「今夜のメニューは透明トメトとミズウミウシのチーズのピザ、スベスベマンジュシャゲガニのスープと、ヒノトリの玉子焼きでーす!」
アヤとタピに連れられて、私たちは食堂らしき部屋へと移動する。
「おや、噂をすれば……おはよう、ルリちゃんだったかな?」
奥の席にはすでに、タピのおばあちゃんらしき女性とレン先生が並んで座っていた。
「あなたがホークさん……? 今は絵の中にいるって、聞いたんですが……」
「表向きにはな。この屋敷の中でなら、ある程度自由には動ける」
「そうなんですね……。あ、ベッドをお借りしたうえ、夕食までお邪魔してしまって、すみません」
「気にするな。元はといえば、ファムファタール女学院のレン・デ・カシャグラ大先生がついていながら、手も足も出なかったのが悪いんだからな」
ホークさんが満面の笑みでレン先生を見ると、レン先生の目が一瞬だけ、ゴミを見るような目になった、気がした。
「チッ……力及ばず、申し訳ありません」
今絶対舌打ちした! そういえば、学校でレン先生の正体が鏡の魔女、つまりサイカ・ワのおばあちゃんなんじゃないかって噂を聞いたことがある。だとすれば、灰の魔女……ホークさんとは知り合いだったりする……?
「ちょっとばあちゃん! 悪いのは全部あの鬼勇者だし。レンちゃん先生は、良くやってたし!」
「タピ君、君もなかなか上から目線だぞ」
「あれ? そうなっちゃう?」
「まあまあ。今は私も、皆さんと同じパーティーの一員ですから」
トゥーラが注意すると、レン先生が大人の対応を見せる。でも一瞬だけ、ホークさんと頬を引っ張り合っていたようにも見えた気がするけど……気のせい? するとサイカ・ワが、空になった器を持ち上げた。
「みなさんも冷めないうちに食べてください。アヤメさん、ちなみに玉子焼きのおかわりはありますか?」
「え、ラノ君の分、もう食べちゃったの?!」
「後味だけでもピザ三枚はいけますが、余ってるならほしいです」
「わ、わかった! もっと持ってくるね……!」
アヤはニヤけた口を隠すように、そそくさと部屋を出て行った。どうやらアヤ手作りの玉子焼きはサイカ・ワの口に合ったようで、安心半分、喜び半分といったところだろう。かわいいヤツ。
「マジで彼ぴっちって、昔から玉子焼き大好きだよねー」
「ほんとほんと」
するとタピがピザを切り分けながら、ヴァレッタのほうを見る。昔から……?
「ちょっとタピ、昔からって……あんたサイカ・ワと知り合いだったっけ?」
「ちっちゃいときの話だけど、ばあちゃんが彼ぴっちのばあちゃんの家に行くときに、何回かついていってたからねー」
確かに灰の魔女と鏡の魔女が知り合いなら、その孫同士が知り合いでもおかしくはないか。
「そういえばそうでしたね……。でもヴァレッタさんとは、昨日が初対面のはず……いや」
しかしサイカ・ワは何かに気づいたようで、タピから受け取ったピザを食べる手を止める。
「まさかあのとき、タピさんと一緒にいた短パン小僧って……」
「失敬な! それちっちゃいときの私! ……まぁこっちも、彼ぴ氏のことはなんか暗いのがいるって思ってたけど……」
ヴァレッタが頬を膨らます。タピだけでなく、ヴァレッタもサイカ・ワと知り合いだったなんて……。
「再会した幼馴染が女の子だった……。また強烈な属性が出てきよったな……」
ホークさんが、スープを片手にため息をつく。アヤが今いなくて本当に良かった。
「いやいや、そんなこと言ったらタピ氏だって! ちっちゃいときの彼ぴ氏に憧れて、魔法使いになるって決めてたじゃん!」
「いやいやいや! あのときの彼ぴっちは年相応なカッコ良さもあったし? まさかそのまんまおっきくなってるとは思わなかったけど……ていうかそれに私、付き合うなら彼ぴっちみたいなかわいい系がいいけど、結婚するならトゥーラみたいな、王子様系がいいし!」
油断していたトゥーラが思いっ切りせきこむ。
「待て! 君たちの痴情のもつれに私を巻き込むな! ……る、ルリ君、私はサイカ君とは、本当に初対面だからな!」
「えー、ほんとかなー? あ、アヤが戻ってきた」
「え、なに、どうかした?」
アヤが山盛りの玉子焼きをサイカ・ワの前に置く。サイカ・ワは臆することなく、自分の皿に玉子焼きを取り分けていく。
「んー、なんかアヤの恋路を邪魔しないのって、トゥーラだけかもよ?」
「え、え……?」
見る見るアヤの目が回っていく。ごめん、言わないほうがいいってわかってたけど、魔が差しちゃった。
「だから、君たちの痴情のもつれに私を巻き込むな! それにタピ君、王子様系が好みなら、あの勇者ヒイロも当てはまるんじゃないのか?!」
「いやいやー、あれは王子様系っていうか、オレ様系? よりもっとひどくない?」
「そうなのか? 私にはその王子様系というのがよくわからないのだが……」
「それにあいつ、生徒会長と付き合ってますよ?」
「「「マジで?!」」」
レン先生がさらっと彼のプライベートを暴露する。レン先生も、かなり鬱憤が溜まってるらしい。
「そういえばあいつも、アヤメ氏がいた世界から召喚された勇者なんでしょ? それこそ、アヤメ氏と知り合いだったりとかしないの?」
「…………」
ヴァレッタの一言で、今度はサイカ・ワが震える番になる。まぁでも、アヤばっかり嫉妬するのも不公平でしょ。ただ今のアヤに、そんな恋の駆け引きをする発想はなさそうだった。
「知り合い? うーん、それはないと思うよ? ヒイロさんも何も言ってなかったし……ねぇルリ?」
「そ、そうね……」
…………それが、そうでもなかったりする。さっき彼に襲われたとき、私は最後までほっとかれた。トゥーラやヴァレッタ、レン先生までもが倒れていく中、私はギリギリまで直接攻撃されることなく、戦わされ続けた。そして最後の一人として一対一に持ち込まれ、難なく彼に押さえ込まれたとき、彼は私だけに聞こえる声で、こう言った。
「勇者アヤメ以外を……この世界の人間を、信用するな。かつて芸能界にいた、ルリ嬢なら……サイレントマジョリティの手のひら返しを、その身をもって味わったはずだ」
「ルリ嬢って……その、呼び方……!」
その直後、私はノックアウトされた。ルリ嬢……。この呼び方は、元の世界で私がキュアソルのメンバーだったころ、割と初期にファンの間で定着した愛称だった。その後、事務所が力を入れ始めた別のグループのリーダーの愛称として使うことが決まり、暗黙の了解で私の愛称は変更。結局ルリルリとなり、私が自称するようになったことでファンの間でも浸透していった。そして私のことをルリ嬢と呼ぶ人は、いなくなった。……つまり。
「…………はぁぁ」
勇者ヒイロは私の、古参ファンの可能性がある。