農園に辿り着いた僕たちを出迎えてくれたのは、若い男性一人だった。
「なーんだ、今日来てくれるのって、女勇者様のほうだったのか。まぁ、大勇者ヒイロ様が、
タピさん、トゥーラさん、ヴァレッタさんのタトバトリオの目つきが鋭くなる。するとタピさんが口を開く前に、アヤメさんが愛想笑いで答える。
「申し訳ないです……。ヒイロさんはお忙しい方なので」
「まぁ、そうだろうね。そう言えば、魔王討伐の式典も一日ずれたらしいし……まさかあんたのせいじゃないよね?」
「っ……!」
男性の鋭すぎる指摘に、さすがのアヤメさんも面食らう。慌てて僕が間に入る。
「すみませんが、そろそろ
「おっと、悪い悪い。それじゃあ早速、行くとするか!」
男性はようやく立ち上がり、僕たちもそれについていく。悪意もなく、悪い人でもない。ただ、王都に近づくにつれ人の質が下がるというのは、よく聞く話だった。アヤメさんがすんなり大人の対応をしているあたり、王都にいたころに何度か、こういう経験をしているのかもしれない。
「ここの農園は、あなた一人で?」
タトバトリオが彼に敵意剥き出しで何も喋らなくなっため、アヤメさんが話を振る。
「いや、妻と息子の三人で、あと姉貴の旦那がたまに手伝ってくれるよ。客商売は姉貴たちのほうが上手いからな。俺は力仕事ってわけだ」
どうやらこの農園は、家族ぐるみで経営しているらしい。確かに、彼に客商売は向いてなさそうだ。
「この辺りは何も育ててないみたいですが、もう収穫が終わったとか……?」
「ん? もしかして見たことないのか? だったらちょうどいいや。ちょっと魔力を放ってみなよ」
「魔力? この畑にですか?」
「そうそう」
「わかりました……」
アヤメさんが、何も生えてないように見える畑の一角に魔力を放つ。するとその魔力に反応して、一面の透明トメト畑が姿を現した。
「「おー……」」
アヤメさんとルリさんが、小さく感嘆の声を上げる。二人とも最近この世界に召喚されただけあって、初めて見たようだ。
「透明トメトは、一定の魔力を受けると透明化が解除される魔法植物です。一説には、ある程度の魔力を持ち長距離を移動できる強い魔物に食べてもらうことで、遠くまで種を運んでもらえるよう進化したと言われています」
「ボウズ、よく知ってんなー。収穫したら半透明になるから、ほとんど普通のトマトなんだけどな」
昨夜のピザにも使われていた一般的な食材で、僕も鏡の森で育てている。ちなみに魔力の弱い害虫の前では透明になるので食い荒らされにくく、普通のトマトより育てやすかったりする。
「でもありがとよ。女勇者様の魔力を浴びた透明トメトって触れ込みで売り出せば、高値がつきそうだ」
「きもっ……」
「タピ君!」
「……ちの良い風ですねー!」
無風の農園で、思わず本音が漏れたタピさんが慌ててごまかす。
「ん? 嬢ちゃん、風なんて吹いて……」
(ストック、
「……あれ?」
無声詠唱でサイクロンの魔法を唱え、タピさんが言った通りに風を起こす。するとアヤメさんの魔力も霧散し、透明トメトの畑は元通り透明になった。
「ここら辺は風なんて滅多に吹かないんだけどな。
「そ、そうかもしれませんね……」
タピさんが僕に向かって、小さく手を合わせる。風を起こす魔法を僕が使ったことに気づいたようだ。やはり魔法使いなだけあって、魔法の気配には敏感らしい。
「それで、
僕は畑の向こう側に見える森を指差しながら、男性に尋ねた。
「ああ。でも真夜中だったし、俺は直接見てないからそれ以上のことは何とも……」
「そうですか。それでは早く行って片付けましょう」
「いや、それよりあんたら、見たところ武器を持ってないようだが……まさか、丸腰で行く気か?」
「ご心配なく」
僕が即答すると、アヤメさんも頷く。
「案内ありがとうございました。ここからは、私たちだけで行きます」
アヤメさんが右手を掲げ呪文を唱えると、他のみんなも次々と武器を召喚していく。
「
「法螺の杖・レディ!」
「ゴブリバーン・レディ」
「ガタキリバット・レディ」
「
「……」
「…………あ、僕もですか?」
みんなが一斉にこっちを見るので、僕もしぶしぶお気に入りの赤い杖を召喚した。そう言えばトゥーラさんも、今日はいつもの大剣を背負っていなかった。どうやらみんな、武器を召喚する魔法を覚えたらしい。
「ヒューマンケイン・レディ」
アヤメさんの