「会長、一人目の勇者……一ノ瀬ヒイロ様をお連れしました」
ファムファタール女学院の一階、生徒会室。朝練中の生徒たちの声が、カーテン越しに微かに聞こえてくる。
「お待ちしておりました、私の勇者様」
ファムファタール女学院会長にして、召喚された一人目の魔法使い、柏櫓ユキさん。窓際の机に腰掛けていた彼女は、その真っ白なセーラー服を翻し、床に描かれた白い魔法陣の上に降り立つ。
「楽しそうだな、魔法使いユキ。いや、ここではユキ会長と呼んだほうが良かったか?」
私の隣を歩いていた、真っ赤な軍服の青年。召喚された一人目の勇者、一ノ瀬ヒイロさん。初対面でサイちゃんのメンタルをボコボコにした、無敗の竜騎士。
「お気遣い、感謝致します。今の私は生徒会長ですので、ユキ会長と呼んで頂ければ……」
「それでユキ。今度の魔王城攻略についてだが……」
彼はユキさんの前に立ち、平然と呼び捨てにした。
「もう、レンちゃんもいるんですよ、ちょっとは……んっ!?」
そしてユキさんの唇を奪い、彼女を黙らせる。
「……っ」
二人のキッスがよく見える位置で壁と同化している、私の視力が上がっていく。
「……」
私の名前は、レン・デ・カシャグラ。今の私はこの学院の教師にして壁。サイちゃんの祖母、シーカーが若返った姿であることは、今は忘れて目の保養に努める。
「…………」
とは言え昨夜サイちゃんも、召喚された二人目の勇者、アヤメさんからおでこにチューをされていた。監視用の魔法陣越しではあったものの、孫が大人に近づくワンシーンを目撃できたのは僥倖だった。
「……もう、ヒイロ君ったら、私はこれから仕事なのよ?」
ユキさんは蕩けた顔のまま唇を離すと、軽く怒ったふりをする。サイちゃんとアヤメさんの裸でチューも悪くはなかったけど、やはり恋人のキッスは口内を混ざり合わせるに限る。早く、孫の熱愛が見たいものだ……。
「しばらくお預けを食らうことになるからな……。週末の魔王城攻略、ユキは欠席なのだろう?」
二人目の勇者が成すことができなかった、二人目の魔王の討伐。前回は、召喚された二人目の魔法使いを失い撤退したと聞いている。今回は目の前にいる一人目の勇者、ヒイロさんも同行するそうだ。
「……ええ。私はヒイロ君の、私たちの帰る場所を守ります」
「そうか……」
「だから無事に帰ってきてくださいね、私の勇者様」
「ああ……約束する」
ヒイロさんがユキさんの頭を優しく撫で、彼女もそれを受け入れる。私は壁だから何も言っていないのだが、ふとユキさんと目が合い、彼女が咳払いをした。
「そ、それでヒイロ君? 今日は、どのようなご用件かしら?」
「そうだな。手短に話そう。ユキの顔が見たかったんだ」
「……っ! もう、ヒイロ君! 冗談はよしてください!」
私は壁、私は壁……。
「冗談でもないんだが……王から、勇者アヤメのパーティーメンバーの報告を急かされてな」
「ああ、その件ですか……」
ユキさんがチラリと私を見る。どうやら、壁の時間は終わりのようだ。私は彼女のそばで片膝を立てる。
「ファムファタール女学院からは彼女、レン・デ・カシャグラを派遣いたします。その強さは、勇者様もよくご存知のはず」
私はかつて、鏡の森の魔女サイコー・ワ・ラノとして、目の前の二人に退治された。そしてなぜか若返らされて、今はレン・デ・カシャグラとしてこの学院の教師兼ユキさんの妹をやっている。ただ、私の正体を知っているのはこの二人と、召喚された二人目の僧侶、ソラさんくらいだ。
「それから、うちの問題児が三人、魔王城攻略のメンバーに立候補しています。こちらとしては止める理由もないので、勇者アヤメのチームに登録して頂いてもよろしいですか?」
ユキさんがヒイロさんに、名簿を差し出す。
「……あの魔族と魔法使い、まだ生きていたのか」
そのリストには、魔王軍四天王として召喚されたにも関わらずアヤメさんに同行しているルリさんと、サイちゃんの名前も載っている。
「……皆、勇者アヤメの良い肉壁になりますよ」
「そうか」
「ええ、きっと」
ユキさんがヒイロさんに向けて、ニッコリと微笑む。ヒイロさんは基本的に、ユキさんやアヤメさんなど、召喚された人間の安否しか気にしていないように見受けられる。別の世界から召喚された彼にとって、私たちは文字通り別世界の人間なのだ。
「外が騒がしくなってきたな」
廊下のほうから、黄色い声が聞こえ始める。登校してきた生徒たちが、生徒会室にヒイロさんが来ていることに気づいたようだ。まぁ、校庭にあれだけ目立つ竜を待たせていれば、誰か気づくに決まっている。
「勇者アヤメには、会っていかれないのですか? じきに登校してくるころですが」
「この騒ぎの中では難しいだろう。それに、俺はユキの顔を見に来ただけだ」
ヒイロさんはユキさんの髪を一束すくい、それに軽く口づけをする。ユキさんが、少しくすぐったそうに笑う。
「……どうかご無事で。私はここで、あなたの帰りをお待ちしております」
「承知した」
次の瞬間……校庭側の窓が開き、カーテンが風に舞った。そしてその風をまとう青い竜の背に乗って、無敗の竜騎士、一ノ瀬ヒイロは去っていった。
「ヒイロ君……」
窓の外を眺め佇むその横顔は、恋する乙女のようにしか見えなかった。
「……」
いやはや、青いな…………。