「ヤバ! 学校に私の杖忘れちゃったかも!みんな、ちょっと先行ってて!」
喫茶バフォメットを後にしてすぐ、タピさんが思い出したように叫ぶ。
「え? 一人で取りに戻るの?」
「大丈夫大丈夫! すぐに追いつくしー!」
タピさんはそう言うと、止める間もなく走り去ってしまった。
「あ……行っちゃった」
するとアヤメさんが、タピさんが走っていった方向を見ながら何やら考え込む。
「……どうかしましたか?」
「ラノ君、タピについていってあげてくれる?」
「え、な、なぜ……?」
僕が尋ねると、アヤメさんが振り返りながら答える。
「だってタピ、杖持ってたよね?」
確かに、服の中に隠してはいたようだが……魔法使いである僕だけでなく、アヤメさんでもその魔力には気づけるようだ。
「ええ、まあ……」
「だとしたら、ラノ君が行ったほうが良いのかなって……」
なるほど。タピさんは、魔法使いである僕一人だけを誘き出したいのか。トゥーラさんとヴァレッタさんが目を逸らす辺り、どうやらその通りらしい。
「……わかりました」
喫茶店でタピさんが言っていた通り、僕もまだ冒険者見習いだ。そしてアヤメさんとの付き合いは、僕よりタピさんのほうが長い。ぽっと出の僕が魔王城攻略に参加することのほうが、タピさんからすれば心配なのだろう。
「決闘、がんばってねー」
「……すぐに戻ります」
ヴァレッタさんが手をひらひらと振る。僕は軽く会釈すると、タピさんの後を追いかけた。
「ちょっとサイカ・ワ!」
ルリさんが僕を呼ぶ声が聞こえたが、どうやらレンさんに止められていたようだった。
「大丈夫、きっとうまくいきますよ」
「……だといいけど」
まさかこの決闘ごっこ、トゥーラさんやヴァレッタさんともやらないといけないわけじゃないよね……? 僕は一抹の不安を感じながら、タピさんの気配を追いかけた。
「転移の魔法陣……」
しばらく進むと、路地裏へ入る曲がり角の足元に、魔法陣が仕掛けてあった。
「これは……踏むとどこかへ飛ばされるやつ……」
「……あーあ」
「!」
「魔法使いの彼ぴっちなら、やっぱり気づいちゃうかー」
路地裏に積まれた木箱の影から、タピさんが顔を出した。手には、学校に忘れたことになっていた杖が握られている。
「……タピさん。この試験ですが……この罠を見破れば合格、でしたか? それともこの魔法陣の先で、周りを気にせず決闘に応じる必要が?」
するとタピさんが僕に飛びつき、肩を抱き寄せる。バランスを崩した僕は、足元の魔法陣を踏んでしまった。
「あ」
「そんなのもちろん、デュエル一択っしょ!」
魔法陣が起動し、僕とタピさんは赤い光に包まれる。しばらくしてその光が収まると、僕たちは古びた洋館の、大広間のような場所に到着した。
「ここは……」
「私の家だよー!」
「……」
壁一面に飾られている巨大な風景画。その魔力には、覚えがあった。
「そうですか。それでタピさん……あなたの苗字を、教えてください」
「……ジ・ヤドル」
「!」
風景画の中から声がする。そして額縁の向こう側から、絵に描いたような魔女の絵が現れ、絵画の中央に移動していく。人物画となったその絵が妖艶に微笑むと、魔力がさらに溢れ出す。
「あなたは……」
魔力に当てられ動けないでいると、タピさんの声が、横から正面へと移動していく。
「紹介するね。この人はホーク・ジ・ヤドル。私のおばあちゃん!」
「…………」
僕は彼女に、僕がまだ幼い頃に何度か会ったことがある。記憶の中の彼女より明らかに若く見えるが、若返りは魔女にとってよくあることなのだろう。
「大きくなったな、サイちゃん?」
彼女は僕のばあちゃん、サイカ・ワ系初代魔導師、シーカー・ワ・ラノの数少ない友人の一人だった。
「ご無沙汰しております。ホーク様」
そして、
「……」
罪状は…………僕の両親や友達を下敷きにした、第一次魔王城の、召喚。