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第16話 レッツメイク????

 こんばんは。私はエミリア・ベーカー。見習い調術師です。

 腹黒近侍さんは去り、あとはただただ舞踏会を満喫するのみです。


 さて、落ち着いたところで、パーティに準備されたたくさんのお料理──特にパンをいただきました。流石は王宮で、種類は様々、お味は抜群。

「お腹いっぱい……」

「もう踊らなくてもって顔してね? 頼むよ」

 最も美味だったクラブハウスステーキサンドの味を脳内で反芻します。脂が乗っていてそれでいてしつこくない高級なお肉を、中は少し赤い肉汁が滲む程度に炭火でこんがりと焼いたステーキ。その味を引き立てるトーストは、素朴な旨みの詰まったエン麦とラーツ麦とを合わせた粉で作った食パン。食パンを口当たりよく薄く切り、これでもかというほど絶妙な焼き加減で外はパリッと中はもちっと焼いた代物。

 パーティドレスが窮屈になってしまいそうです。ちなみに先日のドレス試着回で最終的に選ばれた(お礼にいただいた)のは大人なスカーレットのマーメイドドレスです。

 それから暫しの時間が経過し、今は何曲目?

「ああっ」

「グッド!」

「きゃっ」

「グレート!」

「ごめんなさいっ」

「エクセレント!!」

 麗しい音楽に合わせ、ジャスくんの足を踏むこと計七回。もっと練習をしておけば良かった。

 こんな中途半端に下手くそなダンスに注目が集まることもないかと思っていました。

 しかし、意外や意外、普通に踊っていても、やたらと視線を感じます。

 ──主に麗しきご令嬢の皆様からの。

『ねえ、あの赤髪の男の子、良くない?』

『馬鹿ねあんた、超ド変態だって噂知らないの?』

『そんなのみんな知ってますわよ。それでも良いんですの。むしろそこが良いんですのよ』

 ヒソヒソ、ヒソヒソと、噂話が右から左へ。

 ああ、そうか。顔は良いんですよねこの変人。

「モテるんですね、ジャスくん」

「そそ、まあね、そんで結構面倒ごとに巻き込まれがちで……もう最高!?」

 おっと失礼、八回目の足踏みです。

「パーフェクト!! アンコール!!」

 本当に残念な美形です。

「あ、私のこと誘ったの、ひょっしなくても虫除け!?」

「ん? そう思う?」

 核心をついてみると、怪しい笑みではぐらかされました。むう。

 別に良いんですけどね。この間の素材採取の成果を考えれば、約束の護衛料だけでなくこれくらいのお礼はしてあげても良いでしょう。

「妬いた? 大丈夫、俺普通にエマっちのこと大好きだよ」

「はいはいそうですか」

 この上なく残念な美形の言うことを右から左へ受け流します。

「ずっとこういうチャンス狙ってたし。お近づきにってか、二人でお喋りしたかった的なさ」

「はいはい」

 別に良いのですよ、こんなにふわふわキュートで可愛い愛されキャラな私を姑息な目的で誘っても。

「んー、まずはお友達から?」

「あら、もうとっくにお友達じゃないんです?」

「お、言えてる?」

 キュートなウインクをしてみせると、ふっと笑ったジャスくんでした。

 しかし、その常に纏うふざけた空気が突然真剣なものに変わりました。

「……てかさ、エマっちの作る魔道具、普通にすごくね?」

「え?」

「パンとはいえ、肉体強化とか、魔法強化とか出来るし、細かいスキルの強化も出来るし」

 突然のベタ褒めに流石の私も驚きます。

 おいこら? パンとはいえとは何事だ?

 いえ、違います。

「ひょっとして攻撃用のパンも作れたりして。爆裂パンとか」

 ジャスくんの綺麗なアメジストの瞳がじいっとこちらを映します。沢山の人が居るはずの会場で、なぜか二人きりになった気分。

「え? いえ、そういうのは作ったことないですね……」

「ふーん、どんくらい強いか、興味あるな」

「はあ……」

 呆然としていると、舞踏会の終わりを知らせる最後の曲が流れます。長かった春の感謝祭もついに終わりを迎えようとしています。

 鐘が鳴り響き、お開きかとぼんやり考えていると──


「エマっち、俺のパートナーにならない?」


 突然、跪いたジャスくんに、ぎゅうっと両手を握られてしまいました。周囲が騒つく音が薄らと耳を通り過ぎて行きます。

「…………え? え!?」

「そう、師匠より、憧れの人より、俺を選んでくれたら超嬉しいんだけどな」

「え、なっ、なっ……?」

 右手の甲にキスをされ、あまりにも突然のことに思考が追いつきません。どうしましょう。いえ、私の異性の好みは聡明で温和な研究者お兄さんなのですが、だって、こんなことは初めてで。

「つまり、最強の攻撃パン作って、最強の魔物討伐目指そうぜ、エマっち!」

「……は?」

 浪漫チックな空気から一転、馬鹿馬鹿しい空気感に変わり、親指を立ててのご依頼でした。何がつまりなんですか。

「優先して俺からの依頼受けてほしいってか、なんなら専属調術師になってほしいってかね」

「もっと普通に頼んでくださいよ」

「とにかく強え魔道具を作ってほしいんよ。まずは地下迷宮の帝王討伐目指そうぜ! ど?」

「どうもこうも……」

 なんですか、びっくりして損した。口にパン突っ込んでやろうか。と、考えていたら、もう一度手の甲にキスをされます。

「俺は本気だけどね。本気でエマっちが欲しい。エマっちが良いと思ったんだ」

「だ、だから、言い方!」

「んじゃ、考えといてね」

 なんだかとんでもない爆弾を落とされて、お祭りは幕を閉じました。

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