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RESTART(その十五)

 目が離せなかった。ライザーの長剣ロングソードを手に取り、拾い上げ。その根本の砕けた刃先を、己の頬に自ら突き立てて。


 指先で軽く押し込めばそれだけで沈む柔軟さ、それでいて勢いよく跳ね返すような弾力さを併せ持つだろう、その瑞々しく張った頬に。突き立てられた、無骨で粗雑な先端が食い込み、し込み。


 ぶちり、と。次の瞬間には裂けてしまって、途端に真っ赤な血が溢れてこぼれる。


 その様相を例えるとするなら────暴漢に突如として路地裏の暗がりに連れ込まれた生娘が、無理矢理に服を破り捨てられ、下着を上下共に引き千切られ。


 そうして暴漢の煮え滾る怒張によって、無惨にも己が純潔を散らされ、破瓜の血で赤く濡らされ。文字通りに穢されてしまった姿のようで。


 それが酷く、煽情せんじょう的に見えた。こちらの獣欲が激しく熱烈に、一方的に掻き立てられる程に、蠱惑こわく的に映ってしまって、仕方がなく、どうにもならなかった。


 本当は止めるべきだった。本当なら、止めなければならなかった。その長剣ロングソードを無理矢理に、力くに取り上げてでも。


 その気高く尊い覚悟と信念を踏み躙り、蔑ろにしてまでも。そうしなければいけないと、頭ではわかっていた、というのに。


 けれど、それでも────僕はラグナ先輩から目が離せなかった。




















「こっちは男として責任取れったのに、それでラグナの顔に一生モンの傷つけるってのはどういう了見だあッ!?それでよく睾丸キンタマぶら下げてられるもんだなこのドチンカスボケがァッ!!今すぐにでも引き千切ってやっからなぁあああああッ!!!!!」


 全部が終わった後、一先ひとまず『大翼の不死鳥フェニシオン』へと向かった僕とラグナ先輩を出迎えたのは、ロックスさんとメルネさん、そしてGMギルドマスターのグィンさんの三人で。


 最初こそ快く、しかし心配を未だ若干残しながらに、お帰りなさいと。そう僕ら二人に言葉をかけてくれたメルネさんだったが。


 直後、ラグナ先輩の顔を────正確には頬の傷を目の当たりにすると。数秒の間、メルネさんはそのままの表情で固まり。そうして、ゆっくりと僕の方に顔を向けたその瞬間。


 まるで今までは清流だった静かな川が、突如として氾濫を起こした濁流の如く────一瞬にしてメルネさん、いや第三期『六険』序列二位の《S》冒険者ランカー、メルネ=クリスタは。憤怒の炎を纏う、凄絶なる修羅の権化と化した。


「あ、姐さん落ち着いてくださいッ!」


「そうだよメルネ!君の気持ちはわかる!わかるけど、だからこそ!今はどうにか堪えてほしい!あくまでもその傷は自分の意思で、自分でつけたものだって、さっきからそうラグナが言ってるだろうっ!?」


「そうだ!だからクラハは何も悪くねえんだよ!クラハは関係ねえんだってば!!」


「煩えェェェェッ!!!そういう問題はなしじゃねえェェェェッ!!!」


 早朝の『大翼の不死鳥フェニシオン』の広間ロビーが、言葉などでは決して言い表せない、人の業により生まれ出る混沌によって覆い尽くされ、呑み込まれてしまう。


 そんな最中、僕はといえば────何も言わず、ただその場に突っ立っている。


「て、てかクラハもさっきから黙ってないでなんとか言えよなっ!?お前ホントにキンタマ取られちまうぞ!?」


「構いません」


「いや構えよ!?」


 僕の返事に対して、ラグナ先輩が即座にそう返す。


 ……しかし、もはや僕に弁明の余地などないし。そもそも、そんな資格すらも持ち合わせていない。


「おうならお望み通り引き千切ってやるよおぉぉぉ!!」


 と、冗談抜きの本気の目で吼えるメルネさんは、ラグナ先輩ら三人をどうにか振り払おうとする。


 そんなメルネさんのことを、必死に押さえ込む三人────そうして、数分が過ぎた後。




「…………ごめんなさい。ちょっと、取り乱しちゃって」




 と、肩を僅かに上下させ、未だ荒く息を漏らしながら。冷静さを取り戻したメルネさんが、安堵のため息を吐く三人に対して、申し訳なさそうに言う。


「……ねえ、ラグナ。あなた、それは本当に……自分がしたくて、やったことなのよね?」


 それからまるで確認するように、メルネさんはラグナ先輩にそう訊ね。対して、先輩は真剣な表情と眼差しで、小さく頷くのだった。


「……そう」


 と、悲哀の声音でやるせなく呟き。すぐさま、メルネさんは僕の方へと顔を向ける。


 あくまでも平静そのものな表情ではあったものの、その藍色の瞳の奥では、依然として激しく燃え盛る烈火の怒りが揺らめいていた。


「でも、そうだとしても。とてもじゃないけど、私は許せない」


 メルネさんの言葉はもっともで、僕は何も言えない。そんな僕のことを数秒見つめ、徐に彼女は開く。


「そこに立ちなさい、クラハ」


 と、僕に言ったメルネさんは広間ロビーの中央を指差し。彼女は僕に対してこう続ける。


「一発殴らせて。それで今回のこと全部、水に流してチャラにしてあげる」






 そうしてラグナ先輩ら三人に見守られながら、広間の中央にて向かい合う僕とメルネさん。


 メルネさんは何も言わず、ただ拳を握り締める。僕も口を閉ざし、ただその時を待つ。


 数秒が過ぎた。十数秒経って、丁度一分────徐に、メルネさんがその場から歩き出す。


 ゆっくりと、静かに。一歩、二歩────






「歯ァ食いしばれえッ!!!!!」






 ────そして次の瞬間、一気に加速し僕との距離を詰め切ったメルネさんは、振り上げたその拳を。何の躊躇いもなく、一切の遠慮もせずに、思い切り振り下ろす。


 僕の視界がメルネさんの拳によって埋め尽くされ──────────




















 意識の覚醒の兆しを感じた瞬間、顔面全体に鈍い痛みが重くのしかかり、それにより骨が軋むような感覚に陥る。


 それでもどうにか、ゆっくりと瞼をじ開けさせる────






「あ……やっと起きたか」






 ────そうして僕の視界に真っ先に映り込んだのは、ラグナ先輩の顔だった。

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