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第24話

 リオの胸には、おそらくヒメナさんの胸にあったものと同じ傷が刻まれていた。

 手足を奪われた瞬間、その傷は同時に刻まれたのだ。

 エミリは、リオにだけ他の子たちとは違う胸に傷がある特別な画像を使ったのだろう。

 だから、たとえ腕が残っていたとしても、ギフトが使えないようになっていたはずだった。


「ユズナ、リオちゃんはね、ユズナが着てるそのセーラー服みたいなスク水のこと、かわいいなって朝から気になってただけなんだよ……どこで売ってるかユズナに訊きたかっただけだったんだ……」


 自分がちゃんとリオの話を聞いていれば、彼女たちを巻き込まずに済んでいた。

 彼女たちだけじゃなく、教室にはすでに20人近い女の子たちが腕や脚を失った姿で転がっていた。

 ユズナは申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。


「リオちゃんは、ずっとユズナと仲良くしたかっただけなんだよ」


「リオは素直じゃないし、わたしたちがいないと何にも出来ない子だし、すごく手がかかるんだ……」


「好きな子にいじわるしちゃう小学生男子みたいな精神年齢だし……高2にもなって悪役令嬢ムーブが愛情表現とか、終わってたけどね……」


「言い過ぎだから、あんたたち。別にわたし、ユズナのことなんて全然好きじゃないし」


「出た出たツンデレ」


「ツンデレ言うな。ユズナ、あんたはそこの小動物みたいなかわいい子連れて、早く逃げなよ。大事な子なんでしょ? わたしたちのことはいいから。自分たちでなんとかするから」


「逃げるのは、リオたちだよ。エミリは、あの女はわたしがなんとかするから、リオたちはナノカちゃんを連れて逃げてよ」


 ユズナは、4人の体を10分ほど前に戻すことにした。

 リオのギフトは封じられてしまっていたが、ユズナのギフトまでが封じられているわけではなかった。

 まだ治せる。まだ戻せる。

 自分がエミリをどうにかすることさえできれば、ナノカやリオたちだけじゃなく全員を助けることができるはずだった。


「ユズナもギフトを持ってたの……?」


「持ってるよ……でも……」


 ユズナが何度ギフトを使っても、4人の体を元に戻すことはできなかった。

 エミリが「もう二度と元の体には戻らない」と言っていたのは、ユズナにも元には戻せないという意味だったのかもしれなかった。


 生まれて初めて人生をやり直したいと本気で思った。

 リオともっとちゃんと話をすればよかった。


「ナノカちゃん、リオたちを看てて。わたしの方は絶対見ないで」


 ユズナは、そのギフトで自分の脚力や腕力を大きく「プラス」することにした。

 元々彼女は身体能力が高い方だった。

 家の中で壁を使って二段ジャンプし、兄に飛び蹴りをおみまいしたこともあった。

 ナノカがはじめてうちに遊びに来たときのことだった。


 エミリのギフトは、画像を表示したスマホで相手を小突くことで発動する。

 つまり、「当たらなければどうということはない」ギフトだった。

 脚力や腕力だけでなく、身体能力や反射神経も大きく「プラス」にすれば、エミリのスマホをかわし続けることができる。

 ナノカには絶対見ないでと言ったけれど、ユズナの動きはおそらく早すぎて彼女には見えなくなるだろう。

 大体10倍になるように、ユズナはその身体能力や反射神経を高めていた。


 ユズナは一瞬でエミリに近づき、彼女がそのことに気づく前に右肩にかかと落としを見舞った。

 スマホに触れただけで手足を奪われてしまう可能性があったから、まずはスマホを持つ右腕自体を使えなくすることにした。

 肩を脱臼させるくらいのつもりだった。その次の攻撃で肘を狙い、スマホを手放させる予定だった。


 だが、ユズナのかかと落としによって、エミリの右腕は肩からもげ、手に持っていたスマホごと床に落ちていた。


 そのときにはもう、2発目として用意していた、肘を蹴り上げるはずの攻撃をユズナは出してしまっていた。

 肘が来るであろうと思っていたそこには、パランスを大きく崩したエミリの顔があった。

 ユズナの蹴りは、もう止めることはできなかった。


 蹴りはエミリの顔にめり込み、そのままその首をもいでしまった。

 蹴り上げられたその頭部は落ちては来なかった。

 教室の天井にめり込んでしまっていた。


 10倍くらいになるように「プラス」したはずの脚力は、怒りのせいで20倍か30倍、もしかしたら50~100倍くらいにまでプラスしてしまっていたのかもしれない。


 成人男性の平均的なキック力は100~200kgだとされている。

 成人女性の平均は知らないが、おそらくはせいぜい7割くらいだろう。

 ユズナはまだ16歳の女の子だ。いくら元々の身体能力が高いからと言っても、成人男性の平均よりは低いだろう。


 プロレスラーやK-1選手、極真空手の達人の中には、1t以上のキック力を計測した人もいるという。

 彼女がその脚力を10倍にまで高めたところで、その人たちには遠く及ばないだろう。

 15~20倍の脚力でようやく並べるかどうかであり、首の骨を折ることはできるかもしれなかったが、頭部がもげたりはしないはずだった。

 ましてや、その頭部が教室の天井にめり込むなんて、2~3tかそれ以上の力が出ていないと無理だろう。

 キック力が2~3tという設定の特撮ヒーローは何人もいる。ヒーローのキック力としては弱い部類で、ワーストランキングの10位くらいまでが確かそれくらいのキック力だった。


 ユズナはそれと同じくらいか、それ以上の蹴りでエミリの頭部を蹴り上げてしまっていた。

 特撮番組で首が飛ぶような演出はほぼないけれど、どれくらいのキック力があれば首が飛ぶのだろうか。5tだろうか。10tだろうか。


 エミリの首から噴き出した大量の血は、ユズナの顔や手足、セーラー服のような形をしたスクール水着やニーハイを真っ赤に染めた。


 ユズナは教室のホワイトボードの上にかかっていた時計を見た。

 とっくに4時半を過ぎてしまっていた。

 兄からどこにいるかメッセージが入っているはずだった。

 だが、この血で汚れた手でカバンからスマホを取り出す気にはならなかった。スマホの画面が血に濡れた指先に反応するかどうかもわからない。


 ユズナのカバンはナノカの足元にあった。彼女にスマホを取り出してもらい、確認してもらえばいい。

 そう考えたユズナは、ナノカに向かって歩いて行き、


「帰ろっか、ナノカちゃん。お兄ちゃんとヒメナさんが迎えにきてくれてる時間だよ。リオたちも家まで送ってあげなきゃいけないし、一旦カバンの中にその子たちを入れて、お兄ちゃんの車まで運ぼう?」


 そう言って近づいていったユズナの頭を、ナノカはカバンから取り出した拳銃で撃ち抜いた。


 ユズナは、エミリに攻撃をしかける際に、脚力や腕力といった身体能力や反射神経を高めるだけではなく、万が一のときの対策を講じていた。


 ギフトによってその体の形を常にゼロに保ち続けることにしていた。


 皮膚や筋肉や骨の防御力をいくら高めたところで、エミリのギフトは物理的な攻撃ではなかったから意味はない。

 だから、エミリのどんな攻撃(=マイナス)も無効化(=ゼロ)できるように、現状の五体満足の体をゼロとして、それを維持することで体に欠損や損壊が起きないようにしていた。


「痛いよ、ナノカちゃん。どうしてそんな危ないもの持ってるの? カバンのことなんて知らないんじゃなかったの?」


 ユズナがもし、それを解除していたら、ナノカが撃った拳銃は彼女の額を貫通し、後頭部から脳漿が飛び散っていただろう。


「でも、いいや、許して上げる。怖かっただけなんだよね? ヒメナさんがつけてた義手や義足は覚えてるよね?」


 ナノカはユズナに向かってもう一度拳銃を撃った。


「昨日調べたんだけど、あれってヒメナさんは後遺症があったからうまく使えてなかっただけで、失った手足の残ってる部分の神経や筋肉がちゃんと動く状態なら、本物の手足みたいに動くものなんでしょ?」


 何度撃たれても、痛みこそあったが、ユズナの体には傷ひとつつかなかった。


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