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第55話 8-4 【視点R】ヒール・バイ・ラノ君!

「ヒューマンケイン・レディ」


聞き慣れてしまった、サイカ・ワの声が聞こえてくる。


「セット・ゾンビ・スカル・ゴースト・スタンバイ」


重い瞼を無理矢理開くと、見慣れない天井が目に入る。西洋風なデザインに、植物のような絵が描かれている。


「サイカ・ワ系ヒール、ファイヤー!」


声のするほうに寝返りを打つと、魔法陣を描き終えたサイカ・ワが、ヴァレッタの隣でトゥーラに治癒の魔法をかけているところだった。


「なるほど……一瞬だけアンデッド状態にしてるんだね」


「そこは真似する必要はありませんが……この辺りの回線が魔族への治癒には効果的のはずです」


サイカ・ワが自分で描いた魔法陣を指差しながら、ヴァレッタに説明をしている。魔族……。どうやらトゥーラは、魔王軍四天王である私の血を飲んだことを、サイカ・ワに伝えたらしい。


「確かに……通常のヒールより私には合っている気がするな……」


トゥーラは自分の腕をさすりながらそう呟く。トゥーラが黒金の獅子団に単身乗り込み、リーダーであるフォーボスに呪いをかけられ逃げ帰ってきたあの夜。私は無意識のうちに、トゥーラに自分の血を飲ませていた。


「でも治癒の魔法にしては、長くて変な呪文だったね」


「……余計なお世話です。魔法使いの魔法は、僧侶の魔法より長いんです」


「……」


その結果、トゥーラは半分魔族になった。魔力量が元より増えたことで呪いの影響は受けにくくなったけど、魔法の影響は受けやすくなった気がすると、トゥーラは言っていた。この世界の呪いとか魔法とか、正直まだよくわからない。


「呪いは人間に、魔法は魔族によく効くと覚えておけば、間違いではないさ」


「あ、ルリ、おはよー」


そしてトゥーラは、私の血を飲んだ次の日から人の思考を読めるようになった。サイカ・ワの家にいた、ドラキュラのザックとかいうやつにも同じように読まれた気がする。どうやら魔族が人の思考を読めるというのは本当らしい。魔王軍四天王として召喚された私は、なぜか読めないんだけど。


「おはようヴァレッタ。やっぱり私が、一番最後に目が覚めたみたいね」


「ルリさん、魔族として召喚されたあなたには、魔法攻撃がよく効きますからね」


「そうみたいね」


「……ヒイロさんは、そのことをわかっていた。彼はあなたが、魔王軍四天王であることに恐らく気づいている」


「あわよくば私のこと、討伐するつもりだったのかもね。それとも、私みたいなザコなんかいつでも倒せるからって、ほっといてるのかしら?」


「その可能性はあります。そうはさせませんが」


サイカ・ワが即答する。もちろん、彼女であるアヤが悲しむから、なんだろうけど。アヤが聞いたらいじけそう……。


「……それで、アヤとタピと、レン先生は?」


私は木製のベッドから身体を起こす。ベッドのそばの猫足のテーブルには、銀色の水差しとコップが置かれていた。


「アヤメ君は花嫁修行中だ。玉子焼きの作り方を、タピ君から教わってるよ」


「レンさんは、タピさんのおばあちゃん……ホーク様とお話し中です。ちなみに今いるここは、タピさんの自宅の客室です」


「客室……」


タピの家系は、この辺りではそこそこ有力な貴族だったと、以前タピ自身が言っていた。でもおばあちゃんが無実の魔女狩りに遭い、周りの目を気にしたタピの両親はこの町を出て行った……と。


「ルリ君は、タピ君のおばあ様に会ったことは?」


「ないわ。後で挨拶しないと」


私はベッドから降りると、水差しからコップに水を注ぐ。するとその水が宙に浮き、ヴァレッタの描いていた魔法陣に吸い寄せられていく。


「できたできた! ルリ氏、試してみてもいい?」


ヴァレッタが私に杖を向ける。魔族向けの治癒魔法が、もう完成したらしい。


「答えは聞いてない! ヒール・バイ・ラノ君!」


「え」


赤い光とともに、確かに私の魔力は回復した。以前サイカ・ワにかけられた治癒の魔法と比べればまだまだだけど、習ってすぐはこんなものだろう。……一度見ただけで完璧に再現できるアヤのほうが、やっぱり異常なんだ。


「初めてにしては上出来でしたね。……ネーミングセンス以外は」


「あえてアヤメ氏風に、ラノ君と呼んでみました。あ、技の名前はもうちょっとカッコいいの考えるから、ご心配なく」


サイカ・ワがため息をつくと、ヴァレッタが含み笑いで私を見る。


「ちょっとヴァレッタ、それじゃあまるで、サイカ・ワの名前がカッコよくないみたいじゃん?」


「……確かに。でも彼ぴ氏はかわいい系で売ってるから大丈夫ですよ」


「かわいい系で売ってませんけど?!」


そんな掛け合いを見守りながら、トゥーラが水を注ぎ直したコップを私に手渡してくれる。


「まぁ、アヤメ君は喜びそうだな」


「何で?!」


「呼んだー?」


そして丁度良いところに、エプロン姿のアヤが客室の扉を開けて入ってくる。


「すごいな、サイカ君の話をしたら召喚できたぞ」


「……いや、今のは偶然でしょう。それよりヒノトリの玉子焼きができたんですね。良い香りがします」


サイカ・ワがいそいそと立ち上がる。ホットミルクの次は玉子焼きが好物かよ。やっぱりこいつ、かわいい系で売ってるよね?


「ついでにみんなの晩ご飯も作っちゃったから、ゆっくり食べていってね!」


アヤの後ろから、三角巾をつけたタピが顔を出す。


「「「わーい!」」」


私も水を飲み干し立ち上がる。


「アヤの手料理……ほんと久しぶりね」


せっかく女神様に、どれだけ食べても太らない体質にしてもらったわけだし。魔族とか魔王とかよくわかんないことより、やっぱりまずは美容と健康。おいしいものが、最優先よね!

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