「みんな……?」
タピさんの声が、廃屋に響く。ジ・ヤドル邸での決闘を終え、ホーク様に町まで転移で送ってもらった僕とアヤメさん、タピさんの三人。ルリさんの魔力の波動を追って、課外授業で倒す予定だった
「…………」
廃屋の中に足を踏み入れるとそこには、既に破壊された大量の魔鎧と、ルリさん、トゥーラさん、ヴァレッタさん、そしてレンさんの四人全員が倒れ伏していた。その惨状の中心で、ただ一人悠然と佇む赤い影。
「ヒイロさん……?」
アヤメさんの声が、廃屋に響く。召喚された一人目の勇者、一ノ瀬ヒイロ。初対面で僕のメンタルをボコボコにした、軍服の美形。
「安心しろ。死んではいない」
彼が視線だけをこちらに向けると、僕たちに気づいたレンさんがよろよろと起き上がる。僕は咄嗟に駆け寄り、彼女の身体を支える。
「レンさん……あなた程の人が、どうして?」
「すみません……やはり私は、ヒイロさんには手を出せないようです」
「手を、出せない……? それって……」
かつて彼女が鏡の魔女、サイコー様として、勇者ヒイロに討伐されたときに、何かされたから? やっぱりレンさんの正体は、僕のばあちゃん……?
「井戸より来たりて暖炉に果てる」
「っ!」
背後で立ち尽くしていたタピさんから、魔力の炎が吹き荒れる。
「纏うは断頭台のようなドレス。奏でるは百面相の奇想曲。挑め。黄泉へと至りし、素晴らしき法螺話の果て!」
燃え盛る巨人が、ヒイロさん目掛けて殴りかかった。
「よくも……みんなをっ……!!!」
「
しかしその炎は、勇者の一言で一瞬で砕け散った。
「なっ……!?」
巨人の身体を失いそのまま落下していくタピさんの目の前に、さっきまでタピさんの身体を覆っていた炎の巨人と全く同じものが、複製されていく。
「
そして巨人の形をした業火が、落ちてきたタピさんを蹴り飛ばした。
「タピ!」
タピさんが廃屋の壁に激突する寸前で、アヤメさんがタピさんを受け止める。
(ストリス、エイト)
そのアヤメさんの魔力を借りて、無声詠唱で緩衝用の魔法陣を召喚し二人を受け止める。ホーク様がタピさんにかけていた防御用の自動魔法も何個か発動していたようで、二人とも無事なようだ。
「事前に詠唱しておいた魔法陣の召喚による呪文省略、無声詠唱、それに自動魔法か。確かに、冒険者見習いにしてはやるようだな、賢者サイカ」
一歩も動くことなくタピさんを返り討ちにした彼は、余裕の表情で視線を僕に移す。
「……あなたこそ、勇者のくせに魔法を無効化して複製するなんて、魔法使いの立つ瀬がないじゃないですか」
「そうか……? だが、君は違う」
いつのまにか、彼が複製した炎の巨人は消えていた。
「君は勇者を導く、女神に選ばれし賢者だ。君は勇者アヤメを守る盾でなければならない。彼女たちでは、無理だ」
彼は僕の後ろで、タピさんから治癒の魔法を受けているルリさんたちを一瞥した。どうやら彼も、彼女たちの実力を試しにきたということらしい。
「賢者サイカ。君が頼りだ」
彼は表情一つ変えずに、そう言った。でも彼が、今回の魔王城攻略であの陽動作戦を立案した張本人だということを、僕は知っている。
「……アヤメさんを捨て駒にするような作戦を立てておいて、よく言いますね。それにそんなに心配なら、そばに置いて自分で守ればいいじゃないですか」
「そうまでして、我々は手を取り合う必要があるか?」
「なっ……!?」
「私にはすでに、全ての魔王が滅びた世界で、共に生きると誓った女性がいる。この世界の一夫多妻制という文化は、私には向かない」
「……そうですか」
全ての魔王が滅びた世界……。全てというのは、彼が討伐した一人目の魔王、アヤメさんが倒すべき二人目の魔王だけでなく、三人目の魔王候補である僕のことも、含まれているのだろうか。
「今その力を示せ、賢者サイカ。これ以上私を、失望させるな」
僕が一歩前に出ると、一人目の勇者、一ノ瀬ヒイロは、左手をこちらに向けた。
「
すると左手の中指に嵌めてあった赤い指輪が、分解、変形し、勇者の剣となった。
「……ヒューマンケイン・レディ」
そして僕は、お気に入りの赤い杖を呼び出した。
「……勇者様の、意志のままに」