「エンディニグル・ネガ。僕がお前を、討つ」
その言葉に対して、エンディニグル・ネガが返事をすることはなかった。奴はただ、今し方まで浮かべていた悪趣味極まる嘲笑を消し去った、何の感情も介在し得ない無表情になって、黙っていた。
そうして僕とエンディニグル・ネガは新たに一言も発することなく、互いに互いのことを見合って────
「その顔、見覚えがある。我には見覚えがあるぞ」
────数十秒後、先に口を開いたのはエンディニグル・ネガの方だった。嫌味を全面に押し出した笑みを浮かべて、奴が続ける。
「確かあの時……我に恐れ慄き、怯えて震えることしかできないでいた人間共の最前線にいたなぁ、ええ?他の者共々、その顔を恐怖に歪ませていたよなぁ、おい」
「……」
「そんな情けない
「僕がお前を討つ」
躊躇わず、そう言い切った僕のことを。エンディニグル・ネガはまたしても黙って見つめ────しかしすぐさま、天井を仰いで盛大な嗤い声を上げた。
「ハハハハ!ハハハハハハッ!愉快!!実に、愉快ッ!!!」
と、言って。それからエンディニグル・ネガは顎に手をやりながら、わざとらしい口調で独り言のように言葉を続ける。
「まあ確かに?今の我は万全とは遥か程遠い訳で?億が一、兆が一、京が一……あるやもしれん。我とてそれ自体は否定すまいよ。フハハハ!」
僕を逆上させようとしている魂胆だろうことは、容易に察せられる。故に当然、僕は無反応の姿勢を貫き。そんな僕に対しやがてエンディニグル・ネガは嗤うのを止め、つまらなそうに肩を竦めさせるのだった。
「であれば、さっさとかかってこい。その大言壮語に敬意を表し、先手は譲ってやろう」
僕にそう言うエンディニグル・ネガはその言葉通り、その場に突っ立ち、動こうとはしない。
そうして数秒、僕とエンディニグル・ネガは再び見合って────その時。
ダッ──僕はその場を蹴って、駆け出した。
然程開いていなかった為に、間合いを詰めることは至極容易で。エンディニグル・ネガの懐に飛び込むと同時に、僕は振り上げていた
ヒュンッ──刃が空の宙を滑り薙ぐ。エンディニグル・ネガの姿は既に、僕の隣にあった。
意外だとでも言いたげな表情を浮かべているエンディニグル・ネガの顔を視界に収めると同時に、僕は即座にその場から一歩程度跳び退く。直後、僕が立っていた場所を、三つの影のような黒い手が叩く。
粉砕され宙に飛んで舞う教会の床の破片を掻き分けながら、僕は再度エンディニグル・ネガとの距離を詰める────その最中、奴の周囲の空間が黒ずみ、歪み。そうして先程の黒い手が、新たに伸びて、僕の顔面めがけて突っ込んでくる。
ほんの僅かばかりに逸らした僕の頬を、その黒い手の指先が掠める。瞬間、僕の頬に鋭い痛みが走り。少し遅れて痺れを伴った熱を帯び。そうして、顎下に液体が伝うような感触を味わった。
エンディニグル・ネガがこちらの間合いに入るまで、あと半歩。時間にすれば一瞬にも満たない、刹那────その間に、エンディニグル・ネガの周囲から伸びた無数の黒い手が。我先にと言わんばかりに、怒涛の勢いで僕に殺到する。
足を、腰を、腕を、肩を、首を。次々と通り過ぎた黒い手によって、裂かれていく。その度に鋭利な痛みが重なって、顔を歪めずにはいられない激痛となる────だが、それだけだ。
──致命傷じゃないなら……ッ!
意に介することなく僕は振り上げた剣に、己が全魔力を余すことなく集中させる。恐らく、保って一撃。しかし、その一撃で決着させれば、どうということはない。
土壇場も土壇場、ぶっつけの本番────だというのに、不思議なくらいに、失敗する
そうして僕の魔力を帯びた剣は次第に眩い輝きを帯びて────瞬間、更に長大な魔力の剣身と化す。
それは【強化斬撃】の先────【
一人については残念ながら行使可能という以外、全ての情報が伏せられているが。もう一人は第二期『六険』序列一位として畏れ敬われ、残してきた数々の武勇伝と。そして『世界
『暴剣』────グィン=アルドナテ。そう、他の誰でもない、『
それはさておき。僕自身、実戦に
射程はいらない────この距離なら、どちらにせよもう当たる。
範囲もいらない────エンディニグル・ネガさえ討てれば、それでいい。
射程と範囲。それらを捨てたことにより、教会の天井を貫くまで伸びていた魔力の刃は収縮し、そして凝縮され。その末に、絶大にして極限の威力を生み出す。
──エンディニグル・ネガを討つ。討って、それで僕はまた、先輩と……!!
そうして遂にとうとう、絶対の確信と自信を伴って、僕の【
「下らん。何だそれは」
──────────そして一笑に付されながら、エンディニグル・ネガの指に弾かれ、容易く木っ端微塵に、僕の確信と自信諸共に打ち砕かれた。
魔力が宙で霧散し消失していく最中、粉々になった
「クラハッ!!」
まるで絹を裂くかの如き先輩の悲鳴も、僕は黙って聴くことしかできず。
故に当然、眼前にまで迫っていたエンディニグル・ネガの拳を躱せるはずもなかった。
顔面に穴でも穿たれたのではないかという程の衝撃と共に、僕の身体が宙に浮く。そうして吹っ飛ばされながら、ようやっと僕は理解する。
如何に自分が、あまりにも甚だしい勘違いをしていたのか、と。