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第26話

 そういうことか、とユズナは思った。

 このギフトはそのために存在し、自分はそのために生まれてきたのだと。


「だから、ユズナちゃんのイミテーションをたくさん作るってこと? 確かマリーちゃんの仲間の、人格やギフトまで完全に再現したイミテーションを作れるギフトを持ってる人って、写真から対象になる人を指でつまんで、現実世界に連れてくるんだっけ?」


 なんだそのヤバいギフトはと、ユズナは自分のギフトを棚に上げて思った。


「あれ? マリーちゃんがいる反乱軍? 解放軍? の名前って『白い絵の具とオーケストラ』だっけ? 『幸せの黄色いハンカチ』だっけ?」


「『瑠璃色のオーケストラ』だよ? なんで時任三郎さんが30年以上前に出した歌のタイトル知ってるの? あなた本当に16歳なの?」


「お姉ちゃんが昔CD持ってたから。中古屋さんで見つけて、クラシックのCDだと思って買ったら、全然違ってたって泣いてた。105円くらいで泣かなくてもいいのにね。自販機でプリンシェイクを買った方が良かったって、高2のJKがギャン泣きしてた」


 かわいいかよ、ヒメナさん。お兄ちゃんはいくらでもプリンシェイクを買ってあげて。


「思いっきり時任三郎さんのジャケットだったし、歌声渋いし、ASKAさんが作ったからいい曲なのにね。ASKAさんのせいでクスリとチャゲがちらつくけど」


 時任さんの話はもういいし、チャゲさんとクスリを並べちゃだめだよ?

 あと、矢動丸先生は『幸せの黄色いハンカチ』にはもうツッコまないの?

 ユズナはもう我慢の限界に達していた。ツッコミを入れたくて仕方なかったし、笑いをこらえるのが大変で吹き出してしまいそうだった。

 死んだふりをしながらニヤニヤしていた。


「世界規模でマイナスをゼロにするのは、なかなかいいアイデアだとは思うけど、プラスにするのだけは絶対やめた方がいいと思うよ?」


 この世界の表面積は約5億1千万平方キロメートルもあり、あまりにも広すぎる。

 けれど、その約70%が海だから、陸地だけに絞れば約1億4724万4000平方キロメートルになる。

 それでもまだ広い。

 人が住めない、住んでいない地域を除いても、その面積は相当あるだろう。

 だけど、やるしかなかった。

 それは、ユズナが知る限りユズナにしかできないことだった。


 ユズナは自分のギフトの効果範囲を世界規模にまでプラスにプラスを重ねていくことにした。

 ギフトを使用することで、彼女の脳や体にかかる負担をゼロにすれば、世界規模でギフトを使うこともできるはずだった。


「どうしてプラスにしちゃだめなのかしら? わたしが前にいた『ヤマイダレ』や、カトリックのふりをしてこの学校を作ったカルト宗教の『千のコスモの会』、警察や自衛隊の上位組織である『サカノウエ機関』や『タムラ機関』、それに『エリア731』、この国を裏から操ってる『十三評議会』に与する組織を一掃できるかもしれないのよ?」


 ヒメナさんやリオの胸に刻まれていた12個の傷は、それらの組織のシンボルマークのようなものだったのかもしれない。


「ヤマイダレ」はヤマイダレだし、「直角三角形」の右上にある「←(矢印)」はサカノウエを意味し、「限りなく『田』に近い形をした『卍(まんじ)』」もあったが、あれはおそらくタムラ機関という組織のシンボルだったのだろう。


「逆十字」の右側に「β(ベータ)」が生えたようなものも、ユズナはどこかで見たことがあるような気がしていたが、『千のコスモの会』の名前を聞いて、だから見覚えがあったのかと思った。

 連立与党のうちのひとつ、「千宙党」の支持母体となっているカルト教団のシンボルマークだったからだ。


 それにしても、まさかこの学校を運営しているのがそのカルト教団だったとはユズナは夢にも思わなかった。

 しかも、カトリックのふりをして運営しているなんて。普通は教団名を前面に押し出すものなんじゃないのだろうか。


「審判の日が来ちゃうからだよ。この世界にとって一番有害な存在は人間だもん。そういう組織だけじゃなくて人類全体が滅びないと、この世界にとってはきっとプラスにはならないから」


 ユズナちゃんならまだしも、イミテーションにそんな細かい調整ができるとは思えないからね、とナノカは言った。


「まただよ……絶対その世代じゃないよね? まだ新作が作られてるみたいだけど……わたしですら世代じゃないよ……?」


「絶対ゼロにしてね。プラスの世界では人類は淘汰されちゃうから。プラスの世界はダメだからね。今マイナスの中にあるこの世界をゼロにしてくれるだけでいいから」


「鶴房ナノカさん、あなた、誰に話しかけてるの?」


「この世界の新しい、本物の神様かな。現人神だけど。わたしの好きな人。ずっと死んだふりをしてるけど聞いてるんだよね? ユズナちゃん」


 ユズナが生きていることを、矢動丸マリエは全く気づいていなかったようだったけれど、ナノカにはとっくに気づかれていたらしい。

 殺すつもりで撃ってきたように見えていたけれど、彼女はユズナならきっとどうにかできると信じていたのだろう。


 ここにいるナノカは、ユズナが丸4年時間を巻き戻した彼女ではないようだった。

 ユズナと何度もキスや他にもいろいろなことをしたナノカだった。


 どういうカラクリかはわからないけれど、ユズナのギフトが効かないように対策をしていたのかもしれない。

 だから、成長期のはずの身長がほとんど変わっていなかったのだ。

 あるいは、体の成長は4年前にすでに止まっていて、記憶は確かに巻き戻っていたが、彼女は人格や記憶のバックアップのようなものを事前にデータとして保存していたのかもしれない。一度巻き戻させた後、バックアップを脳にインストールしたのかもしれなかった。


「さっきから、足がビクンビクンってイッちゃったときみたいになってるよ? バレバレだから。わたしの声だけでイッちゃう体になっちゃった?」


「笑いを堪えてただけだし。ちゃんともうゼロにしたよ」


 ユズナはゆっくりと体を起こし、壁にもたれかかって座った。


「この世界から、パナギアウィルスっていうマイナスだけ、ちゃんとゼロにしておいたよ」


 この世界にはもう、女の子だけが発症し、赤ちゃんを産めない体にするようなおかしなウィルスは存在しない。


「世界情勢とか正直よくわからないし、変な色に髪を染めてるポリコレゴリ押しの活動家の人たちとか、自分は子どもを産んでもいないのに男が未来に遺せるのは排泄物だけとか思ってるような勘違いフェミニストさんとか、同性として恥ずかしいからいい加減どうにかしなきゃだし、オリンピックのときみたいに絶対赤字になる万博を止めなきゃとかいろいろあるけど、そういう他のマイナス部分は、先生たちみたいな大人がなんとかして」


 わたしにはパナギアウィルスをどうにかするだけで精一杯だから、ユズナはそう言うと、ふぅと一息ついた。


 ユズナのまわりにはエミリに形を変えられた女の子たちが何人も倒れていた。

 リオたちを含め、彼女たちを治してあげられないことが、ただただ申し訳なかった。


「ありがとう。仕事が早いね、ユズナちゃん」


「生きてたの? 樽美ユズナさん……良かった……」


「良かった、じゃないから。先生がナノカちゃんに渡した拳銃のせいで、わたし本当に死ぬところだったんだから。わたしのイミテーションなんて大量生産しなくても、わたしひとりでパナギアウィルスくらいどうにでもできるし、実際できたし」


 それにしても、矢動丸マリエはヤマイダレの人間ではなくなっているのに、どうしてユズナの命を狙う必要があったのだろう。


 ヤマイダレに雇われていたであろうエミリが、ユズナを殺そうとしたり、ヒメナさんやリオがされたようにギフトを封じようとするのならわかる。

 けれど、彼女はナノカとユズナにだけは手を出さなかった。

 リオのギフトを封印したのはマリエだと、さっきナノカは言っていた。


 エミリは殺しやギフトの封印の依頼を受けたわけじゃなかった?


 だとしたら、ユズナたちは大きな思い違いをしていたことになる。


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