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14. 好きが何なのか分からない

14. 好きが何なのか分からない




 週末の朝。約束の11時まで、まだ時間があるというのに、ボクはもう駅前の映画館の前に着いて、落ち着かない気持ちで何度も周囲を見回していた。


 待ち合わせ場所にこんなにも早く来てしまうなんて、まるで遠足前の子供みたいだ。


 今日で、葵ちゃんと会うのは二回目。昨日の夜からドキドキが止まらない。葵ちゃんの今日の私服姿はどんなだろう?きっと想像以上に可愛くて、ボクの目を奪ってしまうに違いない。そう思うだけで、胸が高鳴って、いてもたってもいられない。


 ボクは、葵ちゃんのことが『好き』だ。


 それは、紛れもない事実だ。でも……その『好き』が一体何なのかは、正直、自分でもよく分かっていない。妹の真凛に言われたように、ボクが葵ちゃんに恋をしているのかもしれないということは頭では理解している。


 でも、それが恋愛感情としての好きなのか?それとも、憧れの存在である『推し』に対する特別な感情なのか?正直まだ、確信が持てない。


 自分に自信がなくて、週末になると違う自分になりたくて女装をしてしまうような、男としてどこか欠けているようなボクだから……きっと、葵ちゃんのことを恋愛対象として好きになるなんて烏滸がましいことなんだ!そう何度も自分に言い聞かせる。


 そうしないと……きっと恥ずかしくて、葵ちゃんとまともに話すことすらできなくなってしまいそうだ。でも……もし、本当に葵ちゃんに恋をしていたら?そう考えると、ボクの心臓はまるで誰かに強く握りしめられているかのように痛いくらいに締め付けられる。


 そんな堂々巡りの思考に囚われていると、突然スマホが通知を知らせる短いメロディーを奏でた。慌てて画面を確認すると、それは葵ちゃんからのメッセージだった。緊張しながらメッセージを開くと、そこに表示されていたのは、なんとボクの写真だった。


「え?」


「ふふ。おはよ、雪姫ちゃん」


「わっ!?あっ……おはよう、葵ちゃん」


 驚いて振り返ると、すぐそこに、にっこりと微笑んだ葵ちゃんが立っていた。


「なんか、一人でソワソワしてたから、思わず写真撮っちゃった」


「も~!葵ちゃん!」


「あはは。ごめんね?でも……雪姫ちゃんが可愛かったから、つい撮っちゃったんだよ?」


 そう、ボクに何の気なしに言う葵ちゃん。その屈託のない笑顔が眩しくて、ボクの心臓のドキドキはますます激しくなるばかりだ。すごく緊張してしまっているけれど……でも……やっぱり、葵ちゃんのことは可愛いと思うし、こんな風に楽しそうに笑う顔をずっと見ていたいとも思う。


 ボクのこの気持ちって、一体、本当に恋なんだろうか?ただの推しに対する一方的な好意なだけなんじゃ?いや……きっとそうに決まっている!だって、ボクは何の取り柄もないし、男としてどこか頼りない人間なんだから、こんなにキラキラした女の子を、恋愛対象として好きになるなんてありえない!そんなことを頭の中で必死に唱えていると、突然そっと手を握られた。


「じゃあ……映画館デートしようか?」


 葵ちゃんの上目遣いの甘えたような仕草は可愛くてドキドキしてしまう……こんな風に無邪気な笑顔を向けられたら、意識しないわけがないよ!


 でも……これは友達同士のただの楽しいお出掛けなんだ!だから、こんなにも緊張する方がおかしい!それにボクと葵ちゃんは友達だから、こんなにもいちいちドキドキと反応するのもおかしいはずだ!


 ボクは、必死に自分にそう言い聞かせながら、葵ちゃんの手をしっかりと握り返して、映画館の中へと足を踏み入れた。


 映画館に入り、上映時間を確認してから、定番のポップコーンと冷たい飲み物を買い、指定された席へと向かう。暗がりの劇場内。隣同士の席。いつもの教室と同じ空間にいるはずなのに物理的な距離が、いつもよりもずっと近い。すごく緊張するけれど……それを悟られないように、平静を装うのに必死だった。


 そんなことをぐるぐると考えていると、ふいに葵ちゃんが、身を乗り出して、ボクの耳元でそっと囁いた。それはまるで、恋人に甘い言葉を囁きかけるような優しい声色で……その言葉は、ボクの心臓を優しく、でも確実に鷲掴みにするには充分過ぎるほどだった。


「ねぇ、雪姫ちゃん」


 鼓膜を震わせる、甘い響きに、心臓が跳ね上がる。


「なっ……何?」


「……雪姫ちゃんの手……温かいね?なんだか安心する」


 そのたった一言に、ボクの心臓は今にも爆発してしまいそうになる。ボクは……葵ちゃんのことが『好き』なのか?まだ、はっきりと分からない……でも、こうして隣にいるだけで、ドキドキしている自分がいるのも、また確かな事実だった。


 そして、待ちに待った映画が始まったけれど、正直、スクリーンに映し出される内容は、全く頭に入ってこなかった。ただ、隣に座る葵ちゃんの存在が、気になって気になって、仕方なかった。

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