何度撃たれても、痛みこそあったが、ユズナの体には傷ひとつつかなかった。
「今はあんなに精巧な義手や義足があるんだね。ちゃんと人工皮膚がついてるのもあるみたいだし。お兄ちゃんがヒメナさんからもらったのは1個ずつしかない宝物だから、ナノカちゃんのカバンじゃ増やせないだろうけど、この学校に通う子はみんなお金持ちの家の子だし、問題ないよ」
ナノカの拳銃の弾はすでに切れてしまっていたが、
「なんで? どうして弾が出ないの? 」
彼女は空撃ちを何度も繰り返していた。
ユズナは、どうしてナノカが自分を拳銃で撃つのかよくわからなかった。
エミリはナノカや彼女のカバンを手に入れようとしていたように見えた。だから、自分は彼女を守っただけなのにと。
ユズナがしたこととはいえ、彼女は4年分の記憶を失ってしまっていたからかもしれないと思った。
彼女は自分がユズナと恋仲になっていたことを知らない。
たった数日のこととはいえ、キスやそれ以外にもたくさんのことをふたりでしたことを知らない。
だから、こんなことをしてしまうのだと思った。
今のナノカにとっては、ユズナもエミリも今日出来たばかりの友達だった。
エミリの方がユズナより数時間だけ先に、彼女と友達になっていた。
ナノカは、彼女や彼女が持つカバンをエミリが手に入れたがっていることを知らないし、ヤマイダレという組織がヒメナさんの事故に関わっていたことや刃渡十三という人がヒメナさんを殺そうとしたことくらいは兄から聞いて知っているだろうけど、エミリもまた組織に雇われた殺し屋だということは知らない。
今日友達になったばかりのふたりのうち、ひとりがクラスメイトたちの体をおかしな形に変え、もうひとりはそのひとりの頭を蹴り上げて、頭部をもいだ。
そのもうひとりは、殺した相手の首から噴き出した血で、全身を真っ赤に染めて近寄ってくる。
カバンの中に拳銃を持っていれば、撃ちたくなるのもわからないでもなかった。
だけど、その拳銃は一体いつ手に入れていたものだろう。
今朝までに手に入れていたものなら、ナノカの記憶にはなく、とっさにカバンから取り出すことなどできないはずだ。
この4年間の記憶を失ってから手に入れたものだろう。
誰からもらったのかは、ユズナにはすぐに察しがついた。
――ふぅん、記憶喪失のふり、まだ続けるんだ? いいよ、ナノカちゃんがわたしの言う通りにできるまで、他の子で遊ぶから。『依頼内容』にも『契約書』にも、『ふたり』以外のことは別に何も書かれてなかったしね。この教室にいる子は全部やっちゃおうかな。
エミリが言っていた『依頼内容』や『契約書』は、ヤマイダレという組織からの依頼と契約書のことだろう。
けれど、『ふたり』というのは何だったのだろう。
ナノカの他にもうひとり、エミリには手を出してはいけない相手がいたのだろうか。
エミリが決して手を出そうとしなかったのは、ナノカの他にはユズナだけだった。
彼女はユズナのこともヤマイダレに差し出そうとしていたに違いなかった。
ユズナの体に、唐突に立っていられないほどの疲労感が襲った。
少しギフトを使いすぎてしまったのかもしれない。
このままでは気を失ってしまう。
すぐにギフトを解除しなければ。
彼女はそう思い、ギフトを解除した。
その瞬間、ナノカはカバンからさらにもう一丁、拳銃を取り出した。
「この拳銃、素人が撃っても必ず命中するように出来てるんだって。すごいよね」
ナノカが撃った銃弾は、ユズナの喉や心臓など、人体の急所を次々と撃ち抜いた。
「ごめんね、ユズナちゃん。本当は殺し屋のエミリちゃんさえ始末できたら良かったんだけど、ユズナちゃんが始末してくれたし、ユズナちゃんの体が欲しいっていう人がいるんだ」
そして、今度こそユズナの額に弾丸がめり込み、貫通した。
「わたし用にユズナちゃんの複製品(イミテーション)を作ってくれる犠巫徒がいるんだって。だから、別に本物のユズナちゃんにこだわらなくてもいいのかなって。組織には記憶を自由にいじれる人もいるみたいだし」
ユズナの後頭部からは、大量の脳漿が飛び散った。
「これでよかったんだよね? マリーちゃん」
ナノカに拳銃を渡したのは、ユズナが想像していた通り、養護教諭の矢動丸マリエだった。
さっきまで教室にいなかったはずの彼女は、いつの間にかユズナの隣にその姿を現していた。
ユズナが知る限り、彼女とエミリ以外に、ナノカに拳銃を渡せる人はいなかったから、彼女だろうということは消去法で想像がついていた。ユズナが顔も名前も知らないような人が彼女に拳銃を渡していた可能性もないわけではなかったけれど。
「えぇ、これでいいわ。あとは、この教室に転がってる子たちを、全員あなたのカバンの中に入れてくれるかしら?」
「また『カバン』かぁ。みんな、わたしのカバンのこと好きすぎじゃない? なんだかわたしがカバンの付属品みたい。わたしのこと、『ドランゴ引き換え券』とか思ってない?」
「いいでしょ、別に。そのカバンは、あなたのギフトを最大限活かせるように作った、わたしのお手製なんだから」
「お手製って、マリーちゃんは学校指定のこのカバンをギフトで『クラインの壺』にしただけなんでしょ?」
「いいでしょ、世界にひとつだけの、あなただけのカバンなんだから。ナンバーワンよりオンリーワン」
「そういうことを歌った曲が、何週間もオリコン1位とか、そうなることを目指して作られてる時点で、結局オンリーワンよりナンバーワンってことだよね」
「それ、当時散々言われてたことだから」
「わたし、世代じゃないし、そもそも生まれる前の歌だからそんなこと言われても困るんだけど」
「生まれる前の歌……? つい最近の歌だよね?」
「今は2023年の6月で、わたしは高2になってるんでしょ? 解散してからもう6年半経ってるよ? わたしが小学生のときだったもん」
「嘘でしょ……もうそんなに前なの?」
「わたし、丸4年分記憶がないけど、そのことはちゃんと覚えてるもん」
ユズナは致命傷となりうる傷を負う直前に、残っていたわずかな力を振り絞り、その体を10分ほど前、ギフトを使いすぎる前の状態に巻き戻していた。
それにより、もう一度『五体満足の体をゼロとして、それを維持することで体に欠損や損壊が起きないように』していた。
正確には、致命傷となる欠損や損壊が起きた際に、一度はマイナスが発生するが、すぐにゼロに戻るようタイマーのようなものをその体に仕掛けていた。
それはユズナにとって、ギフトの4段階目か5段階目かの新しい使い方だった。
「それにしても、マリーちゃんがヤマイダレとかっていう組織の元工作員で、パナギアウィルスをギフトで生み出したり、スクール水着やニーハイにその対策を施した人だったなんてね。このカバンをわたしにくれたり、さっきもエミリちゃんのギフトにあわせて、目に見えない飛び道具を撃ち込んで、あのリオって子のギフトを封じたりしたんでしょ? 人は見かけによらないね」
「どういう意味なのかな?」
「こんなにかわいい保健室の先生がすごいねって意味だよ?」
「絶対思ってない顔して言うな!」
「マリーちゃんはユズナちゃんの死体を手に入れてどうするつもりなの?」
「樽美ユズナさんのギフトは、パナギアウィルスというマイナスの中にあるこの世界を、ウィルスが誕生する前のゼロの世界にしたり、プラスの世界にすることができるはずだから。彼女ひとりの力では、世界全体規模のマイナスをゼロやプラスにすることは無理だろうけど」
そういうことか、とユズナは思った。
このギフトはそのために存在し、自分はそのために生まれてきたのだと。