまっているに違いないと、ずっと心が苦しかった。

 彼らほど一本気で忠義に厚い家はなかった……まだ正気だったアストリーシャの父上である先々代皇帝が、レイノルドの養子縁組先としてリバーメルト家を選んだ判断は間違っていなかったわけだ。


 「今度、リバーメルト家の者達の顔を見に行かなくてはな」


 私がそう言うと、アイゼン公はまだ事実を認められないのか、ムキになっていく。


 「……っ、だからといって、まだレイノルド殿を許したわけではありませぬ!」

 「意地を張るでない。素直になる事も大事だ」


 ハルファウス卿にも窘められ、今度はそちらの方に矛先が向かっていく。

 もしあの頃、もう少し今のように皆と腹を割って話す事が出来ていたら、何か未来は変わっていただろうか……そんな事を考えても無意味なのに、つい考えてしまう。

 それでも大切なのは過去ではなく、未来だ。

 今度こそ大切なものを見失わないように、自分に出来る事をやらなくては。


 「ではそろそろここを出よう。決行は明朝。二人は国中の諸侯を謁見の間に集めてくれ。頼んだ」

 「「はい」」


 私はそれだけを告げ、隠し部屋から出て本棚を動かし、誰もいなくなった皇帝執務室へと出たのだった。

 隠し部屋にいたのはほんの少しの時間なのに、随分濃密な時間だったように感じる。

 二人に挨拶をし、私とお父様はアレクに指定された場所である、地下通路へと戻っていったのだった。

 階段で2人で腰を掛けながら、親子の会話をしてみる。


 「お父様、ごめん。こんな大事な事を後出しで告げる事になって」

 「いや、さすがに言いにくいだろう。私だってまだ信じられないくらいなんだから」


 そうよね、突然娘が前世で上司だった人間って言われても混乱するし、信じられないわよね。

 きっとどう接していいのか分からないはず。


 「でも陛下の口調で話しているリオーネは間違いなくアストリーシャ様そのもので、信じざるを得ないと感じたよ」


 私はお父様の言葉に苦笑するしかなかった。

 きっと物凄い圧を放っていたに違いない……そう思うからこそ、皇帝だった時の口調は出来る限り使いたくなかった。

 でもあの時は信じてもらう為に仕方なかったと自分に言い聞かせる。


 「必要な時以外はあの話し方はしないから、安心して」

 「頼むよ」


 私たちは笑い合い、家族としての話し合いを終えた。

 ちょうどそこへランプを片手に持ったアレクがやってきて、私たちを見つけた瞬間に顔を輝かせ、こちらへ駆けてきたのだった。


 「リオーネ!ジョーンズ殿!良かった、無事で……!」

 「アレク!」


 私も駆け寄ると、アレクは難しい顔をしながら私の全身をくまなくチェックし、ホッと息を吐いた。


 「どうしたの?」

 「どうしたのって、穴から落ちたんだよ?怪我をしていないか心配するのが当たり前じゃないか!あれからどれほど心配した事か…………」


 自身の顔を片手で覆いながら長い溜息を吐く。

 凄く心配をかけてしまったみたいね……逆の立場だったら私も心配するものね。

 お父様が私の肩にポンッと手を置き、軽く頷くので、お父様はアレクの事を信頼してくれているのが伝わってきて、胸がじんわり温かくなる。


 「ありがと、アレク。でもきっとあなたの事だから、すぐに千里眼を使ったのでしょう?」

 「もちろん。生存確認もしたかったし、皇帝と話している最中も君の足取りは常に視ていたから、あの部屋にいた事も分かっていたよ」

 「まったく……ちょっと間違えれば危険人物じゃない」


 私の言葉が心外だったのか、「いつも私をハラハラさせる君が悪い!」とムキになるアレクだった。

 私とお父様は顔を見合わせると吹き出してしまい、アレクはそれも心外だと半泣きになるので、さっきまでの緊張感が嘘のように心が穏やかになったのだった。


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