「ぁ、あ……あぁ、ああ……っ」
と、まさに声にならない声を漏らしながら。愕然とした表情になって、ラグナは頭を抱え、その場に崩れ落ちる。
そんなラグナの姿を、エンディニグル・ネガは大いに
「さあ
だがしかし、もはやラグナはそれどころではなかった。
──俺の所為だ俺の所為でクラハがクラハがクラハがクラハが。
「ぅぁ、ぅぅぅ……ああああ゛……っ」
途轍もない後悔。途方もない罪悪感。その二つに挟まれ、
そんな最中のラグナに対して、エンディニグル・ネガは依然嗤いながら────
「さあ脱げ!残ったその一枚を脱ぐんだ!貴様が最後の一枚を脱いだその時、我は……こいつの右腕を引き千切るッ!!」
────そう告げて、ラグナを絶望の縁へと追いやり、その淵へと突き落とすのだった。
「……みぎ、うで……?ひきちぎ、る……?」
まるで理解できないように、理解などしたくないかのように。呆然と、ラグナはそう呟く。そう呟いたラグナに対して、エンディニグル・ネガは言う。
「そうだ。ブチブチと、ブチリと!我はこいつの右腕を引き千切ろう。引き千切ってくれよう!ハハハッ!」
「…………ふざけんな」
決して短くはない沈黙を挟んだ後、どうしようもなく震え、すっかり怯え切った、脆く弱々しい声音で。ラグナはエンディニグル・ネガに続ける。
「そんなことしたら、クラハは、もう……」
「案ずるな死にはしないさすぐには。こいつの頑丈さとしぶとさはよくわかった。これまでで十二分にわかり切っただろう?まあ流石に千切って放置すれば死ぬだろうが……その前にお前が病院か何かに連れて行けばいいだけのことだ。こいつならば、その間は保つだろうよ」
「そういうことじゃないっ!!!」
その時、堪らずにラグナが叫んだ。痛々しい悲鳴を、ラグナは切なげに上げた。
「そんなことしたらもう、クラハはもう!まともに生活なんてできない!できなく、なっちまう……っ!」
「ああ、なんだそんなことか。そんな程度の、些細な瑣末事か」
そんなラグナに対して、赤の
「貴様が支えてやればいいではないか。貴様が己が一生を費やして、支えてやったらいいだけのことではないのか?」
元より、ずっと最初から、ラグナはそのつもりだった。エンディニグル・ネガなどに言われずとも、ラグナはそうするつもりであった。
だがしかし、だからとて。
「そんなの当たり前だ!けど、だからって!後輩の腕引き千切らせる訳にはいかねえんだよ!!」
「そうかそうか。では死なすか」
そう言うや否や、エンディニグル・ネガは自らの手の、五指の先を。クラハの首に押し当て、そのまま押し込む。
普通ならばただ圧迫されるだけに過ぎないはずの行為────だが。
ズグ──まるで鋭利な針か棘の如く、エンディニグル・ネガの指先はクラハの首に突き刺さるのだった。
ラグナが目を見開いている間にも、そこから血が少しずつ、しかし溢れるように流れ出し。そしてクラハの口からまたしても、だが先程以上に、しかも両端から血が垂れ始める。
「っ!ま、待て!殺すなッ!!クラハを殺すなあっ!!!」
その様を、次の瞬間には首を
「今し方言ったばかりだが、これとて貴様の選択の結果だろうがラグナ=アルティ=ブレイズ。最初から我にこいつを殺してもらえば、こいつは我に右腕を引き千切られることもなかったというのに、な」
グリグリ────言いながら、エンディニグル・ネガは突き刺したままの指先をほじくるように動かす。動く度に、動かされるその度に。そこから更に血が溢れて、クラハの口からも血が垂れる。
「止めろッ!!止めろ止めろ止めろぉッ!!!」
「ではわかっているよなぁやるべきことはッ!さっきからぴぃぴぃ鳴いてるだけの
身の毛が
エンディニグル・ネガの悪意に満ちた嗤い声が響く最中にて、ラグナは息を乱し、荒げながら、どうにか立ち上がる。
そして微かな震えがずっと止まらない両手を、腰に────否、今自分が穿いている
──脱がないと、脱がな、きゃ……でも、脱いだら、クラハの腕が……。
この最後の一枚を脱いだら最後、クラハは右腕を失う。自分の選択によって、クラハは右腕を失う羽目になる────それを考えてしまい、ラグナはそこで止まってしまう。そこから先には、進めなくなってしまう。
無論、そんなラグナのことをエンディニグル・ネガは看過などしない。依然
「
と、叫んだ直後。ラグナが止める間もなく、エンディニグル・ネガは振り上げたその手をクラハの首に振り下ろす────
「あなたのッ!正しい道を、進んでください!!」
────その寸前で、クラハがそう叫んだ。
「僕は後悔してません!手足を折られようが、目を潰されようが!後悔なんてしないッ!絶対にッ!!」
先程まで俯かせていたその顔を上げ、閉ざした瞼の隙間から血を流しながら。クラハは続けてそう叫ぶ。
「……クラ、ハ」
と、呆然自失とした声を力なく漏らすラグナに、そのままの勢いでクラハが続ける。
「だから先輩は
ゴッ──が、その時。突如として、クラハの顔を黒い手が殴りつけた。
「黙れ。さっきから喧しい」
そしてエンディニグル・ネガが凄まじく不快そうに吐き捨てる。しかし、それでも構わず、透かさずクラハは口を開いた。
「先輩は正しい道を進んでください!後悔しない道を、自分が進みたい道を、ラグナ先輩もッ!!」
言い終えるや否や、またしても黒い手に殴られるクラハ。そんな彼の姿をラグナは苦しげに見つめ、目を閉じる。
「…………わかった」
そして消え入りそうな声でそう呟いて、再びラグナは目を開く────
そうして、
──ごめんクラハ。俺は、お前を……死なせたくない。だから、ごめん……!
と、心の中で呟き、これまでとはまるで比にならない罪悪感の
シュル──ラグナは摘んだ紐を、引っ張った。
「……最後の一枚、とうとう脱いだな。ラグナ=アルティ=ブレイズ」
紐が
対するラグナは己が裸体を包み隠さず晒していることを、少しも恥じらう素振りを見せず。これから目の前で起こることへの恐怖と、これでようやっと全てが終わるのだという安堵。その二つが絶妙に、そして凄絶に入り混じった、筆舌に尽くし難く形容し難い、そんな表情を浮かべながら。ラグナはただ、クラハを見つめていた。
最初、そんな様子のラグナを眺めていたエンディニグル・ネガは、不意に鼻で
ブシャアッ──先程の宣言通り、クラハの右腕を黒い手が引き千切る。と同時に、別の黒い手が彼の背中を突き。盛大に噴き出す鮮血と共に、その黒い手は彼の胸から飛び出した。
宙に向かって、クラハが血反吐をぶち撒ける。彼の血が教会の床を赤く染め上げた直後、エンディニグル・ネガが彼の頭を掴んで。
ゴキンッ──そうして平然と、
一方、クラハを貫いた黒い手は伸び。やがて、ラグナの目の前で止まる。ラグナのすぐ眼前に、手の平の上に乗せたそれを────クラハの心臓を晒す。
首があらぬ方向へと曲がってしまったクラハから、鼻先に突きつけられている彼の心臓に、ゆっくりとラグナが視線を移した、その時。
グブチュッ──思い切り、黒い手は乗せていたクラハの心臓を握り潰すのだった。
潰され、飛び散った血の大半がラグナの顔に降りかかり。ラグナの鼻を、頬を、口を。赤く赤く、真っ赤に
役目は果たしたと言わんばかりに、黒い手はラグナの前から退き。あっという間に、クラハの身体からも引き抜かれ。彼の胸にぼっかりと空いた穴から、その縁を彩るように、ぼたりぼたりと血が新たに垂れ始める。
「はい、お疲れ」
と、気怠くわざとらしそうにエンディニグル・ネガが吐き捨てるや否や。クラハを掴み持ち上げていた黒い手たちは、無造作に、ぞんざいに。宙へと、彼を放る。
ドチャッ──クラハの身体はラグナのすぐ横を通り過ぎて、床に落ち、転がって。途中にあった己が
未だ、ラグナは何も言えないでいた。何も言えないでいるまま、ぎこちなく、ゆっくりと後ろを振り返り。教会の床に転がされたクラハを、ラグナは見つめる。
何も言わず、何も言えず、ラグナはクラハを────否、