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第22話

 ナノカが使える「チートコード」は、彼女のカバンにぴったりのものだった。

 もしかしたら、あのカバンはナノカのギフトを有効に活用するために作られたものかもしれなかった。


 個数変動でその数を99個に出来るということは、名画など世界に1個しかないものは増やせない。けれど、世界に最低2個は存在するものであれば、2個目をカバンに入れた瞬間、それは99個になる。

 カバンから98個引き出しても、その変動によってまた99個になるということだった。


 ユズナのギフトとカバンが持つギフトを掛け合わせることにより、この国は金や銀をはじめ、レアアースやレアメタルを含めたあらゆる鉱物資源を無限に増やすことができるようになる。

 入れ物さえ用意すれば石油はもちろん電力さえも増やすことができるだろう。


 ナノカは、物に特殊な効果をつけることができるギフトの持ち主と知り合いだったのかもしれない。

 その人物はきっと、ヤマイダレという組織の関係者だった。

 パナギアウィルスによって人生を狂わされた彼女が、それを作った張本人と知り合いだった可能性もあった。


 その人物がスクール水着にパナギア対策を施し、それを城南大学医学部の教授に知らせ、調べさせたのだとしたら。

 以前はヤマイダレの関係者だったかもしれないが、今は違い、ヤマイダレの計画を潰そうとしているのかもしれなかった。

 けれど、その可能性は低いだろう。

 仮にそうだとしても、既に事故死に見せかけて殺されている可能性があった。


 失敗した、とユズナは思った。

 その人物を朝のナノカは知っていたけれど、今の彼女はおそらく知らないだろうからだった。


 それに、彼女に嘘をつかれていたことが、ユズナは何よりも寂しく悲しかった。


 やはり、兄の言う通りだったのかもしれなかった。

 先週の木曜日の朝、ユズナがナノカと出会ったのは偶然などではなく、必然だったのかもしれないと、兄は言ったことがあった。

 何か目的があって、彼女は自分に近づいてきたのだろうか。

 そんなことは考えたくなかったが、ユズナのギフトはナノカを通じ、すでにヤマイダレという組織に知られているかもしれない。


「ナノカが使えるチートコードは、あとは『獲得経験値8倍』だったかな。ゲームだとモンスターを倒したときにもらえる経験値のことみたいだけど、ナノカのチートコードは現実世界に合わせた形に少し変わるみたい。だからナノカは普通の人より8倍物覚えがいいの。勉強とかスポーツとか、どんなことでもいいから1年間打ち込んだとするでしょ。ナノカはその1年で8年間それに打ち込んだことになるみたい」


 ヒメナさん曰く、それ以外のチートコードは現実では使い道がないものばかりだったという。


「倒したモンスターが必ずアイテムを落とす(ノーマル・レア両方)」とか、

「モンスターのスカウトが必ず成功する(ボスモンスターはスカウトできない)」とか、

「アイテム合成レシピ全開」とか、

「素材なしでアイテム合成可能」などだったそうだ。


 倒したモンスターが、というのは、確かに使い道がなさそうだった。

 現実ではモンスターではなく人や動物を再起不能にしたり殺したらということになるのだろう。

 人や動物を殺した後、持ち物がその場に残ることや、それを手に入れようと思えば手に入れられることは当たり前のことだった。


 だけど、「モンスターのスカウトが必ず成功する」と「アイテム合成レシピ全開」、「素材なしでアイテム合成可能」の3つは違う。

 モンスターのスカウトが必ず成功するということは、敵対する相手でも必ず味方に引き込めることを意味していた。

 ユズナにその能力があれば、何故かユズナに敵対心を抱いているあの悪役令嬢リオ一派ですら味方にできるということになる。味方にしたいとは全く思わなかったけれど。

「アイテム合成レシピ全開」と「素材なしでアイテム合成可能」は、ナノカの知り合いやヤマイダレの関係者に、錬金術や合成のギフトを持つ者がいたり、彼女のカバンを作った人がドラクエの「錬金釜」や二ノ国の「合成鍋」のようなものを作ったら、現実での使い道が生まれてしまう。


 午後の授業を終えたユズナは、ナノカを迎えに教室に向かうことにした。


 わたしは本当に、4年前の中等部の入学式の日から、ナノカと仲良くなりたいと思っていたのだろうか。そんなことを思いながら。

 数日前、駅のホームでナノカのギフトによってスカウトされ、そう思い込まされているだけかもしれない。

 そんなことは考えたくもなかったが、考えずにはいられなかった。


 これから迎えに行くナノカは、そういう複雑な事情を全く知らないナノカだ。

 だから、問い詰めたりしてはいけない。普通に接しなければいけない。


 ユズナは何度も自分にそう言い聞かせながら、教室を出ようとした。


 そのときだ。


「ユズナ、ちょっと話があるんだけど」


 彼女はクラスメイトに呼び止められた。

 悪役令嬢リオと、その取り巻きの3人だった。


「わたしはリオと話すことなんてないから」


 ユズナは彼女たちに吐き捨てるようにそう言うと、教室を出た。


「あんたに話すことがなくても、わたしにはあるの」


 リオは取り巻きを引き連れて、ユズナの後を追いかけてきた。


「聞きたくない。そんな暇ない。リオとは今は話したくない」


 本当に面倒な連中だった。

 抱えている問題が解決したらいくらでも相手をするから、それまではお願いだから一切関わらないで欲しかった。


 リオたちはナノカやエミリの教室まで、ユズナの後をついてきた。


「わたしはユズナに聞きたいことがあるだけ。すぐ終わる話だから。5分もかからない話だから」


 彼女に限らずすぐ終わる、5分で終わると言われた話がすぐ終わった試しはなかったし、5分で終わった試しもなかった。


 以前、カトリックの宣教師か何かから宗教の勧誘を町で受けたことがある。

 ユズナが歩いている隣で、ずっと神様がどうとか創造主がどうとかいう話をしてきて、家までついてくる勢いで喋り続けられたことがあった。カトリック系の学校に通っていると言えばすぐに諦めてくれるかと思ったけれど、そうじゃなかった。

 あまりにしつこいから電話で兄に助けを求めると、兄はすぐに車でユズナの元にかけつけてくれた。


『仮に、全知全能の神がいるとして、あくまで創造主的な存在としてですけど、それってこの世界にいる小説家や漫画家と何が違うんですか?』


 兄はその人にそう言っていた。

 彼らは間違いなく作品世界の創造主ですし、創造主がいるとしたらぼくたちやあなたやこの世界も彼の作品でしかありませんけど、と。


『この不完全な世界を見る限り、その創造主ってこの世界で言うとたぶん、40過ぎてもデビューできないどころか賞も取れない、一次審査も通過できない人にあたるんじゃないかなぁ。

 小説家や漫画家なら当然出来る伏線回収もろくにできないみたいだし、ライブ感だけで書いて、大風呂敷を広げるだけ広げて、それを畳むこともできなければ、最初から最後までつまらない、最低な作品しか産み出せないタイプの人。

 作品を一度も最後まで書き上げたことがないレベルかも。どうせその創造主は、自分が小説に書いた『スーパーで値引きシールのついた惣菜を買う』とか、誰でも思いつくようなシーンをパクられたとか言って逆恨みして、放火するような奴と同じレベルでしょ。

 あぁ、そういえば、創造主も気に入らないと癇癪を起こして大洪水を起こしたり、言語をわけたりしてましたっけ。そっくりですね、あの放火魔と』


 その人が信じる神を、兄は全力で馬鹿にした。


『全知全能の神って言っても、最初に作った女がアダムとうまくいかないこともわからなかったし、イブが蛇に化けたサタンにそそのかされてアダムと禁断の果実を食べることや、アベルを贔屓したらカインが嫉妬に狂うこともわからなかったわけでしょ。

 人と人はただでさえ分かり合うことが難しいのに、言語を分ければそれがさらに難しくなって戦争の火種にしかならないことすらわからなかった。

 しょうがないですね、きっとニートでひきこもりの『こどおじ』と変わらない、人の気持ちがわからない、理解できない、自分のことだけがかわいい人なんだから。だから、一番可愛がってた天使に反旗をひるがえされることもわからなかった。そうでしょ?』


 兄はゴリゴリのこども部屋おじ…こども部屋青年だったけれど、


『十字軍遠征やら魔女裁判、黒人を奴隷にすることや人種差別を見て見ぬふりをしたりもしてましたよね。ミトコンドリア・イブやY染色体アダムの骨が発見されたのはアフリカ大陸の東部だし、あのあたりにエデンがあった可能性が高いのに。

 オーストラリアを手に入れようとしたときには、銃で撃ったアボリジニを1匹、2匹って日記の中で数えたり、アメリカでも先住民に対して、非人道的なことを散々しましたよね。

 ユダヤ人から散々金を借りておいて、借金を踏み倒した挙げ句にユダヤ人は金に汚いって迫害して、神の子がそもそもユダヤ人でしょ。彼は中東系の顔をしてなきゃおかしいのに、どうして絵画では白人として描かれてるんです?

 教会の金儲けのためだけの免罪符の発行することもそうですけど、そういうことは全部神の名のもとに行われたんですよね? 神父や牧師が何十年にも渡って何百人もの子どもに性的虐待をしてた例も何件もありましたけど、一体どこの大手芸能事務所なんだよ』


 兄がそんな風に誰かに怒っているのをユズナが見たのは、それが最初で最後だったかもしれない。



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