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第15話

「生きたままか……井戸に放り込まれた貞子みたいにか……もう生きてはいないだろうな……」


 そう言った後、「いや、違うな」と兄は言った。何か思いついたようだった。


「ナノカちゃんのギフトが、もし自分のカバンをドラクエの『ふくろ』と同じようにするものなら、カバンの中の世界には時間が流れていないかもしれない。あの家の両親は、まだ生きてるかもしれない」


「どういうこと?」


 そう訊いたのは、今度はユズナの方だった。


「ユズナもドラクエはやっただろ? 9とか11とか」


「うん。面白かった。4~8もやったよ」


「『やくそう』と同じ効果がある『おべんとう』を使わずに袋にいれっぱなしにしたままにしたりしなかった?」


「してたかも……」


「あれって、宿屋に何度泊まっても腐ったりしないんだよ」


 知らなかった。ゲームの中とはいえお弁当だから、次の日には腐っているものだとばかり思っていた。


「それに、5みたいに作中で何年も経過したりしても、武器や防具が錆びたり傷んだりすることもない。ゲームだからって言えばそれまでだけど、あの『ふくろ』の中は、時間が経過しない、時間という概念が存在しない別の世界なんだよ」


 それはあくまでドラクエの世界の『ふくろ』の話でしかなかったし、ゲームな中で特に何の説明もなく渡されたり、最初から手にしている『ふくろ』がどういう設定のものなのかどうかもわからなかった。

 けれど、兄の推測が当たっていれば、ナノカのカバンの中にいる両親を助けることさえできるかもしれなかった。

 彼女を人殺しにせずにすむかもしれなかった。


「お兄ちゃん、自動操縦のプラモデル、100体くらい用意できる?」


「できるよ。すぐには無理だけど、1週間もあればできる。ナノカちゃんのカバンの中に入れて、両親を探させるんだな? 100体いれば、ふたりをカバンから連れ出せるかもしれないしな」


 しかし100体は、学校に持っていくには多すぎる数だった。何体かずつ小分けして持って行ったとしても、学校の教室の小さなロッカーには入りきらない。

 だから、プラモデルたちには兄の車の中で待機してもらうべきだろう。


 明日からは兄の車で毎朝ナノカを迎えに行くことになっている。

 ナノカを迎えに行った後は、兄にそのまま学校まで送ってもらう。

 学校までは30分くらいかかるから、その間になんとか彼女の隙をつき、カバンの中に1体ずつ入ってもらうしか方法はなさそうだった。



 月曜の朝、兄の車でユズナがナノカを迎えに行くと、


「おはよう、ユズナちゃん、ユイトさん」


「ユイトくん、ユズナちゃん、おはよう」


 家の前には黒いワンピース姿でニーハイを履いたヒメナさんもいた。

 その様子からは、家の中に両親の死体があるようにはとても思えなかった。やはり、ナノカによって両親が彼女のバッグの中に入れられてしまったのだろうか。

 ナノカは、この数年間の間にいなくなってしまった両親のことをヒメナさんにどう説明したのだろうか。

 介護疲れで心を病み、家を出ていってしまったとでも言うしかないだろう。それで納得はしても、こんなに姉妹仲良く笑えるものだろうか。


 ふたりを見ていると、とても両親が家にいないようには見えなかった。


「もう歩けるようになったの? ナノカ」


「うん。もうすっかり。ユズナちゃんのおかげ。あ、そうそう、わたしがつけてた義手と義足、欲しい? ユイトくん、そういうの好きだったでしょ? どろろの百鬼丸とか、あと、摩陀羅? だっけ? 鋼の錬金術師も好きだったもんね」


「あ、欲しい欲しい。あと、ヒメナが使ってた介護系の医療器具とかあったら、部屋のインテリアにしたいかな」


「ほんと変わってるね、ユイトくんは。いいよ、明日か明後日までにきれいにしておく」


「別にそのままでもいいんだよ?」


「それはちょっと恥ずかしいから……」


 変わってるんじゃなく、ただの変態だとユズナは思ったけれど、ふたりがそれで良いなら良いのだろう。


「義手と義足はちゃんときれいにしといたから、大事にしてね」


 ヒメナさんは足元にあった段ボールを持ち上げ、兄に渡した。

 渡すとき、彼女は兄の耳元で何か言い、兄の顔は真っ赤になった。


 一昨日、ナノカがユズナにしたように「大好き」と言ったのかもしれない。

「帰りにうちに寄って」とか「ユイトくんの家にまた行きたい」とか、兄の顔を真っ赤にする方法はすぐに思いついた。

 兄は単純な人だったから。


 ふたりがとても仲良さそうにしていたから、


「ちゃんとお兄ちゃんのスク水やニーハイの誤解を解いてくれたんだね」


 ユズナがナノカに言うと、ナノカはムフフと笑った。


「誤解を解いた結果、こういうことになりました! ジャジャーン!!」


 ナノカはヒメナさんの肩紐を握ると、ワンピースを一気に足元まで下ろして脱がせた。


「え? ちょっ、何してんの? ナノカちゃん」


 ユズナはとっさに兄の目を両手で塞いだ。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんもちゃんと下に『制服』を着てるから。ね?」


「う、うん……でも今のはさすがに恥ずかしかった……」


 本当だった。

 ヒメナさんは、ワンピースの下に白いスクール水着を着ていた。だからニーハイを履いていたのかと思った。


 だけど、どういうことだろう。

 パナギアウィルスに感染した際に発症するのは、6~18歳までの女の子だけだ。それ以外の女性や男性は感染しても発症することはない。


 ヒメナさんは事故にあったときは17歳の高校2年生だったけれど、今はもう23歳だ。

 スクール水着なんて着なくてもいいはずだった。

 23歳が着る白スク水は、ユズナから見てもとても艶かしかったから、兄の性癖がまたおかしくなりそうだったけれど。


 それに『制服』という言い回しが気になった。


「わたしね、高2の三学期の終業式の頃に事故に遭ったでしょ? 今のわたしって高校中退なんだよね。だから、ナノカやユズナちゃんの高校に編入しようと思ってるんだ。編入試験とかいろいろな手続きもあるから、すぐにってわけにはいかないけど、高3からはたぶんふたりと同じ学校に行けると思う」


 そういうことかと思った。

 ヒメナさんならきっと、編入試験にも合格できるだろう。

 来年の春が来るのが楽しみになった。


 ヒメナさんはそのまま兄の車の助手席に乗り込んだ。


「ヒメナも一緒に来るの?」


「うん。インターネットで一応見たけど、どんな学校かこの目で見ておきたいしね。特に今は12学年1800人の生徒全員がスク水通学みたいだし」


 兄の車の助手席は、ユズナだけの特等席だったが、そこにヒメナさんが座っても彼女はもうやきもちを焼かなかった。

 ふたりの間に自分が入れないことはわかっていたし、今のユズナの隣にはナノカがいたから。

 ふたりが幸せならそれで良かった。


 ユズナは、ナノカの手を握った。

 一昨日彼女がしてきたように、指を絡める恋人繋ぎをした。

 ナノカとキスがしたかったけれど、それは学校についてからにしようと思った。


「それにしても、あの不器用で運動音痴のユイトくんが、まさか車を運転できるようになってるなんてね」


「オートマ限定だからね。誰でも取れるよ。バック駐車はいまだに苦手だし、高速にも怖くて乗れないけど」


「一回バラバラにして組み立て直したら、自動運転の車を作れたりしないの? ガソリン不要の永久エネルギー炉搭載とか。ユイトくんが組み立てたら、軽自動車をベンツにしたりとかもできたりするんでしょ?」


「できるだろうけど、パソコンも自作できないのに車なんてバラバラにしたら絶対元に戻せないよ」


 ふたりは、6年のブランクを全く感じさせないくらい、昔のままだった。


「ふたりはいつ結婚するの?」


 ナノカがそんなことを言ったから、兄は交通事故を起こしそうになったりした。


「でも、ふたりが結婚したら、わたしとユズナちゃんは、義理の姉妹になっちゃうのか」


 そういうことになる。


「まぁ、でも、義理の姉妹は血が繋がってるわけじゃないし、同性だし、近親相姦にはならないよね?」


 ナノカは前に座るふたりに見せつけるように、ユズナにキスをした。

 ふたりがまだしたことがなさそうな大人のキスで、ナノカはまたユズナの胸を揉んだりしてきた。


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