着陸場所に選んだのはファルンドを囲む森の中で、人の目を気にして勢いよく着地したらメイドスライムは気を失ってしまったようです。
うまく着地できる自信がなかったので、途中でデッドバイドラゴンスタイルを解除してスライムスタイルで着地したのが悪かったようです。
物理攻撃無効なので包まれている私たちにダメージはなかったのですが、バチーンッ! と勢いよく地面に叩きつけられる体験がよっぽどのものだったようなのです。
「モンスターのくせに、だらしない」
そもそもスライムに気絶、という概念があることに驚きです。
なんとなく意思を持つ液体だと思っていたのですが、コア自体に魂と呼べるものが宿っていてそれが周囲のぬるぬるを動かしているのでしょうか……?
ですがそれだとデッドバイスライムが全く別の個体に転生して記憶を引き継いでいる理由にならないと申しますか……。
「んぅ……」
私は冒険者です。モンスター博士ではありません!
よくわからないので森の外れまでは鎖で繋がれたメイド姿のスライムを引きずって歩いて、街道が見えてきたあたりで頬を叩き、起こしてあげました。
「わ、わたくしはっ……、はっ……!?」
おバカなのでメイド姿でスライムは混乱していましたが、気がついたのなら問題ありません。
自分の足で立って歩かせ、私たちは街道を歩き、城門を通って街の中へと入ります。
相変わらずファルムンドの街は賑やかでした。
ダンジョンが駆け出しから上級者まで幅広い層に向けたものであることと、交通の要所であることも相まってか大通りを多くの人が行き交い、道の両脇には商店と露天商が軒を連ねます。
そんな街の中を私は外套を深く被り、歩いていました。
「すごいですね。これほどの人間がいる光景は初めてです」
隣のメイド姿のスライムは興味津々というふうに周囲を見渡していましたが、私は自分の背中がどんどん丸まっていくのを感じます。
「おい、あれ……」
「え、なに……? そういうプレイ?」
――ひぃっ……!
飛んでいる間、怯えているスライムを見ていい気になっていたバチが当たったのかもしれません。
私は完全に忘れていたのです。
このスライムと私を繋ぐ鎖の存在を……。
「ね、ねぇ……、や、やっぱり鎖、やめない……?」
「どうしてですかご主人様? これは私とご主人様を繋ぐ大切なものです。思ったより魔素の蒸発が激しいので、絶対に離さないでいただけると助かります」
「でもぉ……」
コソコソと、何やら囁きあう声が絶えない気がするのです。
私の気のせいだと良いのですが行き交う人がみんな私たちを見ている気がします。とても恥ずかしいです。とても居た堪れません……!
「こ、こっち……!」「あんっ」
少々乱暴にはなりましたが鎖を引っ張って路地裏へと逃げ込みます。
なるべく人通りのない方へ、会話を聞かれないところへとスライムを連れ込み、私は息を荒げるメイド姿のスライムを壁に押し付けます。
「や、やっぱ無理……! 恥ずかしい、よ……!」
「よく分かりませんわ? ご主人様はどうしてそこまで人の目をお気になさるので……?」
「そ、それは……」
怖いから。
何かされるんじゃないかってビクビクしてしまうから。
それが本音ではあるけれど、今回のこれはそうではありません……!
「こ、れ……! 鎖は、目立ち、すぎる……!」
歩くたびにじゃらじゃら言うし、いやでも目を引くし……!
「えぇ……? ご主人様も了承してくださっていたのでは……?」
「して、ない……!」
多分、有耶無耶にされただけだった気がします。
やっぱりモンスターはモンスターです。都合の悪いことは全部こちらの落ち度にしてくるのです!
「目立たないようにして……!」
「ふぅむ……。手を繋がせて頂くのは、だめ、なのですよね?」
「だ、め……!」
鎖よりかはマシなのかもしれませんが、人の目を引くことには変わりありません。
「では、こうしましょう」
名案でも思いついたとでも言いた気にメイド姿のスライムは鎖を持ち上げ、色を変えます。
色を変える、と言うよりも、色を抜いていきます。
あっという間に持った手が透けて見える、半透明の鎖の出来上がりです。
「ほら、これで目立ちません♪」
そうして「じゃらっ」と自分の首から鎖を垂らします。
「お、と……!」
「えぇー……? ですが、この音が鎖らしくて良いと思うのですが……」
そもそもスライムが形状を変化させて鎖の形を取っているだけなはずなのに、どうして鎖の音がするのでしょう?
モンスターの生態系も、その能力も未知数です。
デッドバイスライムは黒色なので体内で鉄の成分でも生成しているのでしょうか……?
「わ、わかった……。なら、手……、手で我慢するから、せめてそのメイド服、隠して」
「あら、メイド姿ではなく他の、……例えばご主人様を模した冒険者様になって双子姉妹の冒険者☆ みたいにしろとおっしゃるのかと思いましたが、それでよろしいので?」
「くっ……」
その手があったかと言われて気付きます。
脳みそのないスライムに戦略で負けて私は冒険者失格です……!
「か、隠してくれたらそれでいい……。どうせ、メイド姿が、私の誇りです、とか、言うんでしょ……?」
「大正解でございます! さすがはご主人様。私の考えなどお見通しだったのですね?」
おだてられても全然嬉しくないです。むしろ屈辱的だとも言えます。
満面の笑みで手を差し出され、渋々それを手に取りますとやはり手袋越しでもひんやりします。
私の言いつけ通り、スライムは形状を変えてメイド服の上からすっぽり外套を被りました。
よくよく覗けば中にメイド服を着ているのは見えるのですが、ないよりかはマシです。
「ていうか、器用すぎない……?」
外套を被ったメイド姿のスライムです。
全部自前です。
全部スライムが自分の形を変化させております。
「スライムって、何にでもなれるの……?」
「何にでも、と言うわけではありませんが、私は天才ですので」
「あ、そう……」
超おバカスライムに尋ねた私がおバカでした。
話は聞き流し、大通りへと戻ります。
そうです。私には今日、目的があるのです!
お外を歩くのは怖かったですが、それでもダンジョンの外でなければ手に入らないものと言うものもございます……!
「まずは、図書館……! あ、あと、ギルドで、更新……!」
いつまでもあのダンジョンに居座り続けるわけにもいきませんし、お友達ができた時のために、他のダンジョンについて調べておきたいのです。
颯爽と現れ、駆け出し冒険者さんに先輩風? を吹かせても他のダンジョンについてまるで知らないとなれば格好がつきません。
むしろ「えー? ずっとこのダンジョンに潜って他のダンジョンについては初心者とかダサくなーい?」とか言われかねません……!
「ギルドに一体なんの御用で? ……ま、まさか! パーティの募集を……!?」
突然隣の不審者メイドが騒ぎますが見当違いもいいところです。
「せ、生存報告……。一年以上ダンジョンから帰ってきてないと、死んだってことにされるから……」
「ああ、なるほど」
あっさり興味を失われてしまってなんだか拍子抜けです。
実際のところはもうすでに一年以上経ってしまっているのですが、それでも形式上、報告に行ったほうが良いとは思っています。
私が駆け出し冒険者だった頃、街のギルドマスターさんには本当によくしていただきましたから、……もしかすると心配させてしまっているかもしれません。
「……いや、でも……」
それはないか、と自分でも恥ずかしくなります。
私のことなんて夕飯を何にするか悩んだら忘れてしまわれるでしょう。
「一応お尋ねしておきますが、ギルドでお仲間を探すのはどうしてなされないのですか? 冒険者にとってギルドとはそういった場所だと伺ったことがあるのですが」
「ギルドって、酒場を兼ねてるの。……だから、無理」
「はぁ……?」
あまり理解していない様子でしたがモンスターには想像はできても、理解はできないのでしょう。
ギルドの中ではお酒を注文するのが一般的なルールです。
冒険者たるもの、酒を飲み交わして親睦を深め、次の冒険への夢を語り合うと聞きました。師匠に尋ねると「そんな感じだ」ともおっしゃっていましたし、私がギルドを訪れた時もいろんな方がお酒を飲み交わしておいででした。
ガハハ、ウハハと楽しそうに、上機嫌で。
ギルドマスターは「冒険から帰ってきたら一杯やるんだ」と説明してくれて、私も仲間に囲まれ、お酒を飲む姿を想像してみました。
楽しそうです。ぜひそんなふうにお友達とわいわいしたい……! そう思いました。
でも、ギルドが出したクエストの案内を見ているときに笑われたのです。
「あんなちっこいのが冒険者だなんて、世も末だな」と。
わかっています。知っています。
お酒を飲むと思ってもいないことを言ってしまう人がいることを。
悪意がなくとも口をついて出た言葉に後から「あれは酒の席だったんだ、すまねぇ」と言うものだと何かの本で読んだことがあります……。
でも、その後、その人の周りの人たちは笑っていました。
「ああ、あんなのとはダンジョンに潜れねぇ」
「あんなちびっこに背中は預けられねぇ」
「お家に帰りなお嬢ちゃん」
ギルドマスターが何か言ってくれましたが、覚えていません。
冒険者登録だけを済ませて逃げるように私はギルドを去ったのです。
それ以来、ギルドには近づこうとは思いませんでした。
幸いにも必要なものは先に買い揃えてありましたし、村に帰ることもなく、そのままダンジョンに潜って今日です。
そう考えるともうあれから一年も経ったことが信じられません。
色々あった気がしますし、何も変わっていないような気もします。
成長したことといえば、師匠に褒められたことぐらい。
私は相変わらず仲間の一人も出来ていませんし、お友達すら作れていません。
「あらあら……」
どんどん背中が丸まってきたのを隣のスライムが困ったように笑います。
ええ、そうです。スライムにすら、笑われてしまう始末です。
「ご主人様はロマンティストなのですね?」
「なんで、そうなるの……」
「運命を待ち侘びでいらっしゃるのだと思ったまでですわ?」
とても上品に笑うスライムになんだか腹が立ってきましたが、もしかするとそう言うことなのかもしれないと考えると言い返すことができません。
師匠がカッコ良すぎて、私は夢を見ているのでしょうか?
師匠のようになりたいと憧れるあまり、ありえない出会いを追い求めているのでしょうか……?
「大丈夫ですわ? ご主人様にはきっと、良き出会いが待ち侘びております。私とご主人様が巡り合い、こうして繋がったように」
「繋がって、ない……。手を、繋いでるだけ」
「あら。そうでしょうか?」
「へ、ひゃっ!?」
突然握られている手がむにゃっとしたかと思えば、その感触は手首を伝って腕を這い上がってきます。
「な、なに、するの……!」
「いけませんわ、ご主人様? そのように足を止めては、皆様が何事かと注目を集めてしまっております」
「だ、だって……!」
するすると冷たい感触は肩を回って脇を、胸の下を通ってお腹の下に伸びてきます。
「にゃなんで……!」
「あら、猫のモノマネですか? にゃーご?」
「にゃーご、じゃ、ないっ……!」
べちん! とそのまま地面に叩きつけようと腕を振るったら「ジャラリ!」と音を立てて鎖が鳴り、「あんっ……!」鎖に繋がれたメイド姿のスライムが道に崩れ落ちます。
そう、メイドです。
崩れ落ちた衝撃で外套のフードが外れ、メイドのカチューシャが露わになり、潤んだ瞳でバカスライムがこちらを見上げているのです。
今の一瞬で腕の形状を変化させ、鎖に戻して一芝居打ったのです!
「ご主人様の、えっち……」
「えっちじゃ、な、ひゃんっ……!」
だめです。いけません。下腹部に伸びていた触手が、得体の知れない動きをしていて引っこ抜こうとするのですが鎖がじゃらじゃら言うだけで外れてくれません……!
「あんっ、あんんっ、ご、ご主人様に責められながら、ご主人様をっ、げへ、げへへ」
「くぅうっ……!」
公衆の面前でなんたることでしょう。
このスライム、本当に信じられません……!
さすがに我慢できなくなってスキルを発動させます。
「レッドドラゴン・スタイル……!」
街中でスキルを使うのは推奨されません。
場合によっては憲兵に取り押さえられ、怒られるとも聞いたことがありますがこれは非常事態です。
「ひ、ひぃい!? な、なんでこんなところに……!?」
「ドラゴンだ!!! ドラゴンが出たぞ!!!」
「逃げろメイドさん!!! そこは危険だ!!!」
「だめだ、鎖でっ……! ちくしょう、あのドラゴン、あのメイドをきっと――、」
それまで賑やかだった大通りは一瞬で混乱状態です。
逃げ惑う人々。押し倒される人。物。その中で武器を取りこちらに向かってくる冒険者や憲兵の姿も確認できました。
「場所、だめっ……」
ここでこのバカスライムを始末するのは危険です。他の人たちを巻き込んでしまう恐れがありました。
涙目になりながらも大きく翼を羽ばたかせて上空に飛び上がります。
鎖で吊るされてギャーギャー叫んでいますがもう知りません。気にかける必要がどこにあるで、「ひゃっ!?」
そのまま地面に叩きつけてやろうかと思っていたら、突然お尻を誰かに触られました。
いえ、誰かではありません。直接肌に触れる感触でわかります、これはスライムです。あのバカスライムの触手です!
「こ、のっ……!」
怒りに任せてブレスで焼き払ってやろうかと思ったのですが、地上からこちらを見上げ、ある人は叫び、ある人は走り回る様子が伺えました。
やっぱり、この場所では二次被害が出かねません。
「ご、ご主人様っ! ゆ、許して! 許してぇええええ!?」
「うる、さいっ……!」
「ひゃぁあああああ!?」
翼のひと羽ばたきで空を飛び、とにかく街から離れました。