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シシリー=クレシェンの告白

 そう、それは正しく。非の打ち所がない程に。


「ブレイズさんがぁ!あまりにも、あんまりにも可愛過ぎたからですぅぅぅぅぅううううううッッッッッ!!!!」


 彼女の熱い欲望おもいだった。溢れ出して止まらない、情熱の欲望であった。


 恐らく、きっと。それを彼女は今の今まで抑え込んでいたのだろう。心の奥底に、隅に押しやり、押し留めていたのだろう。何故ならば、決して表に出してはいけない欲望だったのだから。


 だがしかし、そんな彼女のある意味健気とも言えるその努力が実ることはなく。逃げ場のない袋小路へ追い詰められ、縋った手を無情にも払われ。


 結果、どうしようもなくなり。もう自暴自棄になるしかないという諦観に囚われたその末に────シシリー=クレシェンは弾けた。


 どうしようもないのなら、自暴自棄ヤケクソになるしか他に選択肢がないのであれば。せめて胸の内に秘めたこの熱き欲望、包み隠さず誤魔化さず、ありのまま。丸ごと全て、ありったけ解き放とうと。


 そう、シシリーは最期の覚悟を抱いて叫んだのである。


 シシリー渾身の、まさに命と魂を燃やした叫びが部屋に響き、空気を揺るがした、その直後。部屋の中はまた静寂で満たされたが、何故か今度のそれは重苦しい感じはないように思え、妙に変な爽快感を含んでいる。……ような、気がした。たぶん、恐らく。いやきっと。


 まあそんなことはさておくとして。そんな風に己が欲望を、あろうことかその当人に直接、しかもこんな場所でぶつけてしまったシシリーであったが。何故だろうか、彼女の顔に後悔の二文字はなく。どうしてか、何処かやり切ったような清々しい表情だけがそこにはあった。


 そしてシシリーの欲望おもいの丈を不意打ち気味に、予想だにしない形でぶつけられてしまったラグナはというと────


「…………は……?」


 ────ぽかん、と。見事なまでに呆気に取られていた。


「俺がかわ……え?は?」


 という、困惑の言葉をラグナは漏らさずにはいられず。そんなラグナに、まるで畳み掛けるように、矢継ぎ早にシシリーが言葉を続ける。


「あーあ言っちゃった!とうとう、とうとう遂に言っちゃった私!でもどうしてだろう不思議!凄いスッキリしたっていうか、一切の後悔もないんだけど!!」


 と、未だ呆然とし困惑の最中から抜け出せないラグナに告げるシシリー。今、彼女の顔は火照ったように赤みを帯びて上気しており、また爛々と妖しく輝くその瞳には、何処か危なげで狂気じみた情念の炎が宿り、煌々と燃えていた。


 このシシリーを見た誰もが皆、口を揃えてこう言うだろう────今、彼女は正気ではないと。そして次にこのような確信を得ることだろう。


 正気ではない彼女をこのまま放置しておけば、状況はさらに混乱の渦中に呑まれ、やがて混沌カオスの極みへ至るであろうと。


 そうなってしまえば、詰む。色々と詰んで終わる。だからそうなってしまう前にシシリーを止めなければ────ラグナを除いた、今この場に全員がその意思に突き動かされ、行動に移ろうとする。……しかし、惜しくもそれはあと一歩、遅かったのだ。


「こうなった以上、私もう何も怖くない。たとえ『大翼の不死鳥フェニシオン』をクビにされたとしても、後悔なんてしない!だから、ブレイズさん!この気持ち全部ぶつけます!!全部、どうか受け止めてくださいっ!!!」


 と、半ば熱狂的に息巻いたシシリーは。その言葉に対してのラグナからの返事も待たず、勢いそのままにすぐさまこのようなことを口走った。




「私っ!実は前々から、『大翼の不死鳥』で働く前からブレイズさんのファンでっ!そのまた実は、恐れ多くもっ……なって思っちゃってましたぁああああっ!きゃあぁあああああッ!!」




 ……今思えば、止めるべきタイミングはそこだったに違いない。もう既に若干、いやかなり手遅れであることは明白であったが、それでもラグナの為を思えば何がどうあってもそこで止めるべきだったのだ。


 だがしかし、悲しいかな。シシリーによるその告白カミングアウトがこの場に与えた衝撃は想像を遥かに絶する程甚大で。それ故に、メルネも同期たる二人の受付嬢たちも動けなかった。どうすることも、何もできないでしまっていた。


 恐れていた事態が起きた。混沌は生まれてしまった。後はもう────ただただ悪化するのみである。


「だってだってだって!!ブレイズさん超美人なんですもんそりゃあ女装の一つくらいしてもらいたくもなりますよ!てかさせたい!!!お淑やかで大人っぽいお姉様風に是非とも仕立て上げたいッ!!!!そして願わくば恥じらってほしい!『俺、男なのにこんな格好……くっ』って感じで実に恥じらってほしいぃぃぃいいいいッッッ!!!!!」


 シシリー劇場、開幕。


「そんなブレイズさんを一度でもいいから、私は眺めて尊びたかったんです……ただそれだけだったんですッ!でも、でもでもでも!!不幸なことにそれは決して叶うことのない願いへと果てました。そう、何故ならばブレイズさんが……女の子になっちゃったんですからぁあああっ!!」


 シシリー劇場は続く。この場にいる全員を彼方へ置き去りにして、まだまだ続く。


「当初、私は嘆きましたッ!悲しみましたッ!嗚呼、私の細やかなこの願いが、もはや天に届くことはないのだと。私は悲嘆し絶望してしまいましたッ!!」


 そう叫んだ、その瞬間。シシリーは拳を固く握り締め、わなわなと震わせる。


「……しかし、それは間違いでした。そう、この愚かな私の、大いなる間違いだったのです」


 と、何故か今になって落ち着いたように。静かに、ゆっくりと。神妙な面持ちで瞳を閉じながらそう曰うシシリー。果たして一体、彼女が言う間違いとは何なのか。というか最初から最後まで、全て何もかもが間違い以外の何物でもないではないのか────シシリーを除くこの場にいる全員がそう思わずにはいられない最中、彼女がこう続ける。


「確かに美丈夫ザ美丈夫のブレイズさんをおっとりほんわかお姉ちゃんにしたいという、私の願いは潰えました。…………ですがぁあッ!!!」


 瞬間、カッ!と。シシリーは閉じていた瞳を勢いよく、思い切り見開かせた。


「ぶっちゃけ!アリだと!いや全然、かなりアリ寄りのアリだなと!!だって、超絶☆美少女なんですもんっ!!!!」


 シシリーの瞳に宿る炎の勢いがグンと増す。この時、今度こそ彼女を止めねばならないと。これ以上彼女の口を開かさせてはならないと誰もが直感した、のだが。誰かが口を挟む余裕をシシリーが与えることはなく。


「まだ若干の少女らしい幼さを残しつつも女としての大人びた美貌の片鱗を感じさせる、顔立ち!開かれた薄赤唇ルージュリップの僅かな隙間からチラリと垣間見える、八重歯!華奢な肩や細い腕や腰とは対照的に程良く健康的にムチってる、太腿ふともも!」


 シシリーの瞳にある炎へ、次々と薪が勝手にべられていく。劣情一歩手前の情念という名の薪が。


「そしてこれらよりも、何よりも特筆すべきは…………低!身!!長!!!巨乳ぅううううッ!!!!低身長巨乳ぅううううううッッッ!!!!!!」


 ……世界には、『無敵の人』という言葉がある。無敵というのは文字通り向かう所敵なしで敵う相手などいないことを意味するが、ならばこの言葉の意味はというと。


「低い背丈に見合わぬその乳房おっぱいッ!嗚呼、なんてアンバランスッ!そこから僅かに漏れ出る背徳感とえも言われぬ犯罪臭ッ!だが、それが良い。否!それで、良い!……イイんですッ!!」


 もはや捨てるものも失うものも、何もかもがなく。故に捨てる恐怖も失う恐怖もなく、どんなことであろうとやってのけられるし、行けるところまでとことん行ってしまえる者のことを指す。


「もうこれ性癖の宝庫ってレベルじゃあないですよ!?もはや武器庫です!これは性癖の武器庫ッ!!!」


 そして今のシシリー=クレシェンこそ、その『無敵の人』と表するに相応しいだろう。


「第一に、『大翼の不死鳥』ウチの制服似合い過ぎですよブレイズさん!!何ですか、その帽子!?あざと可愛い!何ですか、その胸元!?ちょっと窮屈そう!何ですか、その太腿!?絶対領域が眩しい!結論…………超絶☆美少女なブレイズさん最高ぉぉぉおっ!うおおおおおおおッッッッ!!!!!」


 色々と吹っ切れて、吹っ切れてはいけないところまで吹っ切れてしまったシシリーは。喉が裂けるのではないかと思わず危惧する程声高々にそう叫び、無駄に部屋を震わしたその末に。


「っぜえ……ぜぇげっ、ゲホッ。ぜはっ、はあ……はぁ、は……っ。ふうぅ、すぅぅぅ……ふぅぅぅぅ……っはぁぁぁぁ」


 今すぐにでも胃の内容物を吐き散らしかねないまでに疲労し、顔を俯かせ、肩を何度も激しく思い切り上下させ。必死に荒い呼吸を幾度も繰り返した後に、深呼吸へ移り。そうしてようやっと、俯かせていた顔を再度上げ。


「…………大っ満足♡」


 と、彼女は勝手に満足して止まった。いつ終わるかもわからず、誰にも止められず、果てしなく続いた彼女の暴走は。他の誰でもない彼女自身によって、ようやっと止まったのだった。


 それは数秒のことだったのかもしれないし、もしくは数分だったかもしれない。今この部屋にいる誰もが口を開けず、皆慄いているかのように閉ざし沈黙する最中。


「ど、どうですか?ブレイズさん、私の気持ち……私のこの想い、きちんと全部あなたに届きましたか……?」


 汗塗れのまま、まるで十数年心の奥底にひた隠し、己以外の誰にも悟られぬようずっと押し留め、秘めさせていた恋心を解放させた。とても健気で真摯な乙女の表情を浮かべて。恐る恐るシシリーは訊ねる。


「…………」


 そんなシシリーの言葉に対して、ラグナは────────






「……さっきからずっと、何言ってんだお前……?」






 ────────呆然自失だったその顔を青褪めさせ、心底怯えた声音で訊ね返すのだった。

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