少し時は遡り、親方衆とリオーネたち親子と共に帝国城に行く日――――
朝から用意を済ませ、彼女がやってくるのをソワソワしながら待つ私に、ラムゼンが呆れたように口を開く。
「今お茶を淹れますので、少しお座りになったらいかがです?」
「無理だ。大人しくお茶など飲んでいる気分ではない」
「まったく……ご自分で用意したドレスを着ていただくのが、そんなに楽しみなのですか?」
「………………」
表向きはリオーネを私の侍女として連れて行く事にしているけれど、王族の侍女なのでそれなりの服装をさせなくてはならない。
ラムゼンにその話をしたら、「それは普通のメイド服ではいけませんね。ちょっとしたドレスなどいかがでしょう」と言うので、即用意してもらったのだった。
彼女に出会った時、素朴で太陽が似合う可愛らしい女性だと思った。
そんなところも堪らなく好きで、愛おしく思っている……でも貴族女性の身分があるにも関わらずドレスを着る機会がないというのも気になっていたので、私が贈ったドレスを着てもらうというのが嬉しくて堪らなくて、ついソワソワしてしまう。
きっと着飾れば神々しいほどの美しさを放つに違いないから。
そんな私の気持ちはまさに実現し、伯爵邸で着替えたリオーネを見た瞬間、息が止まるかと思った。
ペールグリーンの髪を高く結い上げ、美しいレースの付け襟にローブのウエスト付近をベルトで絞り、スカート部分には大きめのフリルが付いたエプロン……派手過ぎず、質素過ぎない程度の装いに見惚れてしまう。
「傍から見たら婚約者に見えるかもね」
思わずポツリと呟いてしまう。しまった、本音が……するとリオーネが「まさかそれが目的じゃ……!」と返してくる。
そう、その通り、と言ってしまいたかったけれど、グッと堪えた。
真面目な彼女の事だから、私との身分差などを考えて友人関係でいようとか考えていそうなので、だんだんと外堀から埋めていかなければと考えている。
こうして生まれ変わり、またそばにいる事が出来るようになったのだから、何年かかっても諦めるつもりはないし、必ず今世こそ結ばれたい。
馬車の中でもしっかりと淑女として座っている彼女を見て、前世の君を思い出していた……アストリーシャ様はそういったマナーなどが完璧だったから、当然のように出来てしまうんだな。
今となっては全てが懐かしく愛おしい思い出――――
彼女と一緒にいる事が出来れば、正直過去であろうとアルサーシス王国だろうと、帝国だろうとどこでもいい。
そんな事を考えていると、馬車は帝国城に着き、ゆっくりと停車したのだった。
~・~・~・~・~・~
この国に根を下ろしてから数年経つけれど、帝国城に来たのはこれが初めてだった。
きっとリオーネもそうに違いない。
自分が生活していた居城を見上げている彼女の横顔――――なんとも言えない表情だ。
ここに来ると私自身もレイノルドだった記憶に呑まれてしまいそうになるので、同じ気持ちなのではと彼女の手を握った。
そんな私の行動に彼女がひと言、「ありがとう」と言葉をこぼす。
そして意を決したように手を離した彼女は、背筋を伸ばしてかつての自分の城へと足を踏み入れて行ったのだった。
その姿がまた美しい。
見惚れてしまうほどに。
そんな調子で少し浮かれていたのかもしれない……細心の注意を払わなければならない状況だったにも関わらず、ほんの一瞬だけ油断してしまったのだ。
あの男、現皇帝であるイデオンが狡猾で、卑怯な性格であるという事は誰よりも知っていたのに。
アストリーシャ様の両親を仲違いさせるように仕向け、彼女を裏切り、今は全ての帝国民を裏切る行動をしている……そんな男なのに。
謁見の間に通された私たちは、なぜか私とラムゼン2人を衛兵が応接間に案内しようとする。
皇帝の手前だ、ここは大人しく従っておくべきか……迷いながらも言われた通りに動いていたが、リオーネが付いてきていない事に気付き後ろを振り向いた。
すると謁見の間に、イデオンの声が響き渡る。
「あとの者はご苦労であった。もう用はない、下がってよいぞ」
やはりそういう事か……イデオンは最初から親方衆と話し合う気などなかったのだ。
彼の中ではギルドなどあってもなくてもどうでもいいもので、ここで親方衆をぞんざいに扱う事になっても構わないのだろう。
あれほど財を貯め込んでいるのだ、おそらくあれは亡命資金の調達……そして私と話し合いたいのは亡命先の斡旋。
分かってはいたものの、アルサーシス王国からの親書や私の存在があれば、少しでも親方衆を交えて話が出来るかもしれないと思ってしまっていた。
仕方ない、ギルドの方は私の方で交渉するしかない。
しかし親方衆の怒りは収まらず、憤慨の声が上がった。
それに対してあの男は醜く歪んだ笑みを浮かべ、侮蔑の表情を見せる。
マズい、これは何かが起きる。
「みんな――――」
そう思った私は体を翻したが、イデオンの行動の方が一歩早かった。
「せっかく余が下がれと申したのに……さらばだ」
――――ガコォォォンッッ!!――――
大きな音と共にリオーネたちがいた床は、一気に両開きに開かれた。
「アレク……」
私の名を呼ぶリオーネの、弱々しい声が一瞬聞こえた。
「リオーネ……!!!!」
私はその場で彼女の名を叫ぶ事しか出来ず、伸ばした互いの手は空を切り、皆の悲鳴と共に最愛の人が闇の中へと消えていってしまったのだった。
彼らが落ちたと同時にイデオンはレバーを元に戻し、床は何事もなかったかのように閉じられてしまう。
ドッゴールやヴェッポ、私とラムゼンだけが謁見の間に残され、閉じられた床を見つめながら、ただ立ち尽くすしかなかったのだった。