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11. 何か嫌だ!

11. 何か嫌だ!




 昼休みの喧騒の中、ボクは自分の席で広げた弁当にほとんど手を付けられないまま、葵ちゃんたちの会話にまるで磁石に引き寄せられるように耳を傾けてしまっていた。


 教室のざわめきが、逆に彼女たちの声だけを際立たせているように感じる。まるで禁断の蜜を味わうかのように……いや、これは盗み聞きだ。後ろめたさで胸がチクチクと痛むけれど、どうしても聞かずにはいられない。


「え?マジなの、葵!?」


 千夏さんの、驚きを含んだ声が少し大きく響き、周囲の何人かの視線がそちらに向いた。由香里さんも、キラキラとした瞳で身を乗り出し、矢継ぎ早に尋ねる。


「大切な人って、どんな人なの?カッコいい?」


 葵ちゃんは、少し頬を赤らめ、困ったように笑った。その仕草だけで、ボクの心臓は早鐘のように打ち始める。人差し指を頬にあてて、上目遣いで考えるような仕草。その一瞬一瞬が、スローモーションのように目に焼き付く。


 その間、ボクは息を潜め、固唾を飲んで聞き耳を立てている。心臓がドキドキと音を立てているのが、自分の耳にもはっきりとわかるほどだ。


 ……葵ちゃんは、なんて答えるんだろう。正直、昨日のデートで、ボクは全然葵ちゃんのことをリード出来なかったし……頼りないところばかり見せてしまった気がする。


 ……本当にドキドキする。なんでだろう……他のクラスメートのことなんてどうでもいいはずなのに、葵ちゃんのことを考えると、胸が締め付けられるように気になるし、理由の分からない不安にも襲われる……


 まるで、大切な何かを失ってしまうんじゃないかって……なんでこんな気持ちになるんだろう?そんなことをぐるぐると考えていると、葵ちゃんの優しい声が聞こえてきた。


 やっぱり、聞きたくないかもしれない……この答えを聞いたら、何か大切なものが終わってしまうような気がする……だけど、聞かずにはいられない!ボクって本当に嫌な性格だ……そんなことを思いながら、ボクはさらに意識を集中させて、葵ちゃんの言葉に耳を澄ませた。


「うん!ズバリ!可愛い人だよ」


「可愛い系?マジ?」


「葵ちゃんってそういう人が好きなんだぁ。なんかイメージ違うかも。もっと、大人の男性とかがタイプかと思ってたよ」


「写真ないの?見せてみ?」


「私も見たい!」


「写真?あー……そう言えば、撮ってないなぁ……でも本当に可愛い女の子だよ?」


 葵ちゃんの、少し残念そうな声が聞こえた。それを聞いた二人は、キョトンとしている。そりゃあ、今の流れなら普通は男の子のことを想像するもんね。


「は?女の子?」


「うん」


「葵ちゃんの大切な人って、女の子なの?」


「うん。1つ年上で、ファッションの専門学校に通ってる人なんだけど、ちょっと前に知り合ったんだ。それで、凄く可愛いの!服もオシャレだし、それに話してて楽しいし優しいし……」


 葵ちゃんの声は、話しているうちにどんどん明るくなっていく。


「ふーん……てか、さっき恋してるって言ってなかった?」


「え?あー……あれは、冗談だよ。あはは」


 葵ちゃんは、少し慌てたように笑ってごまかした。その笑顔はどこかぎこちなく見えるのは、ボクの気のせいだろうか。


「おいwまぁ、葵が言うなら、相当気に入ってるんだね。ねぇ?今度、会わせてよ?めっちゃ気になるし」


「そんなに魅力的な子なら、私も会ってみたいかも」


 なんか……二人とも、すごく興味津々なんだけど……もしかして、このままボクは、この二人の前に引きずり出されることになる!?いやいや、それは絶対に避けなければ!


「え?私もまだ1回しか遊んだことないもん。まだダメだよ。変なお願いして嫌われたくないし」


「なんだ。ウチは、てっきり葵に先週告白してきた、バスケ部の先輩と上手くやってんのかと思った」


「私も。あの先輩、カッコいいって人気あるもんね?」


「確かに顔はカッコいいかもしれないけど、その先輩しょっちゅう彼女いるじゃん。絶対、誰でもいいんだよあの人。私がお断りしたら『じゃあ、遊ぶだけは?』って言ってたし。少しカッコいいからって、女の子が誰でも落とせると思ってそうで男として終わってるよあの人」


「辛辣だな葵。言い過ぎじゃねそれ」


「でも、こんなにモテモテな葵ちゃんの心を掴むのはどこの誰なんだろうね?」


「あはは。それは私も知りたいけどね」


 葵ちゃんは明るく笑い飛ばしたけれど、ボクにはその笑顔が、少しだけ寂しそうに見えた。葵ちゃんはモテるから仕方ない……今までもこんなこといくらでもあったはずだ。


 でも……胸の奥がすごくモヤモヤする。葵ちゃんを誰かに取られてしまうような、そんな不安感というか、嫉妬心?上手く説明できないけれど、なんだかすごく嫌な気持ちになる!


「案外……白瀬みたいなやつだったりして?」


 千夏さんがふざけたように、こちらをチラリと見て、ボクの名前を出した。それを聞いて、ボクは持っていたフォークを危うく落としそうになるほどビクッとしてしまう。


「やめなよ。白瀬君は私みたいな子、好きじゃないよ」


 葵ちゃんは、顔も見ずにあっさりとそう否定した。まるで、そんな可能性はありえないとでも言うように。その言葉が、胸にグサッと突き刺さる。


「まぁ、葵が好きな人出来たら、ウチらには紹介しなよ?」


「そうだよ?私たちには、隠し事なしだからね?」


「もちろん。分かってるよ」


 葵ちゃんは、二人に向かって満面の笑みでそう答えた。その時教室に昼休みが終わるチャイムが鳴り響いた。


 周りの生徒たちは、慌てて席に戻り始めるけれど、ボクは、まるで魂が抜けたようにぼんやりと固まってしまっていた。


 葵ちゃんの最後の言葉……千夏さんの冗談に対する、何気ない一言。反応はしなかったけど、もちろん聞こえている。


 私みたいな子、好きじゃないよ……か……


 ボクは、胸の奥に渦巻く複雑なモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、重い足取りで午後の授業に向かう。空は晴れているのに、ボクの心は鉛のようにどんよりと曇っていた。

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