「と、いうわけで……週末の魔王城攻略で、私たちのパーティーにレン先生が参加してくれます!」
今は初夏、
「改めまして、私が皆さんのクラスメイト兼、担任兼、パーティーメンバーのレン・デ・カシャグラです。引き続き、年齢は不詳でお願いしますね!」
午前中は昨日と同様にずっと座学だったが、午後からはようやく校外での実戦学習となった。そこで僕たちのパーティーは、魔王城攻略を見据えた作戦会議のため、定休日の喫茶バフォメットを訪れていた。ちなみにマスターは旦那さんと、アトリさんは弟さんと、どこかへ出かけているらしい。
「イェーイ! レンちゃん先生サイコー!」
なぜか一緒のテーブルを囲んでいるタピさんとヴァレッタさんが、レンさんに拍手を送る。そしてその向かいには、重そうな大剣を抱えたトゥーラさんも座っている。昨日学院で会ったばかりの、冒険者見習い三人組。多分名前、合ってるよね……?
「私の役職は戦士ですので、トゥーラさんと同じですね。一緒にがんばりましょう!」
「は、はい……。足を引っ張らないよう、尽力します」
「え、あのトゥーラが緊張してるんだけど……」
「あ、当たり前だ! レン先生と肩を並べて戦うんだぞ!」
ルリさんは意外そうな顔で、ヴァレッタさんが持ってきたお菓子をつまんでいる。確かに昨日の印象だと、トゥーラさんは物怖じしない騎士のような雰囲気だった気がする。
「勇者のアヤと、魔王城に行くのは緊張しないのに?」
「そこです」
僕が気にしていたことをルリさんが指摘したので、今の今までホットミルクを両手で持ちながら縮こまるしかなかった僕は、ようやく会話に加わる。
「レンさんが、魔王城攻略に参加するのは理解できます。アヤメさんは勇者。ルリさんは僧侶。僕は魔法使いですので、戦士であり冒険者の資格もあるレンさんは、適任でしょう」
それにレンさんの正体は、行方不明になった僕のばあちゃん、サイカ・ワ系初代魔導師、サイコー様。シーカー・ワ・ラノである疑いがある。もしそうなら、彼女は確実に僕よりも強い。魔王軍四天王であるルリさんや、召喚された勇者であるアヤメさんだって、本来なら僕より強いはず。ひとまずこの三人は、頼りになる三人のはずだ。
「……待って。今彼ぴっち、アヤメっちのこと名前で呼ばなかった?」
あ。
「……ラノ君、バレちゃったし、このメンバーのときはもう良いんじゃない?」
アヤメさんは全く気にしていない。むしろ嬉しそうに、マスターが作り置きしてくれていたトリカブトバーガーを頬張る。
「彼ぴ氏もしかして、二人きりのときだけアヤメさんって呼んでるんだ? ひゅー!」
そしてなぜかタピさんとヴァレッタさんが、僕に拍手している。
「と、とにかく、僕はあなた方三人の参加には賛成できません! そもそもあなた方は、まだ冒険者見習いで……」
「でもそれ、彼ぴっちもでしょ?」
「う……」
タピさんの急な鋭い視線に、思わずひるむ。
「まさか、女だからって見下してるのか?」
向かいに座っていたトゥーラさんが立ち上がり、ものすごい剣幕で詰め寄ってくる。
「いや、そ、そういうわけじゃ……」
「あ、彼ぴ氏もしかして、女の子ばっかりでドキドキしてるとかー? 鬼かわちいー!」
「そんなこと…………」
ヴァレッタさんまでがニヤニヤしながら迫ってくる。ひるむどころではない。僕は三人を前に、いつもの対人麻痺状態になってしまった。
「おうち帰る……」
「ちょっとみんな、ラノ君泣いちゃうでしょ! 悪ノリしすぎ」
「「「はーい」」」
アヤメさんが割って入ってくれたおかげで、三人はようやく僕から距離を取る。僕が仮面を被っている最大の理由は、目元を隠すためだ。だから涙目になっているのは……バレてないはずだ。
「な、泣いてないし……そ、それに、さっきの作戦の話聞いてました?」
僕はホットミルクを飲み干し、なんとかその場を仕切り直す。アヤメさんに伝えられていた作戦内容は、僕には全く納得できないものだった。
「今回の魔王城攻略は、魔王城の結界を四方から同時攻撃する……。一人目の勇者、ヒイロさんのパーティーは南側から。二人目の戦士、マシロさんのパーティーは東側から。二人目の僧侶、ソラさんのパーティーは西側から。そして僕たち、二人目の勇者、アヤメさんのパーティーは北側から攻撃を仕掛けます。敵の勢力を分散させるのには効果的かもしれませんが……国の冒険者のほとんどが、ヒイロさんのチームに振り分けられているんです。そしてアヤメさんのチームにだけ、誰一人増援は振り分けられていない」
「…………」
「要するに、僕たちのチームの役割は陽動。最も危険な、囮の役なんですよ?」
しかも前回、アヤメさんが結界にヒビを入れた場所は魔王城の南側。今回そこはヒイロさんのチームが担当し、その反対の北側が、アヤメさんのチームの担当となる。
「でも、魔王軍の戦力を集結させるわけにはいかないでしょ? それにこのやり方で、ヒイロさんは一人目の魔王に勝った。それなのに、私は……」
アヤメさんは僕の意見に、落ち着いた口調で返す。
「私は二人目の魔王に、負けた」
「……」
「だからどれだけ危険でも、誰かがやらなきゃいけないなら……。私が今度こそ、勇者の務めを果たさないとね」
力無く笑うアヤメさんから、思わず顔を背けてしまう。
「でもね、だからってみんなを巻き込みたくない。みんなを危険な目には遭わせられない。だから私も、みんなが参加するのは、賛成でき……」
「アヤメ君」
トゥーラさんが、今度は立ち上がることなく静かに告げる。
「私は、君に命を救われたんだ。君がフォーボスを倒してくれなかったら、私はあのまま、呪いに蝕まれて死んでいたかもしれない。だから次は……私の番だ」
「そうそう! 私たちズッ友だし? 死地に赴くときも、一緒だし!」
タピさんもあっけらかんと笑う。そんな二人を見て、ヴァレッタさんがため息をついた。
「アヤメ氏はもう知ってると思うけど、タピ氏もトゥーラ氏も、こうなったら何言っても無駄だよ。多分ここで断っても、勝手に内緒でついていくし。だったら最初から、目の届く範囲にいてくれたほうが、安心安全じゃない?」
「それは……そうですけど……」
僕とアヤメさんは、顔を見合わせる。これは……観念するしかないのか……? するとレンさんが、先生らしくパンパンと手を叩いた。
「タピさん、トゥーラさん、ヴァレッタさん。もう一押しですよ! あとは、実力を示すだけですね!」
「あ、確かに! アヤメっち、彼ぴっち、とりま私たちのお手並み拝見、してみてほしいんだけど! 話はそれからってことで!」
今度はタピさんが立ち上がる。黙って聞いていたルリさんも、欠伸をしながら席を立った。
「話は終わった? それじゃ、昼休憩は終わりね」
「そうですね……そろそろ授業に、戻りましょうか」
レンさんも笑顔で席を立つ。レンさんとルリさんは、この三人がついてくるのには賛成なのか……。
「それでは午後の授業、実戦学習を、始めましょう」