「とりま、私に踏まれてみる?」
「……僕にそんな趣味はありません。
炎の巨人となったタピの踏みつけ攻撃を、ラノ君は召喚した巨大な盾で防ぐ。紫色の盾が巨人の足とぶつかり、火花を散らす。
「その盾、まだ大事に持っていたのか」
額縁の中で、玉座に腰掛けたままのホークさんが呟く。ラノ君はタピの足を押し返すと、バックステップで距離を取る。
「ええ。ホーク様、あなたからもらった初めてのプレゼントですから」
私は柱の陰から、少し身を乗り出して様子を見る。プレゼント……そういえばまだ、ラノ君に何もあげたことなかったな。
「……」
でも、今何かあげたら、形見にしてって言ってるみたいか。私はあと二日で、死んじゃうかもしれないのに……。
「
「!」
盾が床に落ちる音と同時に、ラノ君の姿が消える。そして、ラノ君に切り落とされた巨人の右腕が、床に転がる。
「……やるじゃん!」
しかしその右腕が、今度はロケットパンチのようにラノ君に直撃する。ラノ君はいつのまにか手元に戻っていた盾で、それを受け止める。
「やはり、タピさん自身が巨大化したわけではなく、巨大な炎の鎧を纏う魔法なんですね。そしてそれは、遠隔操作と再生も可能」
巨人の右肩から炎が吹き出し、右腕は瞬く間に再生していた。切り落とされたほうの右腕は燃え尽きることなく、ラノ君を少しずつ押し戻していく。
「すげーっしょ? でもいつかは、巨人丸ごと遠隔操作できるようになってやるけどね!」
「……いいですね。その意気です!」
また、盾が床に落ちる音と同時に、ラノ君の姿が消える。
「後ろだ」
額縁の中で、ホークさんが呟く。
「オッケーばあちゃん!」
背後から巨人の首を落とそうとしていたラノ君を、タピは回し蹴りで打ち落とした。
「っ……ずるいですよホーク様!」
「ハッハッハ。忘れたのか? 卑怯とラッキョウが私の好物だ。戦場においては死んだほうが悪。生き残ったほうが……正義」
「……確かに。ストック、セブン、リスタート!」
ラノ君が魔法陣を召喚すると、ラノ君を狙っていたロケットパンチと、ラノ君の剣と盾がタピに向かって次々と飛んでいく。なんか昔テレビで見た、ポルターガイストみたい。
「いーじゃんいーじゃん! やっと、魔法使い同士の決闘っぽくなってきた感じ?」
タピは火を吹いてそれを弾く。これってもしかして、ラノ君のほうが押されてる……?
「そうですね……。それでは魔法使いらしく、後衛の戦い方に切り替えましょうか」
「後衛……?」
ラノ君が、杖を構え立ち上がる。
「セット、ヒーちゃん、ミーちゃん、スタンバイ」
……え?
「サイカ・ワ系サモン、ファイヤー!」
見覚えのある怪鳥が、タピのロケットパンチを両脚で掴んで床に振り落とす。
「ヒノトリ……?」
「ヒノトリの卵は、最近黒金の獅子団の買い占めや、親鳥のギルドタウンへの襲撃で話題になった食材ですね。彼女は文字通り、その生みの親。もちろん、町を襲撃したのとは別個体です。鏡の森で飼っている……人を食べたことのない魔物ですので、ご安心を」
するとヒノトリが舞い降りてきて、もう一匹、召喚されていた魔物の角に留まる。二匹とも、鎧で武装していた。
「オオミズウミウシ。彼女もうちで飼っている、人の味を知らない魔物です。ミズウミルクを使った、ミズウミウシのチーズケーキが最近流行ってるんでしたっけ? 彼女はミズウミウシの中でも大きい種類で、戦闘も得意です」
オオミズウミウシは雄叫びを上げ、床に転がるタピのロケットパンチを踏み潰して粉砕した。……もしかして、ヒノトリのヒーちゃんと、ミズウミウシのミーちゃんってこと?
「三対一とか、面白くなってきたじゃん! これじゃあ私、焼きタピオカから焼きタピオカミルクセーキになっちゃうし!」
「や、焼きタピオカミルクセーキ……?」
あ、燃えてる巨人とタピで焼きタピオカ、ミズウミルクとヒノトリの卵でミルクセーキってこと……? この世界にもタピオカってあるのね……。
「何を言っているのかわかりませんが……負けたときの言い訳を与えてあげたんですから、心置きなく負けてください」
ラノ君が巨人の周囲を往復し、その両腕を切り落とす。そして切り落とされた右腕をヒーちゃんが鷲掴みし、左腕をミーちゃんが角で串刺しにする。
「速っ……!」
ラノ君は一瞬でタピの頭上に跳ぶと、構えた盾を巨人の頭に叩きつける。しかしその寸前で、タピは火を吹いて盾の直撃を防ぐ。ラノ君の盾と火炎放射が、空中で激しくぶつかり合う。
「セーフ……」
……でもこれで今のタピは、ロケットパンチと火炎放射を封じられたことになる。
「いや……ミッションコンプリートだ」
柱の陰の私に向かって、ラノ君が目で合図をした気がした。そしてラノ君に呼ばれる前に、私はタピに向かって駆け出していた。
「アヤメさん! 今です!」
「
…………ラノ君に呼ばれる気がしたから? ラノ君を助けたかったから? タピとラノ君が、どこか楽しそうに見えたから? ……わからない。でも、身体が勝手に動いていた。
「フェイクファー・百華繚乱・ウェアウルフ!」
ルリの人狼の毛皮を纏い、タピに向かってジャンプする。
「アヤメっち?!」
「偽装・月華・ガルルムーンサルト!」
剣を振り下ろし巨人の炎を払うと、タピの身体が剥き出しになった。
「腕の再生が、間に合わない……!」
「捕まえた!」
私は剣を捨て、タピに抱きつく。そしてその勢いのまま、私はタピを巨人の中から押し出した。
「……決着は、ついたようだな」
ホークさんが額縁の中で、ため息をついているのが聞こえた。タピを抱きかかえたまま着地すると、操縦者を失った炎の巨人はそのまま崩れて燃え尽きた。
「くっそー! まさかアヤメっちまでスタンバってるなんて! 愛の炎には勝てなかったかー!」
私の腕の中で、悔しそうに天を仰ぐタピ。
「……そんなんじゃないよ。きっと、もっとよくないもの」
私は、まだ少し熱いタピの体温を感じながら項垂れた。結果的に四対一で負けたというのに、タピは文句も言わずに負けを認めている。こういう器の大きい女性が、もしかしたらラノ君には、お似合いなのかも……。
「これが、嫉妬の炎なのかな……」