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第27話

 ユズナたちは大きな思い違いをしていたのかもしれなかった。


 ヤマイダレの殺し屋に見えたエミリは、実はユズナたちの味方で「瑠璃色のオーケストラ」のメンバーであり、味方に見えた矢動丸マリエは、彼女が言うようなギフトは持ってはおらず、彼女こそがヤマイダレに雇われた殺し屋、というのはいくらなんでも考えすぎだろうか。


 マリエが味方なら、どうしてリオはギフトを封印されたのだろうか。

 ナノカはともかく、マリエは彼女を使ってユズナを間違いなく殺すつもりだった。

 ふたりともギフトを封印されたり、殺される理由が見つからなかった。

 味方だが欲しいのは死体だけ、遺伝子だけ、そういうことだろうか。


 考えれば考えるほど、ユズナは余計にわからなくなってしまった。


「でも、ユズナちゃん、全然気づいてなかったよね? 気づいてたら、昔のマリオのワープくらい早くクッパのところに行けて、すぐピーチ姫を助けてクリアできてたのにね」


「マリオのことはマリオカートしか知らないからよく知らないけど……映画はお兄ちゃんが観たがってたからいっしょに観に行ったよ。あんなに強い女の子なのに、ゲームだと毎回クッパにさらわれてる設定なんだよね? あの国の警備、ちょっとザル過ぎるんじゃない? あと自分を何回も誘拐した相手と一緒にカートでレースやってるとか、あのお姫様はストックホルム症候群なの?」


「ストックホルム症候群って何だっけ?」


「犯人に対して好意や共感、信頼や結束の感情を抱く心理的現象のことよ。誘拐や監禁、虐待、DVなどの極限状況で発生することが多いとされてるわ」


「ふーん、さすがは養護教諭のマリーちゃんだね。まぁでも、そんな簡単に解決できちゃったらつまらないし、ユズナちゃんがいきなり界王拳みたいな技を使い初めて、セルジュニアを悟飯ちゃんが片付けたときくらい簡単にエミリちゃんをやっつけてくれたり、結構盛り上がりはあったから、なかなか良かったかな?」


 ナノカはそう言って楽しそうに笑っていた。

 笑いごとでは済まないことがこの教室では起きていたというのに。

 ユズナには、現状も彼女が何を考えているかも全くわからなかった。


 教室はとても静かだった。


 あれだけの悲鳴が起きていたにも関わらず、どうして他のクラスの生徒たちや教師たちがやってこないのだろう。

 パトカーのサイレンも聞こえない。警察を呼んだりもしていないのだろうか。

 兄の眷属のプラモデルたちが様子を見にきていてもおかしくなかったし、兄やヒメナさんが直接駆けつけてきてもおかしくなかったが、そのどちらもなかった。

 形を変えられて倒れている子たちは、悲鳴どころか泣き声や呻き声すら今は誰ひとりあげてはいない。まるで声を発することを誰かに禁止されているかのようだった。

 何かがおかしかった。


「この子たちは、マリーちゃんにまかせていいの? ちゃんとお姉ちゃんのときみたいに組織が義手や義足を用意してくれる?」


「約束は出来ないけど、善処するわ」


「それって、責任を取りたくないときの大人の言い回しだよね。ずるいな~~」


「仕方ないでしょ? わたしは『瑠璃色のオーケストラ』の末端なんだから」


「パナギアウィルスを作ったり、スク水やニーハイにウィルス対策効果をつけたりできるようなギフトを持ってる人が末端っておかしくない? ホントなら幹部でもおかしくないんじゃないの?」


「ヤマイダレを裏切った人間だから。『瑠璃色のオーケストラ』も裏切ると思われてるんじゃないかしら」


「そっかぁ。でもね、わたしたちの組織を『瑠璃色のオーケストラ』なんて前の名前で呼んでる人、組織の中にはもういないよ?」


 ナノカは拳銃を矢動丸マリエに向けていた。


「組織の名前、先月から変わってるから。『イエロー・リボン』にね。レッドリボン軍みたいな名前だけど、『幸福の黄色いハンカチ』の元ネタのひとつなんだって。二択でヒントを出してあげたのに、触れてこないし、間違えたことにも気づいてないみたいだから変だなって思ってたんだよね。わたしを守るために春から編入してきたはずのエミリちゃんはいきなりおかしくなっちゃうし。

 さっき、ユイトさんから連絡が来てたんだ。知ってるかな? 樽美ユイトさん。ユズナちゃんのお兄ちゃんで、わたしのお姉ちゃんの彼氏。『イエロー・リボン』や『瑠璃色のオーケストラ』や、その前身の『ヤマイダレ被害者の会』の創設者だよ」


 ユズナは兄がそんなことをしていたなんて、そのとき初めて知った。


「ユイトさんはね、組織の中にいるときだけ、普段はつけてない特別な装置をつけてるんだ。ユイトさんだけじゃなくて、組織にいる人は全員。わたしも幹部のひとりだから、組織の中にいるときや、作戦行動中のときだけ、同じ装置をつけてる」


 ナノカはエミリに、左の手首につけた腕時計のような、ブレスレットのような形をしたその装置らしきものを見せた。レオナルド・ダ・ヴィンチが作りそうな複雑でお洒落な装置だった。


「ユイトさんがいろんなプラモデルの余剰パーツやランナーを使って、ギフトで作ったものなんだって。だから、組織のメンバーは、組織の中や作戦中にお互い顔を見たり話す機会があったとしても、これを外した瞬間には相手の顔や名前を忘れちゃうようになってるの。ただ話した内容や命じられたことだけが脳の中に残るようになってる。軍隊じゃないから、命じられたことをしなかったとしても、特にお咎めはないけどね。でも、これがどれだけ大切なものかは、メンバーならみんな知ってる」


 だから、ナノカも兄も、お互い顔を合わせて話すのはヒメナさんの事故以来という認識だったのだろう。

 その装置をつけている時には何度も会っていただろうけれど、つけていない時には何年も会ったことがなかったのだ。


「きっと本物のマリーちゃんは、ちゃんとユイトさんと会ったり話したことがあったはずだよ。あんたはマリーちゃんになりすましてる誰かだから、これがどれだけ大切なものか知らなかったんだよね。だから、養護教諭としての仕事は、わたしやユズナちゃんを守るためにユイトさんから与えられた大切な任務のはずなのに、これはいつもちゃんとつけてなきゃいけないものなのに、つけてないんだよね。エミリちゃんはちゃんとつけてたのに」


 ユズナがエミリの死体に目をやると、確かに彼女の手首にも同じ装置がついていた。


「あんたたちヤマイダレがわたしのお姉ちゃんに手を出したのが悪いんだよ。この世界で一番敵にまわしちゃいけない人を敵にまわしちゃったんだから。

 ユイトさんとお姉ちゃん、この教室のすぐそばに来てるって。でも、近寄れなくなってるんだって。閉鎖空間か領域展開か知らないけど、それってあんたのギフトなんでしょ? この空間の中にいる人間を操ることもできるのかな? だからエミリちゃんはいきなりおかしくなっちゃったんだよね。

 わたしのことをさっきまで操れてたのに、今は操れなくて不思議に思ってる? わたしはあんたが考えてるであろうことを予測して操られてるふりをしてただけ。ユズナちゃんなら拳銃を何発撃っても、絶対に大丈夫だってわかってたし。ユズナちゃんはずっと、自分の体にかけてるギフトをわたしにもかけてくれてた。だから、わたしもあんたに操られるっていうマイナスの極みみたいなことをゼロにできてるの」


 ユズナは確かに、ナノカの言う通りのことをしていた。

 だけど、彼女が言うこの世界で一番敵にまわしちゃいけない人というのは、兄のことなのだろうか。

 確かに兄は普段温厚な分、怒ったときには何をするかわからない怖さがある人だった。

 けれど、そのギフト自体はそれほど脅威ではないとユズナは思っていた。違うのだろうか。

 確かに兄が組織のメンバーに配っている装置のシステムはすごいものだったけど。

 ユズナが知らないギフトでも兄は持っているのだろうか。


 兄はプラモデルを素組みするだけで、一流のプロモデラーのような作品を仕上げるだけではなく、内部構造まで設定に忠実に再現することができるギフトを持っていた。自分が考えた設定を組み込むことができたし、脳波による遠隔操作機能や自動操縦機能をつけることができた。

 だけど、どうやらそれはプラモデルに限った話ではなかったようだ。


 この教室の中にある様々なものが兄のお手製だったらしく、机や椅子、教卓、教壇、壁時計、花瓶、ロッカーや掃除道具入れに至るまで、あらゆる備品が次々にヒト型のロボットに変形していった。

 まるでトランスフォーマーの映画でも観ているかのようだった。


「みんな、このマリーちゃんもどきの体や服や下着、持ち物を徹底的に調べて。チップとか、ヤマイダレに繋がる何かが絶対に出てくるはずだから」


 ナノカは、兄が作ったであろうロボットたちに指示を出した。




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