「ねぇアヤ、ほっといて大丈夫なの?」
「大丈夫って……?」
「サイカ・ワとタピよ。二人きりにしたままで……」
ラノ君がタピの決闘に付き合うため後をついていった後、ルリがそんなことを言い出した。
「確かにタピ氏って、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる女だし? 彼ぴ氏のことも共有したがってたし……彼ぴ氏のこと、魔法で骨抜きにしちゃったりして?」
ヴァレッタも、タピの危険性を力説する。
「で、でも……」
「それにサイカ・ワって、なんかこう、押しに弱そうっていうか……もしタピが強引に迫ったら……」
「それは……確かに」
私はだんだん二人の指摘が、あながち的外れでもない気がしてきた。
「アヤメ氏。ここはもう、浮気現場を押さえに行くしかないのでは?」
「アヤメ君。このままでは、君は都合の良いだけの女になってしまうぞ?」
トゥーラまでが、私の肩を掴みながら真剣な目で訴えてくる。
「で、でも……今更もう追いつけないし……」
「それについてはご心配なく。先生がアヤメさんのことを、二人のところに転移させてあげます」
「え、レンちゃん先生って魔法も使えるの?」
「ええ。今は戦士ですが、以前は魔法使いもしていましたので。もしサイカさんが不貞を働いた場合は、屍にできる程度には強いですよ?」
レン先生までそんなことを言い出すなんて……。ラノ君ってそんなに信用されてないの? それとも、恋の駆け引きってこんなに難しいの……?
「アヤメさん。あなたは今、自分の心に嘘をついていませんか?」
「嘘……?」
レン先生の真剣な眼差しはどこか、クルミちゃんにも、ラノ君にも似ている気がした。
「サイカさんを疑いたくない。だから、自分が我慢すればそれでいい。でも、その我慢って、本当に正しいことなのでしょうか?」
「…………」
最近私は、ラノ君のことになるとなぜか頭が働かなくなる。昨日の夜のことだって……。
「先生は、アヤメさんを応援しています。あの子に遠慮はいりませんよ」
そんな私の額を、レン先生が人さし指で軽く押す。
「プリズム・リスタートリップ」
私の足元で、魔法陣が白く光る。この魔法陣、ラノ君のに似てるような……。
「アヤメ君。あの男のこと、しっかり見極めてくるんだぞ」
「あいつにバレないようにね!」
「骨は拾ってあげるから!」
「……みんな楽しんでない?」
私は四人に見送られながら、レン先生の魔法陣でタピの家へと向かった。でも、どうしよう……もしラノ君が、タピに骨抜きにされてたら……。でも、昨日あんなことがあったばっかりだし……。
「僕のことが本当に好きなら、女神なんかじゃなくて、僕のことを信じてください」
ラノ君は、そう言ってくれた。だから私は、ラノ君を信じたい。そう思ってる。でも結局、隠れて二人についていくなんて……。
「…………」
やっぱり私はまだ、ラノ君のこと……。
「信じられない」
「っ!」
ラノ君の声が聞こえて我に返ると、私はタピの家の大広間にいた。
「また、あなたに会えるとは……。ホーク様、磔にされて火刑となったあなたの遺体は、骨すら残らず燃え尽きたと聞いていましたが……」
ラノ君が、絵の中にいるタピのおばあちゃんと話をしている。前に一度タピの家に来たことがあった私は、慌てて近くの柱の陰に隠れる。
「灰になったばあちゃんは風に乗ってちゃんと帰ってきたし、なんとこの絵の中で、今も生きてるってわけ!」
「魔女の人生は、死んでから始まるからな」
「ばあちゃんカッコいー!」
タピとホークさんが二人で盛り上がっている。視線を感じてラノ君のほうを見ると、顔を逸らされた気がした。仮面をつけてるからはっきりとはわからないけど……もしかして私がついてきたの、もうバレた……?
「さあ、どうするサイちゃん? 親の仇が今、目の前にいるのだぞ?」
ホークさんが絵の中に現れた玉座に腰掛けると、タピがラノ君の前に立ちはだかり杖を構える。
「ばあちゃんを倒したかったら、とりま私を倒すしかないね!」
そして杖を真上に放り投げると、魔法使いのローブを脱ぎ捨ててから落ちてきた杖をキャッチする。
「それは……サラマンダーの皮ですか?」
「ビンゴ! レアものだから布面積少ないけど、良いよね?」
タピのローブの下は、ほとんど下着のような格好だった。やっぱり、このままじゃラノ君が骨抜きに……?
「ご心配なく。そういうのは勇者様で慣れてるので」
「そっかー。アヤメっちも意外と大胆だもんねー」
ラノ君は全く揺るがなかった。ほっとしつつも、私って戦闘中はあんな感じの格好してるのかと思うと……複雑。確かに人狼もミイラも水着みたいな衣装だけど、あれは女神様の加護を限界まで活かすためだし……それに今のタピの格好よりはマシだと思うし……。
「それに、燃えない素材を身に纏ったということは……あれを使うのでしょう?」
「……そう。我は、ジ・ヤドル家を継ぐ巨人」
燃え上がる杖をタピが掲げると、タピの身体が宙へと浮き上がっていく。
「井戸より来たりて暖炉に果てる。纏うは断頭台のようなドレス。奏でるは百面相の奇想曲。挑め。黄泉へと至りし、素晴らしき法螺話の果て!」
次の瞬間、巨人の形をした業火にタピの身体が包まれる。
「ホーク様の十八番。お孫さんにきちんと継承されたのですね」
「懐かしいな。かつて私は……シーカーの友で、その孫である君の師匠と言っても過言ではなかった。それが今や、魔王城を召喚して君の家も親も踏み潰した、生涯の宿敵となった。不可思議なものだ」
「ヒューマンケイン・レディ」
ラノ君が手元に、杖を召喚する。
「本当にあなたは、ホーク様なのですね?」
「そうだ。我はジ・ヤドル家を焼く魔女。ホーク・ジ・ヤドル。君も……名乗っておくか?」
ラノ君が、燃え盛る巨人と額縁の中の魔女を見上げる。
「我は傲慢な狂信者、サイコ・ワ。世界一幸福な魔法使いを名乗る、勇者アヤメ様の完璧な配下にして、唯一無二の絶対服従者」
巨人と化したタピに、ラノ君が一歩近づく。
「タピ・ジ・ヤドル。これよりあなたが……勇者アヤメ様と共に、肩を並べて戦うに値する魔法使いかどうか…………測定を、開始します」