目が離せなかった。ライザーの
指先で軽く押し込めばそれだけで沈む柔軟さ、それでいて勢いよく跳ね返すような弾力さを併せ持つだろう、その瑞々しく張った頬に。突き立てられた、無骨で粗雑な先端が食い込み、
ぶちり、と。次の瞬間には裂けてしまって、途端に真っ赤な血が溢れて
その様相を例えるとするなら────暴漢に突如として路地裏の暗がりに連れ込まれた生娘が、無理矢理に服を破り捨てられ、下着を上下共に引き千切られ。
そうして暴漢の煮え滾る怒張によって、無惨にも己が純潔を散らされ、破瓜の血で赤く濡らされ。文字通りに穢されてしまった姿のようで。
それが酷く、
本当は止めるべきだった。本当なら、止めなければならなかった。その
その気高く尊い覚悟と信念を踏み躙り、蔑ろにしてまでも。そうしなければいけないと、頭ではわかっていた、というのに。
けれど、それでも────僕はラグナ先輩から目が離せなかった。
「こっちは男として責任取れ
全部が終わった後、
最初こそ快く、しかし心配を未だ若干残しながらに、お帰りなさいと。そう僕ら二人に言葉をかけてくれたメルネさんだったが。
直後、ラグナ先輩の顔を────正確には頬の傷を目の当たりにすると。数秒の間、メルネさんはそのままの表情で固まり。そうして、ゆっくりと僕の方に顔を向けたその瞬間。
まるで今までは清流だった静かな川が、突如として氾濫を起こした濁流の如く────一瞬にしてメルネさん、いや第三期『六険』序列二位の《S》
「あ、姐さん落ち着いてくださいッ!」
「そうだよメルネ!君の気持ちはわかる!わかるけど、だからこそ!今はどうにか堪えてほしい!あくまでもその傷は自分の意思で、自分でつけたものだって、さっきからそうラグナが言ってるだろうっ!?」
「そうだ!だからクラハは何も悪くねえんだよ!クラハは関係ねえんだってば!!」
「煩えェェェェッ!!!そういう
早朝の『
そんな最中、僕はといえば────何も言わず、ただその場に突っ立っている。
「て、てかクラハもさっきから黙ってないでなんとか言えよなっ!?お前ホントにキンタマ取られちまうぞ!?」
「構いません」
「いや構えよ!?」
僕の返事に対して、ラグナ先輩が即座にそう返す。
……しかし、もはや僕に弁明の余地などないし。そもそも、そんな資格すらも持ち合わせていない。
「おうならお望み通り引き千切ってやるよおぉぉぉ!!」
と、冗談抜きの本気の目で吼えるメルネさんは、ラグナ先輩ら三人をどうにか振り払おうとする。
そんなメルネさんのことを、必死に押さえ込む三人────そうして、数分が過ぎた後。
「…………ごめんなさい。ちょっと、取り乱しちゃって」
と、肩を僅かに上下させ、未だ荒く息を漏らしながら。冷静さを取り戻したメルネさんが、安堵のため息を吐く三人に対して、申し訳なさそうに言う。
「……ねえ、ラグナ。あなた、それは本当に……自分がしたくて、やったことなのよね?」
それからまるで確認するように、メルネさんはラグナ先輩にそう訊ね。対して、先輩は真剣な表情と眼差しで、小さく頷くのだった。
「……そう」
と、悲哀の声音でやるせなく呟き。すぐさま、メルネさんは僕の方へと顔を向ける。
あくまでも平静そのものな表情ではあったものの、その藍色の瞳の奥では、依然として激しく燃え盛る烈火の怒りが揺らめいていた。
「でも、そうだとしても。とてもじゃないけど、私は許せない」
メルネさんの言葉は
「そこに立ちなさい、クラハ」
と、僕に言ったメルネさんは
「一発殴らせて。それで今回のこと全部、水に流してチャラにしてあげる」
そうしてラグナ先輩ら三人に見守られながら、広間の中央にて向かい合う僕とメルネさん。
メルネさんは何も言わず、ただ拳を握り締める。僕も口を閉ざし、ただその時を待つ。
数秒が過ぎた。十数秒経って、丁度一分────徐に、メルネさんがその場から歩き出す。
ゆっくりと、静かに。一歩、二歩────
「歯ァ食いしばれえッ!!!!!」
────そして次の瞬間、一気に加速し僕との距離を詰め切ったメルネさんは、振り上げたその拳を。何の躊躇いもなく、一切の遠慮もせずに、思い切り振り下ろす。
僕の視界がメルネさんの拳によって埋め尽くされ──────────
意識の覚醒の兆しを感じた瞬間、顔面全体に鈍い痛みが重くのしかかり、それにより骨が軋むような感覚に陥る。
それでもどうにか、ゆっくりと瞼を
「あ……やっと起きたか」
────そうして僕の視界に真っ先に映り込んだのは、ラグナ先輩の顔だった。