「大丈夫。たぶん、痛みはないから。君相手なら、もう慣れたから」
と、眠っている少女に語りかけながら。手にした長剣を危なげに。不安定に、そして不気味に。クラハは絶えず、揺らす。
「ああ、慣れてるんだ。そう、だいぶ慣れてる。君の死体はこれまでに、何百人も見てきた。だから、僕は嫌でも慣れた」
死人も
「僕は疲れたんだ。僕は辛いんだ。そしてそれは全部、
と、真っ白な顔に無表情を浮かべ、奈落の如き諦観と、深淵の如き絶望の声音で以て。はっきりと、クラハは告げる。
「だから君を殺す。同じように、
一字一句、違わず。言葉を詰まらせず、言い淀みもせずに。クラハはそう言った瞬間、揺らしていた
「君がいるから……君なんかが僕の前にいるから……何もかもが違う君が、僕の目の前にいるから……」
と、静かに呟くクラハの顔は。
どろりと濁り淀んだその瞳から発せられる、何処までも据わり切った、常軌を逸する眼差しは。正しく────人殺しのそれと同質のものだった。
そんな、他人に対して向けるべくもない、向けてはならない眼差しを。クラハは赤髪の少女へと向けながら、聞こえないことを承知の上で、彼は言う。
「酷いよ、一体何の権利があって……どういう理由で、君は僕をこんな……こんなこと、こんなのは。許さない、許されないよ」
そう口にするクラハは、意図せず無意識の内に。人間だろうが
「決して、許されるべくもない」
クラハはその怖気を言葉に乗せ、そして
「だから殺すんだ。殺さなければ、ならないんだ」
揺るがず覆らない、確固たる絶対の────殺意に。
「さようなら」
そうして殺意を込めて、クラハは長剣を振るう。その鋭い切先を、赤髪の少女の柔らかな胸元に、突き立てる──────────
「どうして、俺を殺したんだ?……クラハ」
──────────その寸前で。
「……………」
限界まで、それ以上にまで見開いたその目は。一切瞬きもせずに、少女の姿を見つめる。彼女の顔を、視界全部に映し込んでいる。
相も変わらず、深い眠りに囚われている赤髪の少女。それ故に、その少女が口を開くことはない。よしんば開いたとしても、それは言葉を紡ぐ為にではなく、息を吐いて吸う為だ。
だからこそ、今し方耳にしたその声も。先程、嫌という程に散々に聴かされ続けた、ただの幻聴だ。取るに足りない、ただの幻聴に過ぎない。
「…………」
そんなことはわかっている。そんなことは、とうに理解している。
「……どうして」
だというのに。だのに、一体どうして。
「どうして、どうして僕は手を止めた。こうして手を止めているんだ。どうして、何故、何で。わかっている、わかってるんだ。こうすれば楽になれるって。もう苦しいのも辛いのも終わるんだって。わかってる、僕は、わかってる……わかってるわかってるわかってる」
再び、
「君は違う。君じゃない。君なんかじゃない。だから殺せる。簡単に殺せた。今だって、殺せるんだ」
口を開いて、言葉を吐いて、力を込めて────けれど、それでもやはりクラハは長剣の切先を少女に突き立てられない。あと少し、ほんの少し、前に出すだけで。それだけで、鋭利な切先は、その柔らかな肌に突き刺さるというのに。
「僕は殺せる。僕は殺した。殺せるんだ、殺し……ぁ、あ」
抑えられない殺意。堪えられない殺意。どうしようもないこの殺意────それにただ、従えば。抗おうとしなければ、それでいいはずなのに。
「あ、あぁ、あああ、あぁぁぁ」
呻くクラハの左手が、不意に動く。彼の左手は、
「ぁぁぁぁああああ…………」
少し遅れて、クラハの左手から血が流れ出し。それは刃を伝い、柄に垂れ。終いに、赤髪の少女の顔に滴り落ちる。彼の血が少女の頬を朱に染め、彼女の唇に紅を引く。そうして、少女に血化粧が施されていく。
その様を目の当たりにしながら、クラハは────更に左手に力を込めた。
バキンッ──瞬間、長剣の剣身は握り砕かれて。その破片が周囲に、クラハの血と共に飛び散るのだった。
「……僕は、君を殺したんだ。僕が殺したのは、君だ。君なんだ……ラグナ先輩じゃなくて、君なんだよ」
自ら剣身を砕き、柄だけとなった長剣を。クラハは放り捨て、呆然と呟く。呟いて、彼は少女に手を伸ばし、そして確かめるように。彼女の顔を、指先でなぞる。
「殺したのが君で、だから、僕は先輩を殺して、なんか……殺してなんか……先輩を、僕は…………」
なぞりながら、そう呟く傍らで。またしても、クラハの鼓膜を────
「クラハ」
────その
「君は違う。……あなたは違う」
そしてクラハは赤髪の少女の顔から指を離し、手を遠去け。着ている
そうして少女を抱き
未だ地面に倒れたままに、依然として沈み伏すしかないでいる四人の男たち。そんな彼らのことなど、我関せずと言わんばかりに、クラハは置き去りにして。少しも気にすることなく、全く構わずに彼は歩き進み。
そしてクラハは腕の中の少女と共に、路地裏の闇の向こうへと。溶けるようにして消え、この場から去るのだった。