「と、いうわけで……鏡の森の新しい仲間、ゴッデスマーライオンのマーちゃんです!」
今は初夏、
「これでアヤメちゃんとも、一緒に入れるね!」
ルリさんにべったりのアリスが、ルリさんの周りをくるくると駆け回っている。この鋼の獅子は、女神の加護を薄めるお湯を生成できるらしい。これを温泉に混ぜればアヤメさんも、魔族であるルリさんやアリスとも一緒に入れるようになるはずだ。
「しっかし……女神の使い魔を一人で打ち負かすとは、さっすが勇者様だな」
ドラキュラのザックが、真っ黒な日傘の陰でわざとらしく笑う。ちなみに今朝は、鋼の獅子の様子を見に来ただけなのでアヤメさん含め、みんなちゃんと服を着ている。
「でもアヤが無事で良かった。一人で風呂に入ってる時を狙うなんて、女神も悪趣味よね」
「そ、そうよね……」
アヤメさんが少し気まずそうにこちらを見る。確かに鋼の獅子はアヤメさん一人で倒したけど、一人で風呂に入っていたわけではない。……僕もいた。でも、何となくアリスの教育に悪そうだからという理由で、僕はその場にいなかったことにすることになった。ルリさんとザックは気づいてそうな気もするけど……。ていうか、サキュバスの教育に悪いって何だろう。
「まぁ、見たところ彼女も大人しくしていますし、しばらくは様子を見ましょう」
鋼の獅子は僕に撫でられても、特に抵抗はしてこない。アヤメさんの横で丸くなって、静かに寝息を立てている。
「それで、今日はどうしましょうか?」
元々の予定では、まず七月七日に王都にて、魔王城攻略への進軍に先駆けて行う式典に参加。その後民衆に見送られながら出発。翌日の八日、結界の四方にそれぞれのパーティーが配置完了してから、一斉攻撃を仕掛ける手筈だった。そのため、式典の前日である今日、僕たちは王都に現地入りしておいて、アヤメさんの命日である明日はあまり出歩かないようにするつもりだった。
「確かに……どうしよっか?」
しかし昨日、女神が一人目の勇者、ヒイロさんにアヤメさんの命日を告げたことで、縁起が悪いからと予定は変更。式典は明後日の八日、決戦は九日にずれた。そこで、七日に出歩きたくない僕たちは、式典当日の八日に王都に行くことに決め、その結果、今日と明日はやることがなくなった。
「ヒイロさんは良かれと思って延期してくれたみたいですが、逆に予定が狂いましたね」
「何言ってんの、絶対アヤのためじゃないって! あいつは魔王に、確実に勝ちたいだけよ」
ルリさんがアリスの頬をつつきながら言う。ルリさんも、昨日ヒイロさんにボコボコにされたことをまだ根に持っているようだ。アリスは「むひゅー」と空気を漏らしながら、されるがままになっている。
「お、やっと勇者を潰す気になったか? 魔王軍四天王様」
「アヤじゃなくてあいつなら、どさくさに紛れてメッタ刺しにしてやってもいいわよ」
ザックとルリさんの物騒な会話に、アヤメさんがまた苦笑いをする。
「そ、そういえば……タピたちはどうするんだろ?」
「確かにあの三人も、学校を休む手続きはしてるはずですね……」
タピさん、トゥーラさん、ヴァレッタさんのタトバトリオも、アヤメさんのパーティーとして魔王城攻略には参加するため、その期間学校を休む許可は取っているはずだ。そんな話をしていると、アヤメさんのバッジ型の学生証が、振動した。
「あ、噂をすれば……もしもし?」
アヤメさんが胸元のバッジを外し、耳に当てる。マジックアイテムを経由した念話……? 器用なことをするんだな。確かこの学生証には、地面に投げつければ魔法陣が起動して、ファムファタール女学院に強制転移できる緊急脱出用の機能もあったはずだ。
「……オッケー! じゃあ、また後でね」
「誰からでしたか?」
「タピから! 昨日の夜近くの農園で、
アヤメさんが髪を結びながら答える。命日前日だというのに、相変わらず人助けとは……。いや、僕のほうが、女神の言葉を信用し過ぎているだけなのか……? アヤメさんがタピさんたちに命日のことを話したときも、あの三人はあまり信じていない様子だったらしいし……。
「……そうですか。それでアヤメさん、念話のときはいつもそのバッジを使ってるんですか?」
「そうよ。実は私、頭の中に他人の声が聞こえてくるのに、まだ慣れてなくて……。だからラノ君も、私に念話するときはこのバッジをイメージしてほしいな。電話みたいに」
物に向かって話しかけるイメージとは……。慣れないけど、ひとまずやってみよう。アヤメさんのいた世界には魔法が存在しないと聞いていたけど……そのデンワを使って物に話しかけるというのは、よくあることだったのだろうか。
「わかりました。ですがしばらくの間は、アヤメさんのそばを離れるつもりはありませんので……その必要はなさそうですね」
「「「ひゅー!!!」」」
「……え?」
アヤメさんのバッジから、タトバトリオの囃し立てるような声が聞こえる。まだ念話を切ってなかったのか。いや、それより別に、僕は間違ったことは言ってないはず……。
「ちょ、ちょっとラノ君、みんなの前で、そんないきなり……!」
「え……?」
「あ、いや! ……その、嬉しいけど!」
髪を結んだせいで、アヤメさんの赤くなった耳が目立つ。みんなの前でって、別に……いや、でも、言われてみれば……。そばを離れるつもりはないって……。
「あ、サイカも真っ赤になった!」
「家だからって油断したな」
「お面つけてないから、顔が赤くなったのバレバレよ」
今度はアリス、ザック、ルリさんの魔族トリオに冷やかされる。
「ラノ君、その……私も、これからずっとラノ君から、離れないから」
髪を結び終えたアヤメさんが、優しく微笑む。
「…………」
もう僕は、とっくの昔に対人麻痺状態になってしまっていた。
「おうち帰る……」
「……ここ、ラノ君のおうちよ?」
そうだった…………。