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第21話 冒険者の酒と肴

 案内された酒場は隣町の、それなりに大きな酒場でした。


 ただ、階段を登ったところにテーブルごとに区切られた半個室のテーブルがいくつか用意されており、込み入った話をなされる方はそちらで飲むようになっているようです。


 迷うことなくそちらを選んだおじさんはメニュー表を眺めながら首を傾げます。


「そういえば、ヘタルはもう、お酒を飲めるんだったか?」

「いえ、まだ十五ですので……」

「そうか、ならば果実水だな」

「私が、注文してくると致しましょう」

「すまないね、頼むよ」


 ここにくるまでの道中、両親についての話はいくつか伺うことができました。


 初めてパーティを組んでダンジョンに潜った時の話から始まり、世界中を旅して人類未踏破のダンジョンにいくつも挑んだこと。

 何体かの大主人を倒し、上級冒険者として二つ名を獲得したこと。


 お母さんが私をみごもったことと、おじさんがギルド内で後進を育てる方向に進むことになったのをきっかけにパーティは解散となり、二人はあの村に移り住んだということ。


「初めて挑んだダンジョンがファルムンドのダンジョンだったのだよ」


 メイドの真似事をしたスライムが運んできたお酒に口を付けながらおじさんは懐かしそうに目を細めました。


「自分の娘にも、いつか冒険の旅に出て欲しいとジェリーは言って、クロウが苦い顔をしていた。君のお父さんは心配性だったからね。危ないことは絶対にさせようとはしなかった。――もし仮に、ダンジョンに潜ると言い出した時は自分が後ろからついていくと言っていたほどだ。……それでは冒険にならないから、見守るならこの子が気づかないように尾行して、とジェリーに怒られていたか……」


 お酒が入ったことでべナスティアさんの口調は幾分か柔らかいものとなり、饒舌にもなっている気がします。


「君が一人残されてしまったと聞いて、私が引き取ることも考えたのだが、ちょうど冒険者ギルドと盗賊ギルドの衝突が発生していた時期でね。側に置くことで逆に危険が及ぶのではないかと、あえて距離を取らざるを得なかった……。それで君が寂しい想いをさえてしまっていたのなら、すまない」


 落ち着きのある大人の人が、深々と頭を下げるところを私は初めてみました。

 どうしたらよいのか分からず、隣のスライムを見ると私の代わりにスライムが口を開きます。


「謝罪というのであれば贖罪を。ご主人様をどうなさるおつもりで?」

「ああ……、君さえ良ければ、私の元へ、来ないか? 今は王都のギルド本部長を務めている。不自由な生活はさせないと約束しよう」

「ギルド、本部長……」


 そういえば今何をしているかを伺うことをすっかり忘れていました。

 お父さんとお母さんの昔のお友達というだけで満足して、それ以上の興味がわかなかったのです。


「随分と、虫の良いお話しですこと」

「そう言われるのは百も承知さ。もちろん、今の生活が気に入っているというのであれば、無理にとは言わない。君は君で、私の知らぬ十年を歩んできたのだろう?」


 おじさまは終止優しく接してくださいました。


 いまの私が、どんな生活を送ってきたかを正直に話せば、きっと傷つけてしまう。

 きっと、自分が迎えに来なかったから、肩身の狭い思いをさせたのだと自分を責めてしまう。そんな気がしました。


「ありがとうございます。ある、あるムン、ど……」

「アルムンド・べナスティアだ。アルおじさんとでも呼んでくれ」

「で、では、アルおじさま……」


 いざ口に出してみると少しこそばゆい感じもしますが、それも新鮮です。


「お申し出はありがたいのですが、今の私は冒険者です。お師匠様にも恵まれて、日々、ダンジョンに潜る生活に明け暮れております、……です」

「ほう」


 嘘はつけません。口下手な私はきっと嘘をつけばボロが出ます。

 だから、本当のことだけを話して安心してもらおうと思いました。


「最初は大変でしたが、今はモンスターも一人で倒せるようになりました。ドラゴンとかも、倒せます、……です」

「ははは、ドラゴンか。大きく出たな?」


 アルおじさまは嬉しそうにお酒を煽ります。


 本気だと思われていないのでしょうが、それも仕方のないことだと思いました。

 一年前の私なら、ドラゴンを倒せるようになる、と言われても嘘だと思ったでしょう。

 それほど、師匠との出会いは衝撃的でした。


「な、なので、おじさまの、お世話にならなくても、やっていけます、……です……! お、お友達とかも、頑張って、作りたい……です……!」


 何をどう話せば納得してもらえるのか分からなくて最後の方はしどろもどろになりましたが、言いたいことは言えた気がしました。


 私は毎日ダンジョンに潜って、……っていうか、ダンジョンで寝起きしているのですが、とにかく、ダンジョンでモンスターを倒して、それでどうにか生活はできているので大丈夫です、と、伝えることができたような気がします。


「そうか、良い師匠に巡り会えたのだな」


 おじさまは嬉しそうでした。

 おじさまを安心させられて私はちょっぴり安心しました。


 知らずうち、膝の上で握っていた拳に、ひんやりとした手が重なります。

 隣を見ればメイド姿をしたスライムが微笑みを浮かべていました。

 意味不明です。


「なら、私の出る幕ではないな」

「お心遣いだけ、感謝します、です……」

「いやいや、気にしないでくれ。そもそもこれまで文の一つも寄越さなかったんだ。薄情ものと罵られてもおかしくはない」


 顔を真っ赤にして照れくさそうになされる姿は大人の男性とは思えません。

 なるほど、こんなふうに、お父さんとお母さんともお酒を飲み交わしていたんだろうなって思うとちょっぴり寂しくて、でも、ちょっとだけ嬉しくも思います。


 早く私もお酒を飲めるようになりたいです。

 そしてお友達と、冒険を一緒にできる仲間と、飲み交わしたいと思いました。


「アルムンド・べナスティア様。おおよその事情は理解いたしました。しかし、何故十年もの間、ご主人様を放っておいたのですか? ギルド間での抗争があったとはいえ、それが十年にも渡る長期のものであったとは思えません。それなのになぜ、今になってご主人様をお迎えに?」


 突然でした。

 隣でずっと黙って話を聞いていたメイドを装うスライムが突然失礼なことを言い始めたのです。

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