「ひとまず私の部屋へ行こう。ここが安全とも限らないし、こんなところに君達親子を置いておけない」
「でも他の親方衆は皆、城のあちこちに待機している状態だから、私たちだけ部屋で過ごすのは……」
「他の皆は夜中に集まってもらう事にする。大人数で動くとバレるからね。君にも話しておきたい事もあるから」
「分かったわ」
きっとアレクの事だから色々と考えてくれているに違いない。
そう思った私は、彼について行く事に決めたのだった。
ランプがあると地下通路も歩きやすいし、どの辺りを歩いているのかも良く分かるわね……さっきは暗闇の中、手探りで進んでいったので、正直少し自信がなかったけれど。
アストリーシャだった頃、まだ10歳になっていない時だったと思うけど、勉強が嫌で地下通路で隠れたりした事もあったな。
レイノルドが必ず見つけに来てくれて、2人で話し込んだ事もあったし、話し疲れておんぶされて自室に戻された時もあった……全部が懐かしい思い出。
「昔を思い出してる?」
「うっ……どうして分かるの?」
私の頭の中が読めているのではと思う事が多々あるのよね。
「観察力の勝利だと言ってほしいな」
「だってここは……」
「色々あったよね。そのおかげでここの道は全て頭に入ってるから感謝しないと」
「もう!」
私が抗議の声をあげていても、アレクは楽しそうに声をあげて笑っている。
昔も幸せだった時が確かにあったわよね……生まれ変わって、こうして見た目が変わってもあなたと一緒に歩く事になるとは思わなかった。
見慣れた道をしばらく歩くと、行き止まりに差し掛かり、階段が見えてくる。
「こんなところに階段があったかしら」
「秘密。ここを上れば私の部屋だよ」
「まさかアレク、あなた……」
私の言葉を遮るように「まぁまぁ、とにかく上ってしまおう」と誤魔化したのだった。
ここに階段はなかったはずだから、地下通路にある土や石を使って自分の聖力で作ったのね。
きっと城の床も自分の聖力で作り替えたに違いない。
この人は……レイノルドからアレクサンダーに生まれ変わり、どんどんやり方が強引になっているような気がするのは気のせい?
階段を上り切って天井を押し上げると、眩しいほどの美しい部屋が顔をだし、帝国城の客間の一室に出たと分かった。
「眩しい……!暗いところにいたから目が……」
「皆様お待ちしておりました!ご無事で何よりです」
「ラムゼン、リオーネの着替えを」
「はい」
ラムゼンがこの部屋で待機していてくれたようで、すぐに私の着替えを持ってきてくれたところを見ると、全て計画済みだった事がうかがえる。
「用意周到過ぎるわ……」
「リオーネの事なら何から何まで把握しておかないと」
ニコニコしながら恐ろしい事を言っている事に気付いてほしい……!
前世のトラウマからか、私がいなくなる事が極端に恐いのだろうと察しはつくけど、なかなかの執着ぶりに近頃は違う意味でドキドキしてしまう。
もう自らこの世からいなくなったりしないし、安心してほしいところなのだけど。
アレクが用意してくれたのはメイド服で、帝国城のメイドになり切る為の服なのだろうと思い、衝立の向こうで着替えさせてもらったのだった。
謁見の間にいたのは叔父上の他にそれほど人数も多くはなかったので、髪を全てアップしてしまえばバレないはず。
逆に言えば、帝国城には人があまりいないという事にもなる。
かつては多くの諸侯や衛兵、騎士たちで賑わっていた帝国城だけれど、今はその1/10くらいしか人がいないように見える。
これでは他国に攻め入られたらひとたまりもないわね……よく今まで侵攻されずにいたなと感心する。
まぁ、こんな廃れた国を多くの兵を動かして手に入れようとする国の方が珍しいか、と妙に納得したところで衝立から出て、部屋にいる皆にお披露目した。
「どうかしら、帝国城のメイドに見える?」
「ああ、そのものだ」
「メイドにしか見えませんね」
お父様とラムゼンは大丈夫と言ってくれたけれど、アレクは「メイドには見えない」と言い張る。
「こんなに可愛い女性がメイドなわけがない。皆の目が節穴なのだ」
「いちいち面倒な男は嫌われますよ、殿下」
ラムゼンのつっこみに私もお父様もうんうんと強く頷く。
アレクとは伯爵邸で過去について語り合ってから、私に対しての気持ちを全く隠さなくなったので恥ずかしい事を言われるのが日常茶飯事になってきている。
きっとレイノルドの時に自分の気持ちを言えなかったから、その反動なのだろうと思っているけれど、親の前で言われるとさすがに恥ずかしいかも。
でも心のどこかで喜んでいる自分もいて、あまり強く反発せずにいる。
「仕方ない人ね。とりあえずメイドに見えるようだから、他の親方衆にも声をかけてくるわね!」
「じゃあ、私も……」
自分も一緒に行こうとするアレクに、ラムゼンがストップをかけた。
「殿下は一緒に行動してはいけません。他国の城のメイドを連れて歩いているなんて、怪しいにもほどがあります」
ラムゼンの勝利ね。
何かにつけて一緒に行動しようとするから、ラムゼンがいてくれるととても助かるわ。
彼はかつてのレイノルドのような側近として、とても優秀かもしれない。
「じゃあ、行ってくるわね」
皆に見送られながら地下通路を歩き、食料貯蔵庫や裏庭から出て、待機している親方衆に声をかけた。
中には行動的な親方は業者や衛兵を捕まえ、服だけをいただき、成り代わっている者もいたという。
凄い行動力……でも今回の騒動でギルドは潰される可能性が高いし、このまま街に帰ったところで居場所がなくなってしまう事を考えたら、何でもやってやろうという気持ちになるのかもしれない。
泣き寝入りだけはしたくないもの。
なんとか時間をかけて皆を集め、地下通路を通ってアレクの部屋へと連れて行ったのだった。
「皆集まったね。よく無事でいてくれた、あのような事態を想定出来なかった事を深くお詫びしたい」
親方衆の面々に頭を下げるアレクを見て、彼らが動揺しているのが伝わってくる。
他国の王子が平民に謝るなんて考えられないもの。
でもそれが彼なりの誠意なのだろう。
「さっそくだけど、明日、謁見の間で皇帝陛下には帝位から退いてもらおうと考えています。皆も一緒に来て見届けてほしい」
「それは構わないが……もしそうなったら、帝国はあなた方の国に支配されてしまうのか?」
一人の親方が疑問をなげかけた。
きっと皆、自分の国がなくなってしまうかもしれないという不安があるのよね。
「支配、というのは正しい形ではなく、あくまで新たな体制が整うまで管理するだけです。正直最初は違う目的の為に動いていましたが……やはりこの国の事は、この国の人々が決めるべきだから。我が国はその為の後ろ盾になろうと思っています」
アレクが提案するそれは、全く新しい国の体制だった。
王族が支配する国ではなく、皆で意見を出し合い、国の未来を決めていく。
親方衆の目に希望が満ちていくのが分かる。
いつからこんな事を考えていたのだろう……やはり今も昔も彼には敵う気がしない。
「でも、どうしてそこまでしてくれるんです?こんな廃れゆく国を支援したところで、何のメリットもないのに」
親方の一人が素朴な疑問をアレクに投げかける。
「メリットならあります」
「「?」」
アレクはニコニコしながら親方の問いに答えると、私の方へ視線を移した。
「私の愛する人が生まれ育った国ですし、彼女の関心が得られる」
「…………っ!!」
名前を言われたわけではないけれど、思いっきりこちらを見ながら言ってくるので、どう反応していいか分からない。
「はっはっはっ、それは大きなメリットだ!!」
私以外のみんながアレクの言葉に同意し、室内には笑い声が溢れた。
恥ずかし過ぎて死にそうだわ……これが自分の事じゃなかったら勘違いでもっと恥ずかしいし。
「と、とにかく、決行は明日!必ず成功させましょう」
何とか話題を変えるとみんなが頷き、その日はアレクの部屋で待機しながら、決行の時がくるのを待つ事にしたのだった。