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第3話

 ユズナは、ナノカに自分のギフトについて話すことにした。ナノカだけに話させるのはフェアじゃなかったから。


 彼女のギフトに、ナノカのように名前をつけるとしたら、「±(ギブ・オア・テイク)」だろう。本当はわかりやすく「プラス・マイナス」にしたかったが、近年ちょっと悪目立ちした名前だったからやめることにした。だから実験科学で使われる読み方にした。


 ユズナは、そのギフト「±(ギブ・オア・テイク)」によって、プラスのものをマイナスに、マイナスのものをプラスに変える力を持っていた。プラスもマイナスもゼロにすることもできた。


 例えば食事だ。

 彼女は料理を口に運ぶ際に、そのカロリーをマイナスやゼロにすることで、シンデレラ体重を維持していた。


 シンデレラ体重とは、10代~20代の女性の間で理想の見た目になれるとされていた体重のことで、それを目指してダイエットする人は多い。

 最も健康的に生活できるといわれている標準体重よりもかなり軽く、身長が156cmのユズナの場合、標準体重は約53.5kgだが、シンデレラ体重は約43.8kgとなり、約10kg軽くなる。


 その話をすると、


「いいなぁ、うらやましい……」


 ナノカはスクール水着の上からお腹の肉をプニプニとつまんでいた。


 そういえば、ユズナの両親や兄もまた、ギフトらしき不思議な力を持っていた。


 父は一度観た映画やドラマ、アニメを隅々まで記憶しており、テレビに触れるだけで、その映像をいつでも映し出すことができた。

 サブスクでほとんどの作品が見放題になってからはほとんど役に立たなくなってしまっていたけど。


 母はパートで夕方まで働いていたが、何故か彼女が帰ってくる頃には、掃除や洗濯、夕飯の支度までが終わっていた。

 どうやら、パートの仕事をしながら、脳波か何か遠隔操作で家事をしているようだった。


 兄は、ロボットアニメのプラモデルを組み立てるのが趣味だった。

 子どもの頃からずっと、素組みというただ組み立てるだけで塗装などは一切しないタイプなのだが、プラモデルが完成したときにはしっかりと設定通りの色になっているから不思議だった。

 それだけでなく、内部構造までがアニメの設定通りに再現されていた。

 基本設定以外にも、兄が作りたいと思う設定で作ることができたし、作画崩壊回のロボットを再現したりもしていた。

 しかも、そのプラモデルは、やはり兄の脳波か何かで遠隔操作可能な小型のドローン兵器になっていた。


 兄はただ素組みをしているだけなのに、そのプラモデルには1体あたり20~80万円の高値がつく。

 そのため、フリーランスのプラモデラーとして月に2~3体の仕事をし、それ以外は趣味としてプラモデルを組み立てては、プラモデル同士を戦わせたりしていた。


 3人とも娘や妹の学校の夏服がスクール水着に変わってしまったことを知っていたのかもしれない。

 けれど、やはり受け入れられなかったから、あえて彼女に伝えなかったのかもしれなかった。


「お互いこんな格好受け入れられないけど、パナギアに感染するわけにはいかないから、ユズナちゃんもおうちに帰ったらスク水ちゃんと着なきゃね?」


 やっぱりわたしもスクール水着を日常的に着用しなければいけないんだな、ユズナは思った。


 将来結婚したいと思うかどうかもわからないし、子どもが欲しいと思うかどうかもわからないけれど、欲しいと思ったときに赤ちゃんが産めない体になってるのは嫌だなと思った。

 予防効果が本当にあるのなら、スク水もニーハイも着るしかなかった。

 学校はお兄ちゃんに車で送り迎えしてもらえばいい。


 問題はナノカだった。


「ナノカちゃんの家ってどこ? わたし、厩戸見市(うまやどみし)ってところなんだけど」


 彼女はきっと、明日も通学中に電車を途中下車することになるだろうから。

 家が近ければ、彼女のことも兄の車に乗せることができると思った。


「わたしも一緒だよ。厩戸見市の中の、前は逆十字山村(さかさじゅうじやまむら)だったところだから」


 ナノカと地元が同じだったなんて、ユズナは知らなかった。

 同じ市内だけれど、旧・逆十字山村なら小学校も別だったし、最寄り駅は厩戸見駅ではなく、砂古城駅(さこぎえき)になるからかもしれなかった。

 だから、今まで駅で顔を合わせることがなかったのだろう。

 ユズナがこの駅で途中下車したとき、ナノカはすでにホームのベンチに座っていた。毎朝乗る電車もきっと違うものだったのだろう。


「ナノカちゃん、電車で帰るの無理そうだよね? うちのお兄ちゃんに車で迎えに来させようと思うんだけど、一緒に乗ってく?」


 ユズナがそう言うと、ナノカは満面の笑みで頷いた。

 その笑顔は本当にかわいかった。



 ユズナの兄・ 樽美ユイトは、30分ほどで駅前まで迎えにきてくれた。


「やぁ、ユズナ、やっぱり知らなかったんだね」


 今日からの制服が夏服じゃなくスク水だっていうことを、という意味だったのだろう。

 兄はやはり知っていたのだ。

 知っていたなら教えてくれればいいのにと思った。

 だけど、そんなことはどうでもよかった。

 愛車のミライースのドアにもたれかかり、手を振る兄の姿の方が問題だった。


 兄は、ユズナのスクール水着を着て、手を振っていたからだ。

 ニーハイまでちゃんと履いていたけれど、靴は履いてはいなかった。

 ユズナにはついていないものがついているため、股間がすごくモッコリしていた。


「何してんだワリャー! わたしのスク水とニーハイが伸びちまうだろうがーー!!」


 ユズナは兄に飛び蹴りした。

 目一杯助走をつけて、全力で。


 ナノカの前で、そんな一昔前のアニメの暴力系ヒロインみたいなまねはしたくなかったけれど、とっさに体が動いてしまった。


「お兄さんに着られたことじゃなくて、スク水が伸びちゃうことに怒るんだ……」


 そんな彼女を見て、ナノカは呆れていた。

 兄を呼んだのは間違いだったかもしれなかった。だけど、両親は仕事に出かけていたし、電車やタクシーはナノカの心がもたないだろうから兄以外に頼れる人はいなかった。


「イテテ……その子がナノカちゃん? かわいい子だね」


「変態は黙って! ナノカちゃんのお耳が汚れる!」


 ユズナはかばうようにナノカの前に立った。


「お耳って……わたしの耳はユズナちゃんのお兄さんの声で汚れたりしないよ?」


「ほんと? 耳が腐ったりとか、引退とかしたりしてない?」


「してないよ。ユズナちゃん、お兄さんと仲がいいんだね」


 ナノカが楽しそうにクスクス笑っていたから、ホッとした。


「お兄さんもそのスク水、よく似合ってます。顔がユズナちゃんとよく似てるからかな?」


「ほんと? ありがとう、ナノカちゃん」


「目かな? 目が腐ったり引退しちゃったのかな? 股間がマルマルモッコリしてるのが見えてないのかな?」


 兄との仲は、確かに悪くなかった。

 こうして電話1本で迎えに来てくれるくらいだから、兄妹仲はむしろいい方だと思う。


 けれど、友達も一緒だと伝えていたのに、そんな格好で迎えに来るような無神経さというか、そんな格好で車を運転してくる無謀さというか、やっていいことといけないことの区別がちゃんとついていないところは好きじゃなかった。

 わたしがちゃんと教育していかないとと思った。



 兄の愛車に乗るとき、ユズナはいつも助手席に座っていた。

 けれど、今日はナノカと一緒に後部座席に並んで座った。


「ナノカちゃんは厩戸見市の子なんだってね。1号線を走って、ドンキがある辺りで南に曲がればいいのかな?」


「あ、はい、そうです。まっすぐサトウこどもクリニックの方に行ってもらえたら、うちはもうすぐそばです」


「あぁ、じゃあ、ヒメナの家の近くか。うちからもそんなに遠くないね」


 ヒメナの家の近く。

 その言葉は、独り言のつもりだったのだろう。


 ユズナは、兄の口から久しぶりにその人の名前を聞いた。


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