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第21話

 ナノカとのキスやエッチなことは当分おあずけかなとユズナは思った。


 ナノカと友達になって、4年前からの彼女の気持ちを知り、そういうことをするような関係になるまでは、たった数日の出来事だった。

 あまりに短すぎたから、これからもう一度、今度はゆっくり彼女とちゃんとした関係を気づいていけたらいいなと思った。


 それにエミリはきっと、ナノカだけじゃなくユズナにとっても良い友達になってくれるだろう。

 ターミネーターやマトリックスだけじゃなく、メタルマックスやメタルサーガにまで詳しい彼女は、兄とも仲良くなれそうだったし、兄だけじゃなく父とも話が合いそうだった。


 昼休みも間もなく終わりという時間になると、


「学校が終わったら、お兄ちゃんがわたしとナノカちゃんを車で迎えに来てくれることになってるから。午後の授業が終わったら、またここに来るね。たぶんヒメナさんはお兄ちゃんといっしょに来ると思う」


 ユズナはナノカに言い、


「じゃあ、午後もナノカちゃんのことよろしくね」


 エミリにはそう言って、自分の教室に戻ることにした。



 自分の教室に戻り、席でスマホを見ると、兄からはヒメナさんと一緒に撮った写真が何枚も送られてきていた。

 兄は明らかに浮かれていた。6年2ヶ月もふたりでデートを出来なかったのだから、仕方がないことだった。


 ナノカに言われた通り、ちゃんとヒメナさんのスマホの新規契約に行ってくれたようだった。


「ユズナの連絡先をヒメナに教えてもいい? あと、ナノカちゃんの連絡先がわからないから、知りたいって」


 といったことから、


「ヒメナがドライブしたいって言ってるんだけど、ドライブって一体どこに行けばいい?」


 という相談事まで送られてきていた。

 つい先日、まだ16歳の妹をドライブに誘って市内のディスカウントショップに向かい、18禁コーナーに連れて行ったのは誰だっけ? と思った。オ○ホールのお会計をその妹にさせたのは、どこのどちらさんでしたか、と。


 ヒメナさんのスマホは、ユズナが前から気になっていた折り畳み式の機種だった。

「ミステリと言う勿れ」で菅田将暉くんが使っていて、「整くんが使うような機種じゃない」とネットで原作ファンから叩かれていたやつだ。テレビドラマだし、スポンサーがついてる以上、そんなことを言っても仕方ないのに。

 一体どんな技術を使えばスマホの画面がガラケーやDSみたいに折り畳めるのか、ユズナには意味がわからなかったし、あと置くだけ充電って何? どういうシステム? と、ずっと思ってもいた。

 わたしも新しい機種をおねだりすればよかったと、もう6年くらい使っているスマホを見ながら思った。


 今のスマホも、「SHARPのやつなら、ぼくのと使い方が大体同じだし、教えられるはずだよ。画面もSHARPはやっぱり世界の亀山モデルだけあって綺麗だよ」と、兄が一緒に選んでくれたものだったからお気に入りではあったけれど。

 今考えると、あの時の兄はまるで下手なステマでも依頼されたインフルエンサーのようだったなと思った。


 その頃はちょうど、ヒメナさんが事故に遭ったばかりの頃だった。

 大切な人が植物状態になったり、その両親が高額な医療費を払えないという理由から尊厳死を選ぼうとしていた。それを防ぐために、大学進学を諦め、チートでしかないようなギフトを使いプロモデラーとして医療費を捻出していくことを決めたりしていた頃だった。

 それをユズナに全く感じさせないくらい普通に兄としての役割を果たしていてくれていたことには、感謝しかなかった。


「厄介なことになったね」


 兄からはそんなメッセージも届いていた。

 兄もネットニュースを見たのだろう。


 兄の推理はユズナとほとんど同じだった。


 スクール水着にパナギアウィルスの感染や発症を予防する効果があることを発表した村角 龍・村角陽貴両教授は、事故に見せかけて殺されてしまったのだろうということ。

 製薬会社がワクチンで荒稼ぎをするためにパナギアウィルスが作られたかもしれないことや、その計画はかなり前から始まっており、ヒメナさんが命を狙われギフトを奪われることになった理由もそこにあったかもしれないこと。

 彼女と似たような力を持つ犠巫徒が他にも命を狙われたり、これから狙われるかもしれないことや、その犠巫徒の中にはユズナも含まれる可能性があることまで。


「やっぱりナノカちゃんがお父さんとお母さんをカバンの中に入れてた。他にも彼女にとってよくないことがあったから、記憶と体を4年巻き戻しちゃった」


「体も? もしかして、パナギアウィルスに感染してたとか?」


 兄はやはり鋭かった。


「それはお兄ちゃんの想像にまかせるよ」


 ナノカの体のことや、彼女がいろんな男の子と性行為をしていたことや、その男の子たちをカバンの中に放り込んでしまったことは伝えるべきではなかった。

 だからユズナは兄にも黙っておくことにした。


「お兄ちゃんの言ってた通り、カバンの中は時間の流れが止まってるんだって。だから、ふたりとも生きてるみたい。ナノカちゃんを家まで送ったら、ふたりを取り出してもらう。ヒメナさんのことじゃなくて、ネグレクトが原因だったみたいだから、両親のそういうところはわたしがギフトで治すよ」


「わかった、迎えに行くのは4時半でよかった?」


「うん。またあとでね」


 兄とのやりとりはそれで終わったけれど、


「ヒメナです。ナノカのことまでいろいろとありがとう、ユズナちゃん」


 今度はヒメナさんからもメッセージが届いた。


「でも、ユズナちゃんやユイトくんが言ってるカバンって、何のこと?」


 彼女はナノカのギフトを知らなかったのだろうか。

 6年前の彼女はまだギフトに目覚めてなかったのかもしれない。


「たぶん、ふたりともナノカのギフトを勘違いしてるよ」


 だけど、違っていた。

 知らなかったのは、どうやらユズナたちの方だったらしい。


「ナノカのギフトは、確か『チートコード』っていうの。昔流行ってたマジコン? っていうのに、最初から入ってたか自分で入れたかしたものから、あの子がよく気に入って使ってたものがそのままあの子のギフトになってたはずだよ」


「じゃあ、『クラインの壺』は、ナノカちゃんのギフトじゃないの?」


「違うよ。でも、もしかしたら、そのカバン自体がギフトを持つカバンなのかも……そういう不思議なカバンって、よくマンガとかアニメとかゲームに出てくるんでしょ? スクール水着にパナギアウィルス対策の効果をつけた人がいるみたいに、パナギアウィルス自体もギフトで作られた可能性があるってユイトくんが言ってたし。そういうのを作れるギフトを持った人が作ったものなんじゃないのかな?」


 まるで、ゲームの世界みたいだなとユズナは思った。

 スクール水着につけられた効果は、ゲームによくある毒や麻痺を無効化したり、魔法やブレスを軽減する特殊効果に似ていたし、ナノカのカバンはドラクエの『ふくろ』だけじゃなく、全アイテムをコンプリート可能なだけの枠がアイテム欄にあるゲームならすべてに当てはまるものだったからだ。

 おまけに、ナノカのギフトがチートコードだなんて、本当にゲームの世界だった。


「ナノカちゃんは、どんなチートコードが使えるの?」


「確かね、武器や防具やアイテムの重さをゼロにしたりとか、その個数が変動したときに99個になるとか」


 そのコードは、ナノカのカバンにぴったりのものだった。

 もしかしたら、ナノカのギフトを有効に活用するために作られたものかもしれなかった。


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