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第62話 9-5 【視点A】闇のギャル、二葉クルミ

「アヤ! 隠れて!」


ルリが顔色を変えて私に叫ぶ。私は咄嗟にラノ君の後ろに隠れて、魔鎧の視線から外れようとする。……でももう、その何もかも見透かしたようなその瞳は、すでに私を捉えていた。


(偽物ノ、勇者ダ……!)


頭の中に、他人の声が聞こえてくる。今まで魔鎧に遭遇したときも、いつもそうだった。


(魔王ニモ勝テナイ勇者……魔鎧ニモ勝テナイ勇者……)


何度も何度も、響いてくる声。


(偽物ハ……私タチノ世界カラ……出テユケ!)


何人もの人の声が重なって聞こえる……怨念。


「キャアアアアアアアアアアアア!」


そして次の瞬間、魔鎧が人間そっくりの悲鳴を上げる。私とルリ以外の四人全員が、戸惑っていた。


「え、何、超うるさいんだけど?!」


「断末魔……? いや、私たちはまだ攻撃していないぞ……?」


「そもそも魔鎧の鳴き声なんて、初めて聞いたし……」


やっぱり……魔鎧が鳴くのは、偽物の勇者……私を見つけたときだけ……? だとしたら、史上最弱の魔物と言われている魔物、魔鎧の狙いは……。


「…………」


魔鎧の、生まれた意味は……私の、命を……。


「ストリス、43フォースリー!」


ラノ君がフローズンの魔法で、魔鎧を凍らせる。すると、その悲鳴も止まる。


「ラノ君……」


……でも、もう木々の隙間を埋め尽くすように、大量の魔鎧が私を見つめていた。そしてまた、それぞれが悲鳴を上げ始める。


「まぁまぁヤバいでしょ?! アヤと私が魔鎧に勝てない理由、わかってくれたかしら……?!」


ルリが杖を構え、悲鳴でかき消されないよう声を大きくしてラノ君に笑いかける。まぁまぁヤバいという表現は、ルリが焦ったり強がっているときに出てくる口癖だった。


「驚きました。そもそも魔鎧に、鳴き声なんてものが存在するとは。そしてそれを使って、こうして仲間を呼び寄せることができるとは……」


一方のラノ君は、冷静に状況を分析しているように見えた。私もそうしようと、意識を集中する。でもどうしても、あの日の記憶が、視界と重なる。


(アヤメ、逃げて!)


魔王城の大結界の前で、魔王軍四天王の一人と初めて戦ったときの記憶。あの日、クルミちゃんだけがあの場に残り、私とソラとマシロ君の三人は、何も成し得ないまま……王都まで逃げ帰った。


(アヤパイセン、早くこっちへ!)


(千歳……二葉は、もう……)


誰が見てもわかる致命傷。クルミちゃんは四天王の攻撃で、身体の下半分が、なくなっていた。


(クルミちゃん……! 私の、せいで……!)


クルミちゃんの顔色が、みるみる悪くなっていく。魔法で意識を保ってはいるけど、それが長くは続かないことくらい、私にもわかっていた。


(アヤメ、ストップ!)


それでもクルミちゃんは、いつもと同じ優しい笑顔で叱ってくれる。


(クルミちゃん……!)


(背負いこんじゃダメ。羽織るくらいにしないと)


クルミちゃんは私と同じ、召喚された勇者一行の一人で、役職は魔法使いだった。でもなぜか、魔法はずっと苦手だった。理由は最後までわからなかったけど、それでもクルミちゃんの言葉の魔法に、私は最後まで助けられた。


(今日から私は、アヤメの背後霊……じゃなくて、守護霊にランクアップしたんだから、さ!)


(でも……。でも……!)


クルミちゃんが私たちに向けて、杖を構える。


(私の見せ場、無駄にしないでよね)


(待って……!)


(スタートレイン・リスタートリップ)


クルミちゃんの最後の魔法が、私とソラ、マシロ君の三人だけを、安全な場所へと転移させる。


(ウケる……。最後の魔法が、やっと一発で、成功するなんて、ね……)


「クルミちゃん!!!」


(またね、アヤメ……。次会うときは、きっと私は、あんたの……)


「アヤメさん」


「………………え?」


気がつくと私は、無音の書斎の、本棚の前に立っていた。


「大丈夫ですか?」


「ラノ君……?」


仮面をつけていないラノ君が、本棚の向こうから顔を出す。魔鎧の鳴き声は、一つも聞こえてこない。


「精神治癒の魔法が必要ですか?」


「だ、大丈夫。それより、みんなは……?!」


「結界の外で待ってもらっています。外の時間はほとんど経ちませんし、全員で入ると出るときに使う一度に必要な魔力量が人数分増えるので、順番にお呼びすることにしました」


「そ、そう……」


千年魔書魔炉せんねんましょまろ。ラノ君の魔導書、サイコーヒストリアを使って発動する本結界。入ると千年出られないけど、ラノ君の力を借りれば出ることができる。そして結界の中で千年過ごしても、外の時間は十秒くらいしか経たないらしい。


「ヴァレッタさんにも、先程ここで流星魔法を伝授しました」


「……」


二人っきりで……? 他の、みんなとも……? モヤモヤとした感情が、不安で押し潰されそうになっていた私の心を燃え上がらせていく。私が、しっかりしないと……ラノ君が本当にられちゃう!


「これからアヤメさんにも、作戦を伝えます」


「作戦って……でも、私がいる限り、魔鎧は仲間を呼び続けるのよ?」


「そうですか。やはり魔鎧は、勇者様であるアヤメさんを狙って……?」


「……そう、みたいね。ああやって鳴き声で仲間を呼ぶのは、私と戦うときだけみたいだし」


「わかりました。なのでひとまず、あそこにいる全ての魔鎧を捕まえて、外界と隔離します。鳴き声を上げても、これ以上仲間を呼べないように」


「外界と隔離……? もしかして、あれ全部ここに閉じ込めるの?」


そんなことしたら、ここにある本棚や魔導書がグチャグチャになっちゃいそうだけど……。


「いいえ。僕の結界は魔物を捕まえるのに適していません。だからアヤメさん、あなたの本結界を使います」


「私の……?」


「町でヒノトリを倒したときのように、アヤメさんのライブ会場に魔鎧を閉じ込めて、一網打尽にします。今回は客席に魔鎧だけを放り込んで、僕たちは全員ステージ上に配置する設計でお願いします」


ってことは、またあのミイラの衣装着なきゃいけないってこと……? 昔自分でデザインしたのは間違いないけど、私にも恥ずかしいっていう感情はあるんだけど……。


「それって、みんなの前でまたあの格好になるってことよね……?」


「自分で再設計できそうになければ、そうなります。でも、人狼の格好とそんなに変わりませんよ」


人狼の格好って、私がよく使う、ルリがデザインした毛皮の衣装のやつのこと……?!


「いや、変わるから! 全然違うから!」


「そうですか……?」


ラノ君も結局、衣装のこと布面積でしか見てないんだ……。ぐぬぬ……!


「とにかく、やってみるけど……あんまりジロジロ見ないでよ!」


「二日連続で入浴中に夜這いしに来ておいて何言ってるんですか。それにこれは、好機なんですよ」


昨日と一昨日、一緒にお風呂に入って見慣れ過ぎたからなのか、ラノ君は茶化すこともなくため息をつく。


「史上最弱の魔物、魔鎧にすら勝てない史上最弱の勇者。その汚名を返上して、今日この場で、魔鎧との因縁に決着をつけましょう」


困ったときに助けてくれない人たちの言うことは、アイドルを始めたころから気にしないようにしてきたけど……ラノ君に改めて言葉にされると、少し複雑。でも、見返してやれるなら、やるしかない!


「……わかったわ。やってやろうじゃない!」


我ながら、すっかり調子を取り戻した私は、女神様からもらった手帳みたいな魔導書、名付けて『千歳アヤメの備忘録』を足元に落とす。


言ノ葉声刃ーコトノハセイバー、セットアップ」


そして聖剣、言ノ葉声刃ーコトノハセイバーを突き立てると、柄の部分がよりマイクっぽく変形し、聖なるマイクスタンドが完成する。


「アヤメミーラ、オンステージ!」


聖剣を引き抜くと同時に、魔導書のページがパラパラと捲れ上がる。地面から吹き上がった青白い魔力の光が、辺りを包んだ。


「Ladies and gentlemen! Welcome to cure☆sol world!」


会場のスピーカーから、ルリの声が聞こえてくる。


「みんな、いくよ!」


この世界に来て、二回目のキュアソルのライブ。私たちの、ステージが始まる。

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