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第5話

 兄は、ユズナにごめんごめんと何度も謝って、アマゾンですぐにスクール水着とニーハイを注文してくれた。


「明日の午前中着でいい?」


 と聞かれたけれど、明日は土曜で学校は休みだから、何時着でもよかった。

 月曜の朝にさえ届いていればいいから、明日じゃなくても明後日までに届いてくれればそれでよかった。



 お昼まで二度寝し、昼食をユズナが作ろうとすると、母がパート先から脳波で遠隔操作しているのか、調理器具や食材が勝手に動きだし、お店に出せるくらいおいしいオムライスがふたり分あっという間に出来た。

 長期連休が来るたびに、見かけていた光景だけど、ユズナは本当に便利なギフトだなぁと改めて感心した。


 兄とテレビを見ながらオムライスを食べていると、


「一体何がおもしろいんだろ……」


 とあるテレビ局の、半年ほど前に始まったお昼の帯番組に対して、ユズナは思わずそんな感想が漏れてしまった。


「ん? あぁ、これな。ひどいよな。人気芸人の無駄遣いだよな」


 兄は毎日家にいるからか、見慣れている番組らしく、ユズナの感想に同意してくれた。


「この番組のコーナーの企画会議って、お酒の席で決めたのかな?」


 お酒を飲んだことのないユズナがそう思うくらい、ひどい企画ばかりだった。


 裏番組のワイドショーは司会者の人が偉そうで好きじゃなかったから、チャンネルを変えようと思うと、ひとつしかなかった。

 かつて生放送中にIKEAの椅子を破壊する放送事故を起こしたりしていた伝説の帯番組は、いつの間にかコストコや業務用スーパーの出口調査なんていうつまらないものを流していた。


 あぁ、テレビってこうやって終わっていくんだなと思った。もう終わっているのかもしれなかった。


「なぁ、ユズナ、別に今日でも明日でも明後日でもいいんだけど、久しぶりにドライブにでも行かないか?」


 昨日、駅までユズナとナノカを迎えにきてくれたことは、ドライブにはカウントされていないようだった。ナノカがいたし、どこにも寄り道をしたりしなかったからだろう。


「いいよ。お兄ちゃんとデートしてあげる」


 数時間後、ドライブに誘われたユズナは、市内にあるディスカウントショップで、今まさに18禁コーナーに連れていかれようとしていた。

 2023年6月2日、金曜日の昼すぎのことだった。


「何これ? 何のセクハラ?」


 昨日の今日だというのに、兄は全く反省していなかった。


 兄は、ツタヤとかゲオとかにもある18禁コーナー特有ののれんを、「やってる?」みたいな感じで片手を上げてくぐると、


「ユズナ、ほしいものがあったら、何でも買ってやるからな!」


 目をキラキラさせながらユズナに言った。


「いやいやいやいや、お兄ちゃん? ここに、わたしがほしいものなんてあるわけが……」


 ユズナは、そもそもわたしまだ16だし、と言おうと思ったのだけれど、


「……あった」


 見つけてしまった。


 厳密に言うと、それはユズナがほしいわけじゃなかった。

 男性用のものだったからだった。


 でも、すごく気になるというか……怖いもの見たさというか、なんというか……


 ユズナはそれを手に取ると、パッケージに書かれていた文章を、声に出して読んでみることにした。


「すべてのメンズの永遠の夢! おっぱい4貫の谷間に挟まれる幸せ!!」


 そこには、ユズナたちの他に、兄よりもかなり年上の、いわゆるオジサンと呼ばれる年齢の人たちが数人いた。


 興奮のあまり、大きな声で読み上げてしまったユズナを、おじさんたちがぎょっとした目で見つめていたらしい。小一時間後、兄曰く。


「な、な、なにこれ……いわゆるオ◯ホール的なものの外側に、山ほどおっぱいがついてるとか、もう意味がわかんない……この形……もはや縄文時代の土器!!」


 さっきよりも大きな声で、そのエッチなジョークグッズの箱を手に取り、感想を述べるユズナを、おじさんたちはさらにぎょっとした目で見た。


「ていうか、おっぱいの単位って、一貫、二貫なんだ……お寿司といっしょなんだね……」


 ユズナは手にもっていた箱を棚に戻し、兄を見た。

 兄は、彼女のすぐ隣で、別のオ○ホール的なものを手に取っていた。


 ユズナの視線に気づくと、


「なぁ、ユズナ、洗って繰り返し使えて、770円って安いと思う?」


 兄は、そんなことを訊いてきた。


 ちょ、ちょっとこの人、妹に何聞いてんの!? 馬鹿なの!? と、ユズナは顔を真っ赤にして思った。


「あ、あの、わたしに、聞かないで、も、もも、もらえますか?」


 しどろもどろになりながら、ユズナは答えた。

 兄を辱しめてやろうと思っていたら、見事に兄に辱しめられてしまった。



※ しばらく、ユズナの一人称視点でお楽しみください。



 わたしは、えっちなことにものすごく興味があった。

 中学生の頃から、お兄ちゃんに内緒で、お兄ちゃんの行きつけ(笑)の動画サイトをパトロールしたり、お兄ちゃんがどんなキーワードで検索してたかとかも把握してたりするんだけど……


 実は、その……

 なんていうか……

 わたし、もう高2なんだけど、まだ未経験というか……

 これ以上は、ね? 言わなくてもわかるよね? ね?


 っていうか、これには深い訳があって!

 中学から女子校だったから!


 だから、身近に年が比較的近い異性って、お兄ちゃんくらいしかいなくて……7つも離れてるけど……


 お兄ちゃんは、ちょっとというか、かなり手のかかる人なんだけど、身内のひいき目かもしれないけど、割とかっこいい方だと思うし……


 小学生の頃は、お兄ちゃんのことちょっと好きっていうか、初恋がお兄ちゃんでした! どうもすみません! 


 それなのに、お兄ちゃんはヒメナさんて人といつも仲良くしてて……


 そんな時間がわたしの初恋をじっくりコトコト煮詰めて、いろいろあってヒメナさんがうちに遊びにくることがなくなった頃には、いっしょにいるだけでドキドキしちゃうっていうか、顔は真っ赤になっちゃうし、手汗もすごくかいちゃうし、目が合っただけで、どうしたらいいのかわからなくなったり……


 とにかく、お兄ちゃんに恋してた頃のわたしは、お兄ちゃんのことが好きすぎて生きるのがつらい、というくらいの状態で……


 それから7年がたって、最近ようやく普通に接することができるようになっていた。


 以上、恥ずかしい説明終わり!



 お兄ちゃんは、買い物カゴにその洗って何度でも使える、オ○ホール的なものを入れるか入れまいか、


「買おうかな。でもレジに持っていくのが恥ずかしいんだよなあ……」


 数分ほど悩んだ挙句、カゴに入れ、そして、わたしの顔をじっと見た。


 それが何を意味するか、わたしにはすぐにわかってしまった。


 この人、わたしにお会計させようとしている!!


 昨日ヒメナさんがうちに来なくなってしまった理由を聞いてしまって、お兄ちゃんが彼女の医療費をずっと払い続けていることを知って、今朝のわたしは正直心を閉ざしてしまっていた。


 スクール水着をわたしが着れないくらいに伸ばしてしまったこと、特に肩紐のあたりがベロンベロンになったことへの罪滅ぼしかもしれないけれど、ドライブに誘ってくれたり、デートをしてくれるなんて思いもしなかった。


 さすがはお兄ちゃんだなと思った。

 わたしの取り扱い説明書をちゃんと持ってるんだなって。


「しかたない!!

 このコーナーにある、スケスケでえちえちな下着? ベビードール? ネグリジェ? を3つ買ってくれるなら、お会計係をしてあげようじゃないか!」


 わたしはお兄ちゃんにそう言って、えちえちなランジェリーを手にとりました。


「なっ……! 1ランジェリー、330円(税込み)だと……!?

 前言撤回……、5個なら……5個なら引き受ける……!!」


 お兄ちゃんは、全然OKって顔で、わたしといっしょにえちえちなランジェリーを、あーでもない、こーでもないと言いながら選んで、結局その5個は、全部お兄ちゃんの好みのものになった。


 そこまでしてもらった(?)以上、今さら引けるわけもなく……

 わたしは、お兄ちゃんから財布を預かって、レジの行列に並んだ。


 わたしは、そんなえちえちなものしか入っていない買い物カゴを持って、ファミリー客ばっかりの列に並んでいるだけで恥ずかしくて死にそうだった。


 それなのに、それなのに! お兄ちゃんは天然なのか、わざとなのか、レジの向こうの出入り口付近でスマホをいじっていた。


 ときどき、スマホから顔をあげてはわたしを見て、ニヤニヤ笑ったり。


 絶対わざとだ!!!


 レジのお姉さんは、えちえちなもののバーコードを読み取るのにも慣れているのか、淡々と無事にお会計は終わった。

 はずだった。


「袋は、いりますか?」


 と聞かれたから、わたしはレジ袋が有料化されたからだと思った。


「あ、はい、いります」


 わたしがそう答えると、


「では、こちらの商品を一度紙袋に包ませていただきますね」


 店員さんはそう言って、えちえちなグッズを他のお客さんに悟られないように、茶色い紙袋に包み始めた。


 わたしはまさか、そんな『茶色い紙袋の儀式』があるなんて知るわけもなく、涙目でお兄ちゃんを見た。


 お兄ちゃんは、さっきよりもニヤニヤしていた。


 まさかそこまで計算ずくで、わたしを辱めようという魂胆だったとは……


 お兄ちゃんのお財布だから、わたしのお財布は痛くないけど……


 でも、心が痛い!!


『茶色い紙袋の儀式』が終わり、お姉さんはそれをさらにレジ袋に入れて、わたしに手渡してくれた。


「あ、あ、ありがとう……ございます……」


 レジ袋を受け取ったわたしは、恥ずかしくて死んでしまいたい、そんな気持ちでお兄ちゃんのそばへと歩いていった。


「まさか、オ◯ホールを買わされるなんて……

 お父さん、お母さん……ごめんなさい。

 わたし、汚れちゃった……悲しい……」


「お、寺山修司?」


「中原中也だよ!!

 泣くぞ!? こどもみたいにビービー泣くぞ!」


「ご、ごめん! でも楽しかったろ? また来ような!!」


 こ、こいつ、まじで言ってんのか。


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