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第51話 7-5 【生者】

「嫉妬くらい良くない? そ、それってアヤメっちも、自分の気持ちに向き合えるようになったってことじゃん!?」


「そ、そうだな! それもまた愛だな!」


ヒーちゃんとミーちゃんにご褒美のおやつをあげて、鏡の森に帰してから三人を見ると、なぜかアヤメさんが、タピさんとホーク様に元気づけられていた。


「えっと、あの……とりあえずお二人とも、これを」


僕は昨夜複製しておいた、魔力の自然回復を促進させるパーカーを三角座りのアヤメさんとタピさんに渡した。


「僕が着ているものと素材は同じですが、意匠は変えています。紫のほうがアヤメさんの、赤いほうがタピさんので……」


「ごめんねラノ君、私、ラノ君からもらってばっかりで……」


「……え?」


「私はまだ、何もあげられてないのに……」


アヤメさんは受け取ったパーカーを広げずに、自分の腕に抱いたまま俯く。一方のタピさんは何の警戒もせずにパーカーを羽織り、頬を掻く。


「アヤメっち、バッドスイッチ入っちゃったみたいで……。アヤメっち良い子だし、魔法使いのズル合戦に巻き込むのはまだ早かったかな……?」


「タピよ。魔法使いがみんなずる賢いみたいな言い方は、良くないぞ?」


「……ばあちゃんがそれ言う?」


これは僕の持論になるのだが、魔法使いに限らず、戦場に立つ者はずる賢くあるべきだと思う。アヤメさんには、どんな手を使ってでも生き残ってもらわなければならない。少しずつ……慣れてもらうしかない。


「マインドフルヒールネス、クールダウン」


アヤメさんに、精神治癒の魔法をかける。ホーク様に教わった、最初の魔法だ。


「その魔法、まだ使っていたのか」


「それって、マインドヒールのプロトタイプ……?」


タピさんがアヤメさんの頭を撫でながら尋ねる。


「ええ。なので魅了や洗脳は解けませんが、一般的なものよりは副作用が少なめになります」


魔法の効果でアヤメさんもいくらか落ち着いたようで、なぜかいそいそと渡したパーカーを着始める。


「ホーク様、あなたが開発し普及させた精神治癒の魔法は、多くの人を救い、悪を挫いた。そしてあなたはそのせいで、疎まれ……嫉妬された」


アヤメさんの手が止まる。


「そして魔王城の召喚という突拍子もない濡れ衣を着せられ、処刑された。僕はあなたの死を、そう聞かされました。あなたは、正し過ぎたのだと」


「……シーカーが、そう言っていたのか?」


僕のばあちゃん、サイカ・ワ系初代魔導師、シーカー・ワ・ラノの数少ない友人だったホーク様。彼女が僕の両親を、つまりばあちゃんの娘夫婦を手にかけるとは、到底思えなかった。


「ええ。そう言っていたシーカー様も、一人目の勇者に討伐され行方知れずですが。僕の祖母のこと、何かご存知ないですか?」


数少ない友人のホーク様なら、ばあちゃんの居場所を知っていてもおかしくはない。


「正し過ぎたのは昔の話だ。今や私は、人ですらない灰の魔女。生者に干渉するのは……ジ・ヤドル家の存続に関わることだけと決めているのでな」


生者……。つまり、ばあちゃんはやっぱり、今もどこかで生きているということか。


「……僕の祖母は、生きてはいるという風に受け取ってよろしいのでしょうか?」


「そうか……消去法で、シーカーのほうが生者ということになってしまうのか。アンデッドの魔法使いなど、この辺りでは私だけと思っていたのだがな」


「……」


さすがの僕もホーク様には、僕の正体を隠し通せるとは思っていない。


「二人とも…………何の話をしているの?」


アヤメさんの顔が、少し青ざめている。アヤメさんにプロトタイプの魔法は、刺激が強過ぎたか?


「いえ……。別に重要な話ではありません。それでタピさん、ズル合戦には勝利しましたので、僕の魔王城攻略への参加は、認めて頂けますか?」


「そういうことになるよねー。まぁ彼ぴっち、意外と全部一人でやっちゃうんじゃなくて、共闘とかできるってわかったし……まぁ良しかな?」


あの四対一の数の暴力戦法を、共闘とは……少し良いように言い過ぎな気もするけど。


「逆に、負けちゃった私は不合格?」


タピさんが、アヤメさんの肩にもたれかかり尋ねる。


「私は……ま、まずは、ラノ君はどう思う?」


アヤメさんとタピさんが、三角座りのまま僕を見上げる。


「タピさんがジ・ヤドル家の人間とわかりましたので、僕としては同行を拒否する理由はなくなりました。ホーク様が、かわいい孫をそう簡単に見殺しにするとは思えませんから」


僕がアヤメさんにしているのと同じように、ホーク様もタピさんに大量の自動魔法をかけているようだった。命の危険が迫ったときに勝手に発動する魔法が、タピさんの身体から二桁は読み取れる。僕に識別しきれない高度な魔法も合わせれば、本当はもっと多いはずだ。


「それで、アヤメさんはどう思われますか?」


「わ、私は……」


アヤメさんは、僕から目を逸らして俯く。


「お願い、アヤメっち! 彼ぴっちのこと、ったりしないから!」


タピさんがアヤメさんに手を合わせる。いや、そこは重要じゃないでしょ。


「……わかった。約束だからね!」


「もちのりょ! ありがとアヤメっち!」


いや、そこが重要だったらしい。なんでやねん。


「……そろそろレンさんたちのところへ戻りましょう。一応まだ、課外授業の途中ですから」


「そうだった……ホークさん、お邪魔しました」


アヤメさんが立ち上がり、ホーク様に会釈する。


「また来い。次来たときは、ヒノトリの玉子焼きを馳走しよう」


「ほんとですか?」


ホーク様の作る玉子焼きは、僕の好物の一つだ。


「ホーク様の手作りに外れはありませんが、中でもヒノトリの玉子焼きは絶品ですからね」


「……積もる話もなくはないが、まずは今の話をしてやろう。乙女心とか、君の彼氏としての立ち振る舞い方、とかな」


「え?」


アヤメさんのほうを見ると、アヤメさんがまた涙目で僕を睨んでいた。慌ててタピさんが、アヤメさんと肩を組む。


「ジ・ヤドル家に伝わる玉子焼きでしょ? 私もばあちゃんから習ったし、今度作り方教えてあげるし!」


「でも私、料理苦手だし……」


「やってみなきゃわかんないっしょ! ていうか今のは、彼ぴっちも悪いよ!」


「え、えぇ?!」


いや、話を振ってきたのってホーク様のほうでは?! なんなら、今日様子がおかしいのってアヤメさんのほうでは?! いや、昨日の夜のあれ、やっぱり僕が出しゃばり過ぎたのか……?


「えっと……た、玉子焼き、楽しみにしてますね……?」


どうしよう……。召喚された勇者様の彼氏なんて、安請け合いするべきではなかったのかもしれない。乙女心なんて、僕には全くわかりません……。

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