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第56話 8-5【視点R】短パン小僧のヴァレッタ・ガタキリ

「今夜のメニューは透明トメトとミズウミウシのチーズのピザ、スベスベマンジュシャゲガニのスープと、ヒノトリの玉子焼きでーす!」


アヤとタピに連れられて、私たちは食堂らしき部屋へと移動する。


「おや、噂をすれば……おはよう、ルリちゃんだったかな?」


奥の席にはすでに、タピのおばあちゃんらしき女性とレン先生が並んで座っていた。


「あなたがホークさん……? 今は絵の中にいるって、聞いたんですが……」


「表向きにはな。この屋敷の中でなら、ある程度自由には動ける」


「そうなんですね……。あ、ベッドをお借りしたうえ、夕食までお邪魔してしまって、すみません」


「気にするな。元はといえば、ファムファタール女学院のレン・デ・カシャグラ大先生がついていながら、手も足も出なかったのが悪いんだからな」


ホークさんが満面の笑みでレン先生を見ると、レン先生の目が一瞬だけ、ゴミを見るような目になった、気がした。


「チッ……力及ばず、申し訳ありません」


今絶対舌打ちした! そういえば、学校でレン先生の正体が鏡の魔女、つまりサイカ・ワのおばあちゃんなんじゃないかって噂を聞いたことがある。だとすれば、灰の魔女……ホークさんとは知り合いだったりする……?


「ちょっとばあちゃん! 悪いのは全部あの鬼勇者だし。レンちゃん先生は、良くやってたし!」


「タピ君、君もなかなか上から目線だぞ」


「あれ? そうなっちゃう?」


「まあまあ。今は私も、皆さんと同じパーティーの一員ですから」


トゥーラが注意すると、レン先生が大人の対応を見せる。でも一瞬だけ、ホークさんと頬を引っ張り合っていたようにも見えた気がするけど……気のせい? するとサイカ・ワが、空になった器を持ち上げた。


「みなさんも冷めないうちに食べてください。アヤメさん、ちなみに玉子焼きのおかわりはありますか?」


「え、ラノ君の分、もう食べちゃったの?!」


「後味だけでもピザ三枚はいけますが、余ってるならほしいです」


「わ、わかった! もっと持ってくるね……!」


アヤはニヤけた口を隠すように、そそくさと部屋を出て行った。どうやらアヤ手作りの玉子焼きはサイカ・ワの口に合ったようで、安心半分、喜び半分といったところだろう。かわいいヤツ。


「マジで彼ぴっちって、昔から玉子焼き大好きだよねー」


「ほんとほんと」


するとタピがピザを切り分けながら、ヴァレッタのほうを見る。昔から……?


「ちょっとタピ、昔からって……あんたサイカ・ワと知り合いだったっけ?」


「ちっちゃいときの話だけど、ばあちゃんが彼ぴっちのばあちゃんの家に行くときに、何回かついていってたからねー」


確かに灰の魔女と鏡の魔女が知り合いなら、その孫同士が知り合いでもおかしくはないか。


「そういえばそうでしたね……。でもヴァレッタさんとは、昨日が初対面のはず……いや」


しかしサイカ・ワは何かに気づいたようで、タピから受け取ったピザを食べる手を止める。


「まさかあのとき、タピさんと一緒にいた短パン小僧って……」


「失敬な! それちっちゃいときの私! ……まぁこっちも、彼ぴ氏のことはなんか暗いのがいるって思ってたけど……」


ヴァレッタが頬を膨らます。タピだけでなく、ヴァレッタもサイカ・ワと知り合いだったなんて……。


「再会した幼馴染が女の子だった……。また強烈な属性が出てきよったな……」


ホークさんが、スープを片手にため息をつく。アヤが今いなくて本当に良かった。


「いやいや、そんなこと言ったらタピ氏だって! ちっちゃいときの彼ぴ氏に憧れて、魔法使いになるって決めてたじゃん!」


「いやいやいや! あのときの彼ぴっちは年相応なカッコ良さもあったし? まさかそのまんまおっきくなってるとは思わなかったけど……ていうかそれに私、付き合うなら彼ぴっちみたいなかわいい系がいいけど、結婚するならトゥーラみたいな、王子様系がいいし!」


油断していたトゥーラが思いっ切りせきこむ。


「待て! 君たちの痴情のもつれに私を巻き込むな! ……る、ルリ君、私はサイカ君とは、本当に初対面だからな!」


「えー、ほんとかなー? あ、アヤが戻ってきた」


「え、なに、どうかした?」


アヤが山盛りの玉子焼きをサイカ・ワの前に置く。サイカ・ワは臆することなく、自分の皿に玉子焼きを取り分けていく。


「んー、なんかアヤの恋路を邪魔しないのって、トゥーラだけかもよ?」


「え、え……?」


見る見るアヤの目が回っていく。ごめん、言わないほうがいいってわかってたけど、魔が差しちゃった。


「だから、君たちの痴情のもつれに私を巻き込むな! それにタピ君、王子様系が好みなら、あの勇者ヒイロも当てはまるんじゃないのか?!」


「いやいやー、あれは王子様系っていうか、オレ様系? よりもっとひどくない?」


「そうなのか? 私にはその王子様系というのがよくわからないのだが……」


「それにあいつ、生徒会長と付き合ってますよ?」


「「「マジで?!」」」


レン先生がさらっと彼のプライベートを暴露する。レン先生も、かなり鬱憤が溜まってるらしい。


「そういえばあいつも、アヤメ氏がいた世界から召喚された勇者なんでしょ? それこそ、アヤメ氏と知り合いだったりとかしないの?」


「…………」


ヴァレッタの一言で、今度はサイカ・ワが震える番になる。まぁでも、アヤばっかり嫉妬するのも不公平でしょ。ただ今のアヤに、そんな恋の駆け引きをする発想はなさそうだった。


「知り合い? うーん、それはないと思うよ? ヒイロさんも何も言ってなかったし……ねぇルリ?」


「そ、そうね……」


…………それが、そうでもなかったりする。さっき彼に襲われたとき、私は最後までほっとかれた。トゥーラやヴァレッタ、レン先生までもが倒れていく中、私はギリギリまで直接攻撃されることなく、戦わされ続けた。そして最後の一人として一対一に持ち込まれ、難なく彼に押さえ込まれたとき、彼は私だけに聞こえる声で、こう言った。


「勇者アヤメ以外を……この世界の人間を、信用するな。かつて芸能界にいた、ルリ嬢なら……サイレントマジョリティの手のひら返しを、その身をもって味わったはずだ」


「ルリ嬢って……その、呼び方……!」


その直後、私はノックアウトされた。ルリ嬢……。この呼び方は、元の世界で私がキュアソルのメンバーだったころ、割と初期にファンの間で定着した愛称だった。その後、事務所が力を入れ始めた別のグループのリーダーの愛称として使うことが決まり、暗黙の了解で私の愛称は変更。結局ルリルリとなり、私が自称するようになったことでファンの間でも浸透していった。そして私のことをルリ嬢と呼ぶ人は、いなくなった。……つまり。


「…………はぁぁ」


勇者ヒイロは私の、古参ファンの可能性がある。

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