学校が最新のネットニュースを信じれば、すぐに制服はスクール水着ではなくなり、例年通りの夏服になるだろう。明日にもそうなるかもしれないし、来週からかもしれない。
ギフトの存在を知らなければ、城南大学の教授たちの学説は常識的にありえないものだったし、ワクチンの完成と量産が発表された以上、スク水続投の判断はありえなかった。
この光景に慣れる前に、きっと教室は本来あるべき教室の姿になるのだろう。
「あ、ユズナちゃん、いらっしゃい」
エミリはユズナを見つけると、まるでお店でもやっているかのようにそう言って机と椅子を用意し、もてなしてくれた。
ふたりは机を向かい合わせていて、誰かの机と椅子が横からドッキングした形だった。
持ち主が現れたときに気まずいやつだった。
「ありがとう、エミリちゃん。ナノカちゃん、体の調子はどう?」
「もう大丈夫……」
ナノカは一度だけユズナの顔を見ると、顔を真っ赤にして伏せてしまった。
「そっか。それならいいんだ」
ここまで人見知りをする子だとは知らなかったけれど、
――鶴房ナノカです。矢動丸先生から、階段の踊り場で貧血を起こして倒れたわたしを樽美さんが保健室に運んでくれたと聞きました。ありがとうございました。
ユイトさんに、わたしと同い年の妹さんがいることは知ってたけど、まさか同じ学校だなんて驚きました。
何が起きているのか正直よくわからないけど、樽美さんはきっとわたしのためにいろいろしてくれたんだよね。ありがとう。
彼女からは、そんなメッセージがスマホに届いていたから、それでよかった。
「ナノカちゃん、真っ赤だけどどうしたの? もしかして熱が出ちゃった?」
「な、なんでもないよっ」
「あー、ナノカちゃん、ユズナちゃんみたいな子が好みなんだ?」
「ち、ち、ちがうから! わたしは男の子が……」
「別に隠さなくていいのに。女子校だし、女の子同士で付き合ってる子、結構いるよ? わたしもそうだし」
「そ、そうなんだ……へー」
ナノカはちらりとユズナを見て、また顔を赤くした。
ムホホ! 何だい、このかわいい生き物は! お持ち帰りして食べちゃいたい! 生き血をすすったりしてみたい!!
と、反射的に思ったユズナは、やっぱり血は争えないな……と深く反省しながら、
「それにしても、大変だったね。階段の踊り場で倒れちゃったんでしょ? 近くにユズナちゃんがいてくれてよかったね」
ナノカを気遣うセリフを口にした。ニヤニヤしながら。
「うん……」
「頭は打ってないみたいだけど、気分が悪くなったりしたら、すぐにわたしに言ってね」
エミリはとてもいい子そうだったからユズナは安心した。
ユズナはお弁当を机の上に広げた。
今朝ナノカから手渡されたもので、送り迎えをしてもらうお礼だと言っていた。ヒメナさんといっしょに作ったらしく、兄も大きなお弁当を渡されていたから、ふたりも今頃どこかでそのお弁当を食べているのだろう。
唐揚げやミートボール、ハンバーグに卵焼き、お弁当のおかずの定番且つユズナの好物ばかりだった。野菜は苦手だった。
白いご飯にはふりかけを使ってピンク色のハートが描かれていた。
ふりかけはたぶん鮭味だろう。ユズナはナノカに好物を訊かれたときに、唐揚げやハンバーグやインドカレー、それからサーモンのお寿司や鮭のムニエルが好きだと答えたことがあったから。
「かわいいお弁当だね。ユズナちゃんが作ったの?」
「わたしじゃないよ。さすがに自分にハートはしないよ」
「誰が作ってくれたの? 彼氏?」
「ナイショだよ」
ナノカはそれを自分が作ったことを知らないから、目を見開いて驚いていた。涙目になりながら頬を膨らませていた。
ハートが描かれてることなんてユズナは知らなかったし、今朝の自分にやきもちをやかないでほしかった。
ちなみにナノカの弁当もハート以外はユズナのものと全く同じだったから、エミリはふたつを見比べてニヤニヤしていた。
「でね、最近のAIはすごいんだよ。いつか人間はAIに仕事を奪われるってずっと前から言われてたけど、芸術的な分野は最後だって言われてたでしょ? でも、違うんだ。今はAIが絵を描くんだよ。人が描いたら何日もかかるような絵が一瞬なの。わたしみたいに絵を描くのが苦手で、レイヤーっていうのの仕組みもよくわからないような子でも、こんな風に自分好みの絵を簡単にAIに描かせることができるの」
お昼休みの間、エミリはずっとAIについて力説していた。
スマホで実際にAIに絵を描かせて、正確には出力させて、それをユズナやナノカに見せたりしたし、
「審判の日はもう近くに迫っているんだよ! 人類は機械軍との戦争に敗れて電池扱いされるんだよ!」
と、目を輝かせたりもした。
どっちも人類にとっては絶対来ちゃだめなやつだった。
「そうだね! もう人類は滅亡まったなしだね!? ん??」
ナノカもそういう映画が好きなのか、人類滅亡の話に恋バナくらい楽しそうに乗っかっていた。まだユズナが知らない一面を、エミリが引き出したことは彼女にはあまり面白くなかった。
「メタルマックスゼノ2が開発中止になったのは何故だ!? ゼノだけじゃなく、作り直したゼノリボーンまでコケちゃったからなのか!? 何故メタルドッグスなんてものを作った!? 4はジャケットイラストがちょっとアレだっただけで、めちゃくちゃおもしろかったのに!!」
「ごめん……そのゲーム? のことはよくわかんない……」
「な、なんだと……ファミコン時代から続く『竜退治はもう飽きた』でお馴染みの、ドラクエの初期スタッフのひとりが産み出し、ドラクエに対するアンチテーゼが多分に含まれた伝説のRPGを知らないだと……」
「あー、うちのお父さんがDSと一緒にお兄ちゃんに買ってあげたって言ってやつかな……お兄ちゃんのためっていうのは名目で、自分のためだったみたいだけど。タッチペン操作しかできないし、それまでと違って主人公と仲間が一台の戦車に乗るようになったり、イベント毎に必要になる仲間が変わるのに、全員で行動できなくていちいち酒場に迎えに行かなきゃいけない上に、バグだらけでフリーズしまくるからぶちギレたって言ってた……それなのに確かメーカーは何の保証もしてくれなかったってやつ……」
「それはメタルサーガな? 登録商標問題でしばらくメタルマックスが出せなかったときに作られた外伝みたいなやつな?」
「いや、知らんし」
「ねーねー、エミリちゃん、ゲームの話じゃなくて、もっとそのAIの子にイラスト描かせてみて?」
「おう、まかしとけ! ナノカちゃんっぽい子のくっそエロい絵描かせてやんよ!」
「わーい」
「わーいじゃないよ? どセクハラされてるよ?」
ユズナと違ってこの丸4年の記憶がないナノカは、AI技術の進歩にとても驚き、新鮮な反応を返していた。
エミリはそれがよほど嬉しかったのか、嬉々とした表情でAIに描かせたイラストをナノカに見せていた。
「わっ、やば……ほんとにわたしみたいな子が、くっそエロい格好で、くっそエロいことしてる……」
エミリのスマホには、ここに書くのもはばかられるようなエッチなイラストが表示されていた。あとで送って欲しかった。
「イラスト生成AIなら、うちのお兄ちゃんもやってるよ? 自分好みの子を作って名前までつけて、エッチなイラストばっかり描かせて集めてる」
「え? ユイトさんが?」
姉の恋人であり、初恋の相手でもあったユズナの兄がそんなことをしているとは、ナノカもさすがに思わなかったらしい。
自分から兄の話題を持ち出したものの、それ以上兄の話になるのは面倒だったから、兄が集めている画像についてや、ユズナやナノカが今着ているスク水やニーハイが兄のチョイスだということは黙っておくことにした。
「あー、男の人はそうだよね。でもわたしは違うんだなぁ~」
エミリはニヒヒと笑いながら、スマホに保存して集めているらしい画像をユズナとナノカに見せた。
「何……これ……」
「この子たち、なんか体の作りがおかしくない?」
エミリのスマホの画像の中では、キャミソール姿の女の子がふたり並んで座って笑っていた。
赤毛と銀髪の女の子で、そのふたりはまるでユズナとナノカかのように見えたが、その子たちには脚が1本ずつしかなかった。
「わたしね、こういう体の女の子を見るとゾクゾクするの!」
エミリはとてもいい子そうだったし、兄と同じ趣味なら話を合わせるのも簡単だろうなとユズナは思っていた。
けれどその趣味が、腕や脚の数がおかしかったり、欠損していたり、関節が逆に曲がっていたり3つあるような奇形の女の子の画像を収集することだと聞いたときは、少しというか、かなり引いてしまった。
AIが出力した画像は、10枚作れば大体1~2枚は体の構造がおかしなものが含まれているらしく、そういう画像は女の子がひとりの画像よりふたり以上の画像を出力した際に発生しやすいらしい。
エミリはそうやって出力した画像から奇形の子の部分だけをトリミングして保存しているそうだった。
ユズナの兄も生成AIにハマッているけれど、そういう画像は持っていなかったから、その手のものは最初からダウンロードしないか、しても削除しているのだろう。
ユズナは本当は、昼休みをナノカとふたりだけで過ごしたかった。
ナノカとは今朝、お昼休みにキスやエッチなことをいっぱいする約束もしていた。
けれど、ユズナとその約束をした彼女はもういない。
この4年の間にしてきたことを後悔していた彼女の時間を、ユズナが巻き戻してしまったからだ。
ああいうことは当分おあずけかなと彼女は思った。