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第5話 勇者様。私と一緒に国に来ていただきます。どんな手段を用いても

「本日のファッションチェック、お願いしますわ」


「おう、今日は……72点だな。露出を押さえたのは良いが、地味になり過ぎだ。全体的に悪くはないんだが、コンセプトが見えてこない」


「コンセプト、ですか……。がんばります……」


 なんとなく揃えた着回しコーデの域を出ていないからな。惜しいところまでは来ているよ。



* * *


「今日はいかがでしょうか?」


「そ、それは……71点。昨日よりマイナスな。そのスカート丈に生足はダメだ。さすがにエロを超えて下品に見えてしまう。適度に隠すのも美しさのポイントだぞ」


「下品……。『おうちデートで彼を悩殺』……難しいですわね」


 お前は一体何を勉強してきたんだ……?

 おうちデートでそんなに肌を出していたら、たぶん即座に襲われるぞ?



* * *


「今度こそどうでしょうか?」


「なかなかがんばったな。85点をやろう。80点を超えたらもう十分に合格だ。春らしい色合い、縦ストライプはポイント高いな。体形を美しく魅せていると思う」


「合格、ですか? でも100点ではないんですね……」


「でも85点だからもう十分じゃないか? 最近は70点台連発だったし、もう『ダサ女』の汚名は返上しただろ」


 ここ最近のお前さんは、普通にモテ女のファッションだと思うぞ。


「ですが、勇者様を唸らせるような、100点のファッションを極めたいですわ」


 そ、そうですか……。

 つまり、この公園ファッションチェックはまだ続く、と?

 もう国に帰ってくれても良いんですよ?


* * *


「今日のコーデはいかがでしょうか⁉」


「気合入っているな……。んー、89点! 惜しいな。ほんの少しだけ付け加えるとしたら、そのファッションなら、ハンドバッグがあったほうが良い」



* * *


「今日こそは!」


「95点! 小物の合わせもほぼ完ぺき。しかしイヤリングがなあ。少し主張しすぎじゃないかな? 気持ち小さいほうがぴったりくると思う」


 正直に言って、もう指摘するところはほぼない……。

 おそらくコイツももうわかっているんだろうな。日本のファッションのことも、俺の好みも。 



* * *


「とうとう100点、ですわよね?」


「残念、80点。それ、背中にタグが付きっぱなしだぞ」


 それがなかったら、もう何もケチをつけるところはなかった。

 いよいよ終わりが見えたな。



* * *


「これこそが私の最強ファッションです。今日こそ、勇者様を落とします」


 夕日をバックに、滑り台の上で仁王立ち。

 おそらくその表情には、自信が満ち溢れている、のだろう。逆光で見えないけど。


「そんなところに立っていると危ないぞ」


「今行きますわ。それ~」


 勢いをつけて滑り台を滑り降りてくる。

 あ、それ! 小さい子用の滑り台で――。


「あぅ……おしりが挟まって……」


 言わんこっちゃない。

 おそらく幼児用の滑り台だから、お前みたいなデカケツだと当然、な……。


「み、見ないでください!」


「す、すまん……」


 ワンピースのスカートが派手にめくれ上がって下着が……ミテナイヨ?


「……自分で出られるのか?」


「無理です……。助けてください……」


 見るな。でも助けろ。

 無茶な要求しやがって……。


「なるべく見ないようにするから、スカートを押さえとけ……」


「はい……すみません……」


「片手を出せ。引っ張る」


 遠慮がちに差し出された手を取る。

 細い指。握ったら折れてしまいそうなくらいに。


「厳しいな。ピッタリはまり過ぎだろ……」


 こうなったら仕方ない。

 腰のあたりに手をかけて、無理やり引っこ抜くしかないか。


「悪いが腰、触るぞ」


「きゃっ⁉」


 ウエストほっそ!

 何これ? 内蔵とか入ってないわけ?

 俺の太ももより細いじゃん……。


 腰を持ったら折れるだろ………。

 もっと下か……。


「そ、そこはっ! あっあっ!」


「おい! 変な声を出すなって! これは救助活動だから!」


 助けようとしているだけなんだから、そっちも平然としていてくれないと困るんだが⁉

 やましい気持ちなんて、これっぽっちもないんだからね⁉


 ウエストからヒップへの曲線エグッ!

 なんなのもう!

 色即是空……。

 そうか、こんな時こそ姉貴の顔を思い浮かべれば……スンッ。


「一気に行くぞ!」


 うんとこしょ、どっこいしょ!

 とうとうカブは、抜けました!


 俺の精神を削るのは、もうカンベンして……。


「し、失礼しました……。お見苦しいところを……」


 顔が真っ赤だ。

 さすがにさっきのあれは恥ずかしかったか……。

 だが、こっちも恥ずかしかったから、もう忘れよう。


 それに、ちょうどこれでお別れだしな。


「というわけで、負けたよ。100点だ。もう何も貶すところがない……。そのファッションに100点をあげよう」


 シンプルイズベスト。

 とうとう答えにたどり着いたな。

 お前はもともとの素材が整っているんだから、変に飾る必要はないんだ。


 無地の桜色をしたひざ丈ワンピース。

 真っ白なミニリュックを背負って……頭の大きな白いリボンは少しあざとい気もするが、おまけで目をつぶろう。 


 まあな、その服で街を歩けば、たくさんの人が振り返るだろう。

 もう教えることは何もないな。

 ちなみにワンピースは俺の好みでもある。とても良い。


「じゃあ!」


「ああ、もうファッションチェックは終わりだな。これにて卒業だ。いつぞやは『ダサ女』呼ばわりして悪かった。もう立派なステキ女子だよ」


 お前が諦めずに努力をした結果だよ。

 俺に教えられることはもう何もない。


「それじゃあ、勇者様!」


「最後まで日本を楽しんでいってな」


 もう明日からは会えなくなるな。少し淋しい気もする……。


「はい! ありがとうございます!」


 と、なぜか俺の手を取ってくる。

 そういうスキンシップはドキドキするからやめて?


「それでは改めまして勇者様。私の婿になって国を救ってくださいませ」


 ……はい?

 ファッションチェックはさっき終わりましたよ?

 そういうシチュエーションプレイ的なのも一緒に終わりですよ?


「私と結婚して国を救ってください」


 結婚……?

 コイツ、まさかプレイじゃなくてガチ、なのか……?


「勇者様に温情をおかけていただいたおかげで、私は勇者様の好みの女性になれました」


 温情、ときましたか……。

 行きがかり上そうなっただけで、温情とか、そういうつもりではなかったんだが。


「もはや障害はございませんよね。さっそく我が国にお越しくださいませ」


 満面の笑みを浮かべながら俺の手を強く握ってくる。


「いや……それは無理。俺はまだ学生だし、結婚を考える年齢じゃない」


「好き合った者同士が結婚するのに年齢など些末な問題です」


「好き合った者同士? いやいや、お前がどんなに努力して俺の好みのタイプの見た目になったとしても、俺はストーカーと結婚する気はないよ」


 どんなにかわいくてスタイルが良くてもストーカーだ。

 ストーカーは、いつか必ずメンヘラ化する。

 そうなったら身の破滅だ。


「私……こんなに努力しましたのに……」


 握る手が震える。


「その努力は認める。根性があるのも認める。でも、それと結婚は別の話だろ。それに、もし俺と結婚しても、俺はただの学生だし、取り立てて特技があるわけでもないし、お前さんの国とやらを救うことはできないよ」


 そう言ってから、そっと手を振りほどく。

 何かしてやれることがあるなら力にはなりたいが、結婚は無理だ。


「勇者様は勇者様です……。一緒に国に来ていただければきっと……」


 離した両手が力なく、だらりと下がる。

 顔もうつむいていて、その表情は読み取れない。


「悪い。俺は勇者でもなんでもないし、それはできない。ほかを当たってくれ」


 これ以上ここにいても、コイツを悲しませるだけだろうな。

 申し訳ないが、これでさよならだ。


 うつむいたままの彼女を残し、俺は公園を後にしようと歩き出――。


「預言は絶対です。勇者様っ!」


 えっ?


 背中に強い衝撃が走る。


 タックルされた?

 ああ、抱き着かれたのか。


 まったく、聞き分けは良くないな。

 まあそうか、根性だけはあるヤツだし当然か。


 そういう執念深さみたいなところが、ストーカー女っぽいんだぞ?

 俺よりもかっこよくて勇者とやらになってくれそうな男を探したら良いじゃないか。せっかくファッションセンスも良くなったんだし、これからはいくらでも言い寄られるだろうよ。


「だから俺はお前とは結婚でき……」


 あ……れ……。


 視界が……まわる……。



「勇者様。私と一緒に国に来ていただきます。どんな手段を用いても」



 なんで俺は見降ろされて……。



 地面が冷た……生温かい……?


「俺は……」


 赤い……これは俺の血……?

 なぜ……?


「こんなふうにはしたくなかったのですが、やはり預言の通りになってしまいましたわ……」


 ストーカー女の手にあるのは、ナイフ……?

 ナイフからは血がしたたり落ち、桜色のワンピースが真っ赤に染まっていた。



 俺は刺された、のか。



 ストーカーは、いつか必ずメンヘラ化する。

 そうなったら身の破滅だ。


 姉貴の言う通りだったな……。

 やっちまったな。



 ストーカー女は膝を折って血だまりにしゃがみ込むと、俺の手を取った。


「あ……あ……」


 だんだんと視界がぼやけていく。


「勇者様。しばしのお別れです」


 俺が最期に見たのは、ストーカー女の微笑みだった。



 キレイ……だ……。




 付き合おう……くらいは……言って……も……良かっ……。

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