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12. モヤモヤを確かめたい

12. モヤモヤを確かめたい




 家に帰ってからも、胸の奥に巣食ったモヤモヤとした感情は、まるで居座る雨雲のようになかなか晴れてくれなかった。


 こんな気持ちになるのは生まれて初めてだし、葵ちゃんのことを考えると、なんでこんなにも心がざわつくのか自分でもさっぱり分からなかった。


「はぁ……葵ちゃん……か」


 気づけば、ぼんやりとその名前を口にしていた。


「誰?葵ちゃんって?」


「うわぁ!え?真凛……だから、人の部屋に入るときは……」


「は?ここ、リビングだけど。大丈夫、おにぃ?」


「え?」


 どうやら、考え事に没頭しているうちに、いつの間にか自分の部屋から出て、リビングにまで来てしまっていたらしい。全く周りの状況に気づいていなかった……。


 そして、真凛はボクの正面のソファにどっかりと座ると、ジトッとした冷たい視線をボクに向けてきた。


「で?珍しく、何悩んでるの?」


「……え?何が?」


「おにぃが、『葵ちゃん』って呼んでる人。友達?それとも、好きな人?」


 真凛の、核心を突くような質問に心臓がドキリと跳ね上がる。


「なっ……なんで、そんなこと聞くんだよ!真凛には、関係ないだろ……」


 なぜか、素直に答えることができず、ボクは、咄嗟に誤魔化そうとしてしまう。そして、そんなボクの明らかに挙動不審な様子を見て、真凛のジト目はさらに強さを増した。


「なるほど。おにぃが、週末デートした人か」


「なっ!?なんで、分かるんだよ!?」


「分かりやすっ。おにぃの顔見れば全部分かるけど?」


「そっ……そんなに、ボクって分かりやすい?」


「うん。すごく。そっかそっか……おにぃも、好きな人とか出来るんだ?」


 好きな人……?そう、真凛に、ストレートに言われて、ボクは、慌てて首を横に振った。


「いやいや!葵ちゃんは、確かに美少女で可愛いし、ボクの女の子の理想像だけど、それはそうなりたいっていう憧れで……」


「はぁ?うん。だから好きなんじゃん」


「だから……それは、違うって……」


「きっとおにぃのことだから、女装してる時と今の本当の姿の時のギャップがあり過ぎてモヤモヤしてるんだよ。それ……恋してるよ?」


 真凛の断定的な言葉が胸に突き刺さる。ボクは葵ちゃんを好きなのか……いや……もちろん可愛いと思うし、一緒にいて楽しいけれど!それは、あくまで推し的な?理想の女の子だからであって……そもそも、葵ちゃんはボクのことを男としては見ていないし、恋愛対象ですらないはず……


 でも確かに、真凛に言われるとそうなのか……?自分でもよく分からない……今までこんなにも、誰かのことで頭がいっぱいになることなんてなかったし……


 この胸の奥に渦巻く、苦しいような、もどかしいような気持ちを少しでも和らげたいと思ったのか、普段なら絶対に躊躇するはずの恥ずかしさも忘れて、ボクは真凛に週末のデートのことや、昼休みの会話のことなど、今まで心の中に溜まっていたことを、堰を切ったように話し始めていた。


 ただ、誰かに聞いて欲しかった……そんな気持ちだったのかもしれない。


「だから……ボクは……」


「とりあえずさ、おにぃは、その『葵ちゃん』と、毎日学校で会ってるんだから、色々調べてみたら?どうせ、まともに話すことなんて出来ないんだろうし」


「そんなこと……」


 ボクは反射的に反論しようとするけれど、言葉が出てこない。そう……真凛の言っていることは正論だ。葵ちゃんのことをもっと知りたいなら、直接ボクが話しかけて聞くしかないんだ。でもそんな勇気はないし、そもそもなんて聞けばいいんだろう? それに、本当に恋をしてしまったのか?それすらも、自分では、まだよく分からないし……


「はぁ……なら、確認してみたら?」


「どっ……どうやって?」


「そんなの簡単じゃん。おにぃからデートに誘って、デート中は友達じゃなくて彼女だと思って接してみたら?そうすればハッキリ分かるでしょ?その『好き』がただの憧れなのか、本当に恋してるのか?それに葵ちゃんはそもそもおにぃ……いや、『白井雪姫』のことは恋愛対象として接してるんだから、問題ないでしょ」


 真凛はあっけらかんとそんなことを言うけれど、そんな簡単にできることじゃないんだ!と思いながらも、真凛に言われると、それが今の自分にとって最善の方法のような気もする……


「えっと……ほら、これ!この恋愛映画、今、女の子に人気あるから。これ誘ってみなよ。葵ちゃんは映画観たいって言ってたんでしょ?」


 真凛は、スマホを操作すると、ある映画の紹介画面をボクに見せてきた。


「えっ?それって、ちょっとズルじゃ……」


 まだ自分の気持ちも定まっていないのに、そんなあからさまな作戦に出るのは気が引ける。


「何が?普通だからこんなの。相手が何がしたいのか、何が欲しいのか、何を求めてるのか、リサーチするなんて当たり前のことだから。だからおにぃはダメなんだよ。別に恋人じゃなくて、普通に友達にもするからねこんなこと?」


「でもボク、その映画よく知らないし……」


「ならアタシが教えてあげるから!ほらほら、向こうから提案される前に早く誘いなよ!誘われ待ちとかダサいから」


 なんだか……真凛のやつ少し楽しんでないか?でも、ボクも自分の気持ちを知りたいし……真凛の言っていることも一理あるし……


 とりあえず……勇気を出して、葵ちゃんを映画に誘ってみようかな……

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