目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

9. 結果。嬉しかった

9. 結果。嬉しかった




 家に帰り着き、自室のベッドに倒れ込むと、ボクはただ天井を見上げながら、右手の薬指にはめられたシルバーのペアリングを、何度も見つめていた。


 まるで雪の結晶のような、繊細で可愛らしいデザイン。こんなお揃いのアクセサリーなんて、今まで付けたこともなかったし想像すらしたこともなかった。


 でも……不思議と、すごく嬉しい気持ちでいっぱいになる。憧れの葵ちゃんとお揃いのものを持てるなんて。考えただけで、自然と頬が緩んで、笑みが溢れてくる。こんなにも幸せな気分になるのは生まれて初めてかもしれない。


 すると、そんな夢見心地の幸せな気分から、一気に現実へと引き戻すかのように、突然、妹の真凛が、ボクの視界に飛び込んできた。


「うわぁ!ビックリした!」


「ちょっと!大声出さないでよ!こっちの方が、よっぽどビックリするって!」


「部屋に入るなら、ノックくらいしてよ!」


「したよ、何度も。呼んでも、気持ち悪くニヤニヤ笑ってるだけだったし」


 気持ち悪いは酷すぎるだろ……せっかく、良い気分に浸っていたのに。ボクが、露骨に不機嫌な顔をすると、真凛は、ボクの指にはめられたペアリングに気づいたようだ。


「ん?どうしたのおにぃ?アクセサリーとか、つけてたっけ?」 


「べっ、別にいいだろ……」


 ボクは、慌てて手を引っ込めた。


「てか、それ……ペアリングじゃん。おにぃが、そういうの選べるんだ?意外なんだけど」


 真凛は、信じられないものを見るような目で、ボクを見つめてくる。一応選んだのはボクじゃなくて葵ちゃんだ。


「ちっ……違うよ……これは……その……選んでもらって……」


「は?……ダサ。普通、そういうのって、男が選んであげるんじゃないの?本当にダメだね。まぁ、女装してるから、女の子なのか」


 真凛の、容赦のない言葉が、またもや胸に突き刺さる。そっ、そうなの?もしかして……葵ちゃんも、ボクに選んで欲しかったのかな……でも、ボクは、こういうセンスには全く自信がないし、選んだ経験なんて一度もない……


 葵ちゃんは、優しいから、きっとボクのことを気遣ってくれたのかな……そう考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 そして、そのままリビングに行き夕飯の食卓についた。


 なんだか……急に、食欲がなくなっちゃったな……ボクは男として、本当に全然ダメだよな……そんなことばかり考えてしまい、どんどん落ち込んでいく。


「あら?どうしたの、勇輝。勇輝の好きな唐揚げよ?食べないの?」


「え?あっ……うん……」


「莉桜姉。おにぃは、ヘタレで自信なくしてるだけだから、放っておいていいよ」


 真凛は、呆れたように言い放つ。莉桜姉さんは、そんな真凛を軽くたしなめ、ますます心配そうな表情でボクを見つめてくる。本当に、申し訳ない……でもボクは、男として本当に全然ダメなんだ……そう考えるだけでどんどん気持ちが沈んでいく。


「というかさ、その人って、おにぃのなんなの?」


「え?いや……その……友達……」


「友達?なのに、お揃いのものを買ったくらいであんなに嬉しそうにしてたの!?はぁ……マジでキモいんですけど。しかも、女の子に選んでもらってる時点で、男として終わってる」


 真凛の容赦ない言葉がボクに突き刺さる。でも本当のことだから反論も出来ない。


「そこまで言わなくてもいいだろ……」


「こらこら、真凛。勇輝は嬉しかったんだよね?今まで、友達っていう友達いなかったもんね。どうだった?デートしてみて……楽しかったでしょ?」


「うん。楽しかった……けど……」


 楽しかったのは本当だ。でもそれ以上に男として情けない自分を突きつけられたような気がして複雑だった。


「なら、いいじゃない。それに真凛、勇輝は男としてダメって言っていたけど、私はそう思わないわよ?」


「なんで?おにぃの、どこを見て、そう思うの?」


 真凛は納得がいかないといった表情で、莉桜姉さんに詰め寄る。すると莉桜姉さんは優しい笑顔でボクを見つめ、ゆっくりと口を開き話し始めた。


「……だって、最後まで、きちんとデートできたんでしょ?それなら、相手の子も、勇輝とのデート、楽しめたってことじゃない。それならそれでいいじゃない?まぁ、私も恋愛経験が多いわけじゃないから、偉そうなことは言えないけど。反省するところは反省して、また次、頑張ればいいじゃない?」


 莉桜姉さんの、温かい言葉がじんわりと心に染み渡る。確かに、莉桜姉さんの言う通りかもしれない……ボクは、葵ちゃんをちゃんと楽しませることができただろうか?不安で仕方がない……けれどそれ以上に、今日、葵ちゃんと一緒にいられたことが、本当に嬉しかったんだ。


「……そうだね、ありがとう、莉桜姉さん」


「ふふ。どういたしまして」


「本当に、莉桜姉は、おにぃに甘いよね」


「あら?甘いかしら?」


 そうだ。今、悔やんでも仕方ない!また、週末に、葵ちゃんとデートをする約束をしたんだから、その時に、もっと頑張らないと! ボクは心の中で固く決意する。ほんの少しだけ前向きになれた気がした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?