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第6話

 家へと帰る車の中で、


「使ったら、感想言ったほうがいい?」


 お兄ちゃんは運転しながら、助手席のわたしに言った。


「いらない。聞きたくない」


「なんでだよ~」


 一体どこの世界に、兄がオ○ホールを使った感想を聞きたい妹がいるのだろうと思った。


「そのどすけべランジェリーは、何に使うの?

 え、もしかして、彼氏できた、とか?」


 どすけべランジェリーて。


「できてませんー。毎晩暑いから、パジャマにするだけですー」


 本当は、夜寝るときもスク水を着ていないと、パナギアウィルスに感染することはなくても、もし感染してたら発症する場合があるんだろうけど、寝るときまでスク水は嫌だった。


「でもさ、いつもお風呂上がってから寝る直前まで、ぼくの部屋にいるよね?

 今日からそのどすけべランジェリーでぼくの部屋に来るの?」


 わたしはその「どすけべランジェリー」を着て、お兄ちゃんの部屋でいつものように無防備に、ベッドに寝転がったりしている自分を想像した。


 顔が、さっきの『茶色い紙袋の儀式』のときよりももっと熱くなって、耳まで真っ赤になっているのが自分でわかった。


「ていうか! その、どすけべランジェリーって言い方、やめて?

 わたし、まだ……まだ、だから!!」


「あ、まだなんだ?」


 言ってしまってから、わたしはとんでもないことをお兄ちゃんに暴露してしまったことに気づいて、顔が熱くなるどころか、沸騰した。


「え? あ、え、えーっと、どすけべランジェリーは、まだ、着たことが、ない、だけ……だよ?」


「へー、まだなんだ~、へ~~」


 お兄ちゃんは、うれしそうにニヤニヤ笑って言った。

 自分だってまだのくせに、と思ったけど言わなかった。もしかしたら7年前に済ませてる可能性があったから。


 わたしはまさかお兄ちゃんに、たった一日で、ううん、たった数時間で、こんなにもマウントとられるなんて思いもよらず、本当にビービー泣いた。


 まさか本当に泣くとは思ってなかったのか、お兄ちゃんは大慌てでわたしを慰めようとしたけれど、わたしは意地でも泣き止まなかった。


 家に帰ってから、あれ? さっきのお店にスク水あったよね? 泳ぐ目的じゃなくて、コスプレ目的の。白とかピンクのスク水とかいろいろ……あそこで買えばよかったんじゃない? と、わたしは思ったけど、明日届くんだからまぁいいかと思った。


 お兄ちゃんは、わたしにお会計させたえちえちグッズを帰宅早々早速お楽しみになるかと思いきや、全くその気配を見せなかった。


 せっかく気を遣ってひとりにさせようとしてあげても、リビングでいつも通りプラモデルを組み立て始めてるし……

 晩御飯の後とか、寝る前とかのお楽しみにしてるのかな……?


 あまりに気になったので聞いてみると、お兄ちゃんはこの1か月、全く性欲がないそうだった。


「え、じゃあ、なんで買ったの!? わたしに買わせたの!?

 ま、まさか……わたしを辱めたかっただけだったというのか……?」


 そんなわけで、わたしは晩御飯を食べてお風呂に入った後、24歳にして性欲がなくなってしまったお兄ちゃんの部屋に、えちえちランジェリーを着て登場してみることにした。


 ほんとは、最初はものすごく恥ずかしかったんだけど……

 慣れって怖いよね……

 小一時間もする頃には、えちえちランジェリー姿のまま、お兄ちゃんのベッドに寝転んで、スマホでYouTubeを観たり音ゲーのアプリをしたり、そこにはいつも通りのわたしがいたのだった。


 えちえちランジェリー姿のわたしを見て性欲を取り戻して野獣になられても困るけど、お兄ちゃんは全くと言っていいほど、えちえちランジェリー姿のわたしに興味がない様子で……


 あの……少しはドキドキしてくれたりとか、そういうのは……?

 ……うん、ないんだね。わかってたよ……


 めっちゃ普通だし! 何この人!!


 野獣になられても困っちゃうけど、ドキドキはしてほしい……


 わたしがそんな複雑な乙女心でいると、


「なぁ、ユズナ、前から思ってたことがあるんだけど」


 お兄ちゃんが不意にわたしを呼んだ。


 お、お、ついに、ついに!

 お兄ちゃんが、わたしのこのえちえちランジェリー姿に何かしら反応を……?


 期待に小さな胸を膨らませて、お兄ちゃんの次の言葉を待つわたし……


「『孫』っていう演歌、あるじゃん? 結構古い歌なんだけど。

 あの歌詞の、『孫』のところを『ユズナ』に変えると、ぼくの気持ちを代弁した歌になるなぁって、ずっと思ってるんだけど、どう思う?」


 お兄ちゃんのわたしへの愛が、まさかのおじいちゃん目線だということが判明した。



 わたしはとぼとぼと、隣の自分の部屋に戻り、


「もう夜這いしかない……」


 と、ひとり、悶々と眠れぬ夜を過ごすことになった。



 けれど、まったく眠れる気がしなかったわたしは、両親もお兄ちゃんも無事寝てくれたようなので、


「わたしのターン! ドロー!!」


 と言わんばかりに、そのままの格好でリビングに行ってみたり……ちょっとだけ庭に出てみたり……家の門の外に顔を出し、誰もいないのを確認してからぶらぶらしてみたり……

 でも、なんだかすごく悪いことをしている気がして、すぐに自分の部屋に戻ったり……


 そんなことをしているうちに、わたしは翌朝を迎えることになったのだった。


 ちなみに、めちゃくちゃ蚊に刺された。



 わたしはお兄ちゃんが全然興奮してくれなかったえちえちランジェリーを脱ぎ捨てて、いつものお気に入りのおしゃれ部屋着に着替えて、


「あ~た~らしい~、あ~さがきた~。き~ぼ~うのあ~さ~だ~」


 と歌いながら、お兄ちゃんの部屋に乱入し、毎朝好例の叩き起こしに来てあげていた。


 寝ているお兄ちゃんの耳元で、


「妹を孫目線で見る『おにいちゃん星人』をたおしにいってくだちい」


 と、何度も何度も囁いた。


 そんなガンツ風のモーニングコールが、お兄ちゃんとわたしの毎朝の恒例行事になっていた。



 そして、わたしは、ベッドのそばに転がる、あるものを見つけてしまった。


 それは、まだ大人の階段をのぼっている途中のわたしが、絶対に見てはいけないもの……


 昨晩わたしのえちえちランジェリー姿に無反応だったお兄ちゃんによる、お兄ちゃんのためにわたしがお会計した例のアレ……


 性欲が最近ないと言っていたお兄ちゃんが、わたしを辱めるためだけに買っただけのはずのものが、使用済みの状態で転がっていた。

 ちゃんとフタがしてあったからまだよかったけど……

 やっぱり、入り口(?)のところは、わたしのと似た形をしてたりするのかな……


 わたしは、そのおぞましいものを、ティッシュ越しにつかむのもなんだか汚そうだったので、プリンタ用紙ごしにつかみ、そのおぼましいものによる文字通りの物理攻撃によってお兄ちゃんを叩き起こすことにした。


 目を覚ましたお兄ちゃんは、


「いつもと、起こし方がちがう……

 あと、それ、昨日の……あれ、だよ?」


 わたしが手に持っているものを見ると、そう言いました。


「うん、わかってる。

 だから、プリンタ用紙5枚ごしにつかんでるの。

 今日は、いつものガンツ風はやめて、めちゃイケでお兄ちゃんが好きだった、起きてから何秒で大好物なものを食べれるか企画にしてみたよ?」


 それ、食べるものじゃないから!

 っていうリアクションを期待していたわたしに、


「……ユズナのこと、食べていいの?」


 お兄ちゃんは言った。

 その瞬間、わたしの頭は真っ白になった。


「お兄ちゃん、寝ぼけてるの……?」


 必死で平静を装いながら、わたしはお兄ちゃんのベッドに腰かけて尋ねた。


「そりゃ、まあ、寝起きだから……

 あ、ユズナ、昨日のえっちなの、よく似合ってたね。かわいかった」


「……ありがと。でも、それ、昨日言って欲しかったな」


「恥ずかしくてさ……

 何度かチラ見はしたけど、ガン見は出来なかったし……

 でも、本当にかわいかった」


 きっと、わたしの顔は真っ赤になっていたと思う。


「……うれしい。今日は違うの着てあげるね」


 わたしがそういうと、お兄ちゃんは嬉しそうに「スク水も届くしね」と笑った。


 それからお兄ちゃんは、


「うん、あのさ、ひとつお願いがあるんだけど……」


 そう言ったので、


「いいよ? お兄ちゃんのお願いならなんでも聞いてあげる!」


 すっかり気分をよくしたわたしは、軽はずみにそんな返答をしてしまった。


「ユズナが今持ってるそれ、洗って何度も使い回せるやつだから、洗っといてくれない?」


「……絶対に嫌。死んでも嫌」



 10時過ぎにお兄ちゃんが昨日アマゾンで注文したスクール水着が届いた。

 嫌がらせか何かのように大きいその段ボールをわたしが開けると、


「何これ?」


 そこには、まるでセーラー服とスクール水着を錬金釜に放り込んだような、セーラースク水とでもいうべきようなものが入っていた。


 もちろん普通の紺のスク水も入っていたし、白やピンクをはじめ、いろんな色のスク水や、それにあわせるためなのか、いろんな色のニーハイも入っていたけれど。


 それ以外にもメイド服と錬金したようなものや、ナース服や園児服、着物、魔法少女服やアイドル衣装、プラグスーツやガンツスーツと錬金したようなスクール水着かどうかさえ怪しいものもあり、メイドさんが頭につけるヘッドドレスや猫耳のカチューシャや猫耳ヘッドホンなんかもあった。


「これから、毎日学校にスク水着てかなきゃいけないんだろ? パナギアウィルスに感染しないためには、家にいるときも休みの日や寝るときも、ずっと着てなきゃいけないんだから、いろんな種類のいろんなものがあった方がいいかなと思って」


 お兄ちゃんはそう言うと、セーラースク水と白いニーハイと、それから猫耳カチューシャを手に取り、


「とりあえず、今日はこれを着てみてよ」


 と言った。


 わたしはお兄ちゃんに言われた通り、素直にそれを着ることにした。

 段ボールごと部屋に運ぼうとすると、リビングのテーブルの上に置いていたスマホが鳴った。


 ナノカちゃんからの電話だった。


「ユズナちゃん? ユズナちゃんのお兄さんから、わたし宛にスク水とニーハイが大量に届いたんだけど……」


 わたしはお兄ちゃんを睨み付けた。


「普通のスク水じゃなくてね、白とかピンクとか、いろんな色のが入ってて、セーラー服やメイド服と合体したみたいなのもあるし……これ、どうしたらいいのかな?」


「うん、わかった。とりあえずお兄ちゃんをぶちのめすから、終わったら電話するね」


 わたしはそう言って電話を切り、


「何でナノカちゃんにまで同じもの送ってんだワリャー!!」


 お兄ちゃんのみぞおちに飛び蹴りを繰り出した。



※ 以上で、ユズナの一人称視点は終わります。

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